26・再会、そして――
――途中の茶屋で買った団子を頬張りながら、森の中で明日の行動を三人で考えていた。
簡潔に事を進めるなら茜親子を攫ってしまう事なのだが。近隣諸国に名が知れ渡った鬼子母神。それでは誰か同様、妖しとして各国へ手配されかねない。
さらに茜と直接逢えば、参拝客や周囲の村の者に見つかる可能性もある。あまつさえ己の素性が露見すれば確実に別の騒動が揺れ動く。ならば、軍勢相手に目にも留らぬ速さで駆け抜けて大将の首を刎ね――等と乱暴な策も思案するが出来ればそれは避けて通りたい。
「幕府の檄に応じて大陸の侵略を迎え打つべく北からの軍勢は増えています。ですが、どの軍勢が茜様親子を討伐に来るかまでは判りかねます。街道から社までは村が幾つかあり、その間で待てば見える事は出来るでしょうが……」
「やはり俺が社へ突っ込んで一気に茜を――」
「何言ってるかなこの御仁様は! それが出来ないから悩んでんでしょ!」
丁寧な奉公人言葉が一蹴された。
奈奈も絹が言葉を使い分けてる事を承知してるらしく動じる事なく頷いた。
「しかし早めに手を打たないと、遠く殺気の波は確かに押し寄せてきている」
「一つ方法があります。絹が人気の無い未明に火急を報せ、そのまま森を迂回して国府方面へお連れします。女二人で国府入りしてしまえば、いかな兵とて、まさか蓬莱の国府へ攻め寄せるなど出来ないはず。向こうで落ち合いましょう」
「し、しかし!」
「よろしいですねッ!」
ぴしゃりと諭され、その剣幕に、禄はつい首を振ってしまう。
――次の日、絹は日の出前の村へ入り、本当に一人で社へ向かってしまったのだが。
「禄も行っちゃいなよぉ。今の風采じゃ解んないって」
国府への道を先に行くか迷う肩の上で、奈奈がさも愉快とばかりに揶揄ってくる。
「そうだ! もし想い人とやらに見つかったら『お父っ!』て呼んであげようか? 何か面白そうじゃない、『誰の子よ~キィ~ッ』『お前だって、キィ~』って」
「やめて。互いの関係が余計複雑になるから、それだけはやめて……」
楽しげに笑い草団子を頬張る幼女の頭を撫でて、少し考えた後、ゆっくりと歩を進め出す。
「どーせ我慢出来ないくせに」
奈奈が洩らし、
「茜の旅立ちまで影から見張るだけさ」と返す。
懐かしい村を山沿いの森越しに進み、足早に社の鳥居を潜り抜ければ見知った参道だ。
一年ぶりの懐かしい社の香りに茜を想えば胸の奥は自然高鳴っていく。
そんな境内で人の気配を感じ、脇に広がる巨木の陰に隠れ奈奈を降ろす。
「茜……か」
日の出と共に木々が飛び立ち、そこに赤子を抱く巫女装束の女性を見つけて息を呑んだ。
少しやつれただろうか。
色白くも透き通る女性が絹と話している。蓬莱での騒動より約一年、突然の別れからの逢瀬。それなのに……抱く赤子を見つめれば感情の乱れが隠せない。
「――あの人が、あの人が本当に来ているのですか!?」
悲鳴とも、歓喜とも付かない叫びだった。
「こ、声を落としてください! もう間も無く手勢が迫ります。早々に蓬莱国府へ――」
「私の事は構いません! それより逢わせて、逢えない地にいるなら耐えられます。ですがそばに来てるなら一目逢いたい。それにより私が討たれるとしても本望です」
縋るも言い切る姿に絹は何も言い返せない。
やはり、今は逢うべきではないのか。茜の急く態度を見る限り、逢って『よし、旅立とう』とはいかないだろう。まさかこうなるとは思わなくて、「どするの、朴念仁」と、囁く奈奈を見て、あ……っと一つの考えに至る。
絹にも、禄という男にも出来ないのであれば、こうしてはどうだろうか。
後ろ髪を結わえた紐を解き、ザンバラの長髪を前に残し、
「なに、それ……」
奈奈の呆れ声を聞きつつ邪魔になる後髪だけ再び結わえ、奈奈を降ろして大樹の陰から歩み出でる。
春の陽光が木漏れ日となって染め上げる境内に、小さくも愛らしい桜の花弁が舞い踊っていた。薄桃色のそれを袖に遊ばせ歩み続ければ、対面を向く絹の瞳に困惑の色がまざまざと浮かぶ。その視線を追い、巫女装束の少女もゆるりと振り返り。
「……どなた……さ……」
懐かしい声で、本当に懐かしい声が名前を呼んでくれた。
「ろく……? 違う? ああ……でも……私なら解るよ……禄……」
茜に抱かれた赤子が、母の意を汲むように泣き声をあげる。
思いの丈を晒すように茜は駆け寄り、禄も嬉しくて言葉に笑顔で答えたかった。
抑え切れない衝動に絆されるが、「違……う」それを寸でで――茜を直前で遮った。
搾り出す言葉に茜が肩を震わし、立ち止まる。
「な、何……違うって……」
「人違いだ……。俺は、禄じゃない」
小栗鼠のような瞳が微かに歪む。
「嘘……嘘。何でそんな事を……茜に解らない訳が――」
ついっ、と何か空気の捻りを覚える。が、それを振り切り先を続ける。
「助けに来ただけの者だ。もう間もなくここに兵が雪崩れ込んでくる。旅装束になり森と丘を越え国府へ抜けろ。誰が聞いてるか解らない。どこか遠縁を頼ってこの地を去るんだ!」
「――禄!? 何で、なんで!?」
「逃げるんだ! ここにいたら殺される。その、禄という男と逢う為にも今すぐ逃げろ!」
身の危険を避ける最善の一手と信じ茜へ叫ぶが、彼女は赤子を抱くまま逆に懐へ飛び込んできた。あまりの突然の行いに情動で抱きしめかけ直前で押し留める。
「非道い、非道いよ。こんなにも待っていたのに、茜はちゃんと待っていたよ」
――ちゃんと?
胸元の赤子に視線が走る。
「行くんだ茜。絹、急いで旅支度の用意をさせろ!」
絹が茜に連れ添おうと腕を引く――が、動かない。
「旅……旅ッ? 何で、茜が、旅? 何で、旅を……」
涙を溜める儚げな素顔に、不釣合いな射影が走る。
「茜は旅なんかしたくない……。何で、勾玉も無くて、見つからなくて、我慢して待ってたら、旅? 茜は禄と居られたらそれでいいのに」
「勾玉……社殿に収められた玉の事か?」
何を言ってるのか理解を得ないが、迫る災禍に脅えてるのか茜が苦悶に身悶えしていく。
そんな折だ。風が焦げた異臭を運ぶ。
膨れる気配に振り返れば南の空に黒煙が上がっていた。
そして遠くから悲鳴が交差し、参道を村娘が蹌踉めくまま走ってきた。
「茜様、神主様、お逃げ……くだ……軍勢が村を……」
呻きと言葉を残し、背に矢を刺した女が血を吐き倒れた。大樹から奈奈が飛び出し、矢を引き抜くまま〝錬気″を送り始める。
「――奈奈、その人と、茜と絹を裏から逃がしてくれ」
「出来ない。お父に背中守ると言った。皆を心配するなら、敵を倒したほうが早い」
「相変わらず気楽に言う……。なら絹、茜と行くんだ」
顔を懐に埋める茜は動く気配を一切見せない。絹も促すが微動だにしない。上がる火の手が空を焦がし、響き始める叫びが外界での凶事を知らしめる。
「……ずっと、逢いたかった。逢いたかったんだよ、待っていたんだよ禄。伝えたい事がたくさんあって……。なのに何で……禄じゃないって言うの?」
今すぐ名乗り出たい衝動はあるが、もう見知らぬ村娘も見ている。噂が立てば、暗躍する僧や冤罪が確実に背中へ忍び寄る。
「なら貴方は、誰?」茜の透き通る声が、『ならお前は、誰だ?』
言葉が――耳障りに重なった気がした。
叫びあがる喧騒に、そう聞こえただけかもしれないが。
――いずれにしろ何と応えれば良い。
そんな迷いに反応したのは、よりにもよって畏怖すべき、〝斬″の一字が誂えられた妖刀だった。それが微かな唾鳴りを鳴らしたのだ。
異変に気づいたのか奈奈が見つめている。
「俺の名……」この魔刀を受け取り、歯車が回り、全ての運命が変わった。
仙天郷の師匠や、上からも下からも逆さ名前の童女、奈奈にも出会った。
「名は――」そして力を手に入れた。だが、未だ未熟の身。自ら名乗れない
だから、だからこそ太刀を、そしてその名を逆に示して己を隠す。
「……斬……九郎……」
縋る茜の指が、胸肉へ食い込むほど強く握られる。
「俺の名は斬九郎。天武国から来た斬九郎だ! 蓬莱の禄じゃない。人違いだ」
拒絶の言葉。
茜は掴んでいた指の力を落とし、「……」何かを小さく呟いた。
俯き口篭もる言葉が聞き取れず、顔を近づけるその矢先だった。
「――離れろッ!」
奈奈の火急を告げる叫び、反射的に飛び退る。




