27・魍魎は、人を喰らい、魑魅となり、魑魅魍は魍魎を喰らい続けて、妖し神へ到達する――
と、今の今まで顔のあった場所を、幾数の大幣が突き抜けた。裾が破れ宙に乱れ散り、大幣の大麻が風に散って舞い踊る。
天をも穿つ楔の連なりが、倒れる大樹のように撓りを帯びて大地に叩きつけられた。
風を纏って避ける禄。茜が宿す物を凝視して、その面貌は次第に青褪めていく。
「なら、いらない。禄じゃないなら……茜には、必要ない……必要ない、必要ない!」
「馬鹿な、何で……あ、茜!?」
「馬鹿はお前だ、あれがお前の茜な訳ないだろッ!」
薄く漂う黒の霧。禄を仰ぎ見る茜。そこに、愛らしい眼光は何処にもない。
闇――眼窩に抱くは漆黒の闇、光映す輝きの奥は紅の楕円が宿っている。
「不知モノッ!? 何で、あり得ない」
立ち上がる奈奈が、茜より出でた黒の靄を断つように腰に吊るした二丁の鉈を抜刀。
「待て、やめてくれ!? あれは茜だ!?」
「刻が無い。雑魚の群れが迫ってる。とりあえず捕縛する」
言葉終わるより早く、奈奈は瞬く間に茜との間へ詰めよせた。
魍魎――不知モノ、となった者は魂を喰われ死人となるか、魂を咥えられ傀儡となる。
――ならば茜は!?
「これも僧の仕組んだ罠? 俺の来訪を予測し〝隠の語り掛け″を導く為に死人にした!?」
――ふざけんな!? まだ死んだと決まった訳じゃない!?
螺旋を描く大幣が幾度も幾度も石畳を抉る。
それを残影残して駆ける奈奈が、両手に鉈を構えて飛び掛る。楔の一つが蛇の如き動きで鉈を弾く。勢い収まらぬ大幣は奈奈を射抜くが、そこに奈奈はいない。
「ぐェッ!?」と、呻き声をだすのは茜だった。
奈奈が茜の背に組み付き、輝く鉈で茜の後頭部へ一撃を入れたのだ。
赤子を投げ出し、糸切れの傀儡子人形のように茜が石畳へ崩れ落ちた。
「き、斬ったのかッ!?」
「錬気の払いで瘴気を断っただけ……それより不知モノと闇漂人との成り立ち、教わったよな」
――成り立ち? 魑魅は人を喰らいて魍魎と化す。魂の消失か捕縛。ん、ならば。
「油断するな。この女が魍魎なら、魑魅、つまり闇漂人が――」
――近くに居る!? 咄嗟に探りの〝練気″を社中へ飛ばす。
「お姉ちゃん、その大幣で巫女は縛っておいて!」
絹が慌てて茜を捕縛する。
禄は禄で生命の鼓動の全てや、不浄の吹き溜まりを探ろうと五感を乗せた練気を広範囲へ放出。社中に存在を手繰ろうとする。が、禄や茜、奈奈に絹の他、生命の鼓動は村娘しか感じられない。
そう、鼓動がないのだ。
歪な気配。腰の〝太刀:蓬莱″を抜刀。奈奈も同時に気づき両手に揃えた鉈を石畳に転がる――乳飲み子へ、有無を言わさず繰り出した。
夏の草いきれを煮詰めたような鼻を衝く異臭。
『だーめーだーめーだーめーだーめー』
――それが、宙を舞い、舞いながらも嘲弄に笑い神樹の一つにへばり付く。
『赤子とは無条件で愛でる存在だろぉ。幾ら何でも太刀でバッサリはやり過ぎだぁあぁぁぁ』
無垢な笑顔振りまく邪気無い相貌に、般若の如き口が裂けていく。
「お前が魑魅……闇漂人なのか?」
『ああ、そうだ。やっと現れたな蓬莱の禄。いや、斬九郎か? まぁ……どっちでもいいさ。おいつの願い通り……生きてたか。ならばちと困ったの。お前さえ来ればと思ってたが……こ奴め、未だ頑なに心を閉ざしおるか』
赤子とは思えない、低く錆びれたしゃがれ声だった。
『ここら一体焼け野原にして、改めて探す方法を取るしかないのぉ……骨が折れそうじゃ』
そのまま大樹を駆け登り。奈奈が鉈を放つが、赤子から伸びた紫の舌が鞭のように弾き飛ばす。と、跳ねる蚤の如く参堂へ沿って飛び去っていった。
「絹、茜を頼む――」
社の外、広がる森に紅蓮の炎が大蛇の如く迫っている。
炎が揺らめき馴染み深い参道を異様な紅へと染め上げて、村の方角から地鳴り交じりの怒号が木霊した。
気づけば、禄の足は参堂から森を臨んで、疾風の如く駆け出していたのだった。




