23・修行、修業、修業、修業、みんなの大嫌いな楽々チート手に入れて終わらなきゃいけない世界で修行の世界。
庵の中、禄が大の字に放られ天井を見上げていた。
夕餉に山菜料理が食卓を飾ると、身を起こした禄が疲労の為に吐き気を催した。
「こいつはうめぇぞ。って、どした元気ねぇな。明日から数日不眠不休で雪山なんだ、食っとけ食っとけ。おっと、奈奈と娘っ子は里に行って遊んでこいよ」
「奈奈ちゃんの面倒ですね、お任せください」
その言葉に瞳を輝かせた幼女も頷いた。
ただ、突っ伏す禄を見て、絹が不安げに声を掛けた。
「あの禄様、お口に合いませんか?」
「いや、ちょっと疲労で」
――挙句に今日は、何度空を舞った事か……。
それを思えば顔に出る。そんな様相に嬉しそうに絹が微笑みをくれる。
始まりの騒動から傍らにいた少女は、一時も離れずいてくれる。
それが本当に嬉しくて。ただ、そんな彼女を見つめて、ふと禄は思い出すことがあった。
「さてヒヨッコ。随分上達はしてるが、〝闇漂人″にはまだてんでだ。明日から更に〝残月″ってのを会得しろ。儂みたいな傷は作りたくねぇだろ? どんどん業の会得も考えなきゃならねぇんだが……どした?」
「師匠、不知モノは兎も角〝闇漂人″を斬る事が出来るのは〝黒霧″だけ、ですよね?」
「ああ、その為にも太刀に負けぬよう……なんだ、何かあるのか?」
「初めて対峙した不知モノが、俺と茜に言ったんです。『ヤタに魅入られしモノ』と……」
聞いていた巌が杯を煽る腕を……止めた。
「今思えば、あの時から闇漂人との因縁は始まっていた。そして奈奈師匠にも、ここで語らった時に、魅入られてる――と言われました。……あれは一体どういう事なのですか?」
巌は止めた杯を一気に煽ると、食事中の奈奈へ視線を飛ばす。
「奈奈の事は聞いたな?」
頷く禄。隣にいる絹まで頷くところを見ると、既に本人から知らされているようだ。
「お前の中に、その胸の傷が付く前からだろう古い微量の瘴気が篭っている事に奈奈が気づいた。こいつは、その性質から魍魎の瘴気は制御できるが、その古い気は採れなかった」
そこで区切る師匠の視線が微かに泳ぐ。
「それは闇漂人の印……。お前をやがて闇漂人として定めた――不浄の楔という瘴気だ……」
「闇漂人に……定める?」
「お前……不知モノどころか、魑魅――闇漂人と何処かで対峙した事があるな?」
――ある訳ない!? なんだ印って!?
禄は挙措を失いつつも巌へ問いかけた。
「待って下さい!? 俺、魂を喰われたんですか? 言ってましたよね闇漂人が人を喰らい不知モノを増やすと、なら俺は喰われて死んでるんですか?」
――感情は抑えろとは教わった。だがしかし、これは重い。
そんな禄の頭を師匠は鞘入りの太刀で軽く叩く。
「お前のどこに闇が漂ってる。話を最後まで聞け。あぁ死ぬだろうさ、魂を喰われりゃな。だがお前は入れ替わってないし。というかお前みたいな朴念仁な魑魅なんざ聞いた事ないわ」
酒臭い唇を尖らし小馬鹿にしたように揶揄ってくる。
「お前は、ただ唾を付けられただけさ、理由は知らんが大した事じゃない。瘴気が漏れたら奈奈も気づく。儂も付いている。滅多な事にはならんさ。お前は安心して修行に専念しろ!」
「あ、ありがとう……御座います。そういってもらえると……安心します」
「だが、覚えておけ。戦い慣れした魑魅にだけは関わるな。そこらの闇漂人と違う人世に紛れ込んだ真の闇漂。怖気が走る黒紫色の靄を纏うモノ。儂も若い頃に遣り合ったが、儂は傷を、奴は刀を折った。もっとも逃げられちまったがな。ああいう手練は、お前にゃ荷が重過ぎる」
自傷気味に笑う巌。やがて、その笑みを払拭。
「いいか。そんな、真なる闇漂人を見たら――逃げろ」
「に、逃げろって……もしも、逃げられない時は?」
師匠は、それに言葉を止め、ゆっくりと押し殺すように先を続けた。
「逃げられない時か……そうだな、きっと血みどろになるだろうからなぁ……。せめて、今いるこの庵を思い出せ。それが出来なきゃ、お前は必ず喰われるだろうよ」
――翌朝、庵を離れる師弟とは別に、奈奈と絹が羽伸ばしに麓の里を目指して降りていった。
ただ念の為。絹の顔には巌から騙晦という錬気を掛けられた。
これで他の誰がみても絹にはみえないという事らしいのだが。
「さて儂らも峰の奥、山脈の稜線までいくぞ。しっかりついて来い!」
「師匠行くのは無論ですが。また、錘が……」
「増やした。でも今あるのはそれで最後だ」
師匠は枝へ飛び移り飛翔するよう先を進む。
重い溜息一つ。幹を蹴る。枝を蹴り、見失わないよう飛び続ければ景色が歪む。
森を越え、滝を見下ろし走り続け、冷気で肌に強張りを覚える頃、辿り着いたのは積雪の残る山頂だった。眼下を覗けば遥か麓が烟れて霞み、足元の粉雪は風に舞って天へ駆け上がる。 澄み渡る天空の蒼穹と白銀の大地。
その美しくも壮大な大自然に無粋な剣戟の音が鳴り響いた。
師匠の棍棒を太刀で受け止め、斬り返す。
武器を扱わせれば違いなく一流の剣術家だろうに、それに頼らず隙を見つけては卑怯千万な戦い方。禄は心底、師匠を風を纏う羅刹が顕現したような人だと思えた。




