22・第伍幕 斬九郎……
第伍幕 斬九郎……
「ぎにゃぁぁッ――――――」
静穏な山野に悲鳴とも歓喜ともつかない叫びが木霊する。
体内に巡らせた〝錬気″により、木々より遥か高みまで飛び上がる奈奈を禄は同じ位置で捕まえた。枝を幾つか折るが幹から幹を蹴り跳ねて、落下の威力を打ち消し大地へ着地。
捕まえた奈奈を優しく降ろすと、幼女は力無く両手両膝を大地へ落として項垂れた。
「甲斐性無しに捕まった……御主人様がこんなしょっぱい小男に、情けない! ありえない!悔しいッ!!」
「わ、悪かったな……しょっぱい小男で……」
相当堪えたらしい幼女は、恨みがましそうに一瞥。
「やっと捕まえたか、沢へ降りろ。いつもより早い刻限だが太刀を使うぞ」
師匠厳は〝太刀:蓬莱″を投げて寄こし、幹を飛び上がり枝伝いに沢へと飛翔する。
禄も遅れじと枝に上がり、枝から枝を飛び跳ね沢へ降り立てば、着地と同時に満載の錘籠が背中へグイっと食い込んでくる。長く伸びた髪は後ろに縛り、弧を描き垂れる幾つかの前髪が、沢の風を受けて揺れていく。
山梅咲き乱れる沢の中にて、師匠が上流から待ち続けていた。
――季節は巡っていた――
全てを誓った春が過ぎ、油蝉が鳴き乱れる暑い夏が過ぎ、作った芋と山栗を食い過ぎ腹を壊した絹の大好きな秋が終わり、極寒の雪風荒れ狂う冬を越えた。
瞬く間に一巡した山の季節は再び春の足音を響かせている。
――もう……茜の居る蓬莱国は桜が咲いただろうか。
仰げば懐かしい故郷を想う。
だが、川の冷たさで頭が呆けた一瞬を見計られた。
川面を砕き轟音を巻き上げ師匠の業の壱、〝風波″がすぐそこまで迫っていた。泡を食い、練り切らない『氣』を刀身へ込める。
〝蓬莱″から〝風殺″と言う|真空の刃を使い〝風波″を切り裂く。真っ二つに割れた風の波は、一つは右手の岸壁を轟音と土砂を巻き上げ削り、一つは左手の河原に転がる砂利を巻き上げ踊り狂う。
威力を残した〝風殺″が師匠に迫る――が、岩をも裂くそれを、あろうことか指で払い、間髪容れず握る太刀で水量豊富な渓流ごと巻き込むように切り上げた。
師匠が作り上げる〝風波:弐の太刀″水を飲み込む巨大な竜巻が幾本も現れ眼前へ迫る。
「ヒヨッコ。耳に胼胝が出来てるだろうが反芻しろ。五臓六腑に蓄えた『精』を練り、それを放たれ流れる『氣』へと変え、思考、意識、無意識……体内を統括する『神』に変化させろ。これら三宝要素を普段から随時体内で練り上げれるようにしておけよぉ」
「――き、気楽に言うッ!?」
必死に水竜巻を避けるべく奮闘するが、川流れが足に絡んで遅々として鈍い。それでも違和感が拭えず視線を下げれば、厳から漏れる光輝く粉――〝練気″が足を絡め握って離さない。
「足元からも随時氣を集め段階を上げていけ。築基、下腹部で練成化氣、胸で錬氣化神、眉間の中より煉神還虚 行きつく処は還虚合道っつってな。最後は『神』を『虚』へ昇華させる」
「虚って……無じゃないですか。人間の存在まで消せって言うんですか!?」
「そこまでやる気構えを見せろっての」
「――なら、こんなのはどうですか?」
言うが否や氣を脚に向け、光を断ち切るまま川面の上へと駆け登る。
三つの要素は感じ取れても、それをどう練り上げるか確信が持てず、それでも負けじと裂帛の気合を吐き出した。
練り上げた〝錬気″で、厳が先に出した〝風波″を同様に作り出す。
「ほっ……少しは練り上げられるようになってきたか――だが、甘ぇ」
巨大な〝風波″を確かに作り出した。にも拘らず、厳の水竜巻は布でも裂くかの如くそれを切り裂き、「ちょッ!?」押し込まれて気づけば天空へと舞い踊っていた。
吹き上げられた宙空にて体を捻り体勢を直す。
禄は練り上げた〝錬気″を刀身へ、伝わせ、〝風殺″に変えて巌に向けて盲滅法撃ち放つ。
「春、芽吹きて……。夏、蝉時雨……。秋、月抱きて……。冬、雪に逢う……」
厳は囁き、笑う。
その巨躯を捕らえる瞬間――二手目の〝風波:弐の太刀″が今度は刺突の構えで繰り出された。幾多の〝風殺″は巌を素通り、
「なッ!?」禄は自分の風ごと射抜かれ淵中へ錐揉み巻いて叩き込まれていた。
「お前が携える〝黒霧″は担い手の心に呼応する。『悔しい、怖い、死にたくない』とかな。ある意味助けちゃくれるが代償が悪い。声に応えりゃ太刀好みの男にされちまう。やがて心が砕けりゃ正気も喰われ魑魅と化す――つまり、氣を用いて無心で抜いて〝隠の語り掛け″に耳を貸さなきゃ言いってこった……それが……できりゃ……ぁっ」
言葉の最後は巨躯から似合わない小声になる。
力なく浮かび下流へ流される禄の姿に。洗濯だろう、姉妹の如く奈奈と沢へ降りてきた絹が鼻頭に皺寄せ眼を剥いたからだ。拙い所を見られたと顔を抑える師匠。
流れるボロ《・・》布を、絹が無言で川へ入り救出――絶叫した。
「やり過ぎですッ、巌様ッ!」
「いや、まぁ……あれだ。そいつ面白くなってきたぞ」
「楽しむ前に、禄様の息の根が止まりますッ!」
いつの間にか髪留めが外れたらしい、禄の無造作に伸びた髪がだらしなく体に纏わりつく。絹は自分の髪留めの布で結わえてくれるが、さらに巌を怒鳴り続けるのだ。
「奈奈ぁ、この娘っ子は修行の最中に連れてくるなと――」
「――言った。洗濯しながら見たいって、無理やり来た」
「言いから下流にでも連れてけ。ここは危険だ」
勘弁してくれとばかりに追い払う。
奈奈に引っぱられ、絹は大声で文句を放ちながらも下流に連れて行かれた。
「生きてるか。お前よぉ、ある程度の躾はしとけ……あとで苦労するぞぉ」
師匠の意見に同感だな、とは禄も思う。思うがそれより一本を取る好機。立ち上がりざま河原を蹴って〝風波″を具現、そのままの勢いで師匠へ斬り掛かった。




