15
「――結局何処まで話たっけなぁ……なんかもう忘れちゃった」
「いやいやいや、せめて巌殿が持つ二対の太刀の事だけでも」
夕餉を囲んで話の続きが始まった。
「おお、そうだった。お前は坊さんから手に入れたって言ってたよな」
「はい。手に入れたというか……強制的に渡されたというか」
「随分昔だ。儂は長門国の小さな集落に居てな、お前よりも小さい頃に突然坊主がやってきたんだわ。そして奴は確かに言いやがった『此度より、其れの所有者はヌシとなる』ってな。武の家じゃねぇ俺は当時刀なんて物は手に取るのも始めてでな、そりゃあ喜んださ。武器だ、武器だぁ、ってな。だけどその日の夜に両親も爺も婆も、弟も皆殺しにされちまってよ」
巌は瞳を注いだ杯に落としていた。絹と食事を中断し顔を見合わせる。
「……禄様と同じ事が起きたと言うのですか?」
「正確には、ちと違うな。儂の場合、村人全員が皆殺しになった」
予想を超える凄惨な言葉を巌は自傷気味に笑い飛ばす。
「なんでも早い段階で声が聞けるよう未熟な心に惨劇を見せるらしい。一刻も早く目覚めさせたいんだろうよ。お前さんは呆けてる間に捕まっちまったって言ってたが、坊主共もさぞ焦っただろうな、わっはっはっ」
面白そうに大笑いするが。聞いてる禄は気が気ではない。
「ついでに、あのまま蓬莱にいたら、お前の女も間違いなく殺されてただろうさ。脱出した選択は間違ってなかったんじゃねぇか? もっとも幸か不幸か担い手になっちまったがな」
巌の話はつじつまが合っている。が、あまりに惨い。一方的に所有者にされ、それだけの為に皆は無念にも死んだ事になるのだ。
「――じょ、冗談じゃない! そんな事の為に皆が殺され、俺は下手人に仕立て上げられ、絹だって酷い目に遭うところだったんですよ!」
「儂に当たるなよぉ坊主に言え。まぁ、気持ちは解るさ。儂も納得がいかず必死に坊主を探した口だ。噂を頼りに海の向こう伊予国まで行っちまったほどだ。旨かったぜ蜜柑がよぉ」
「蜜柑って、何?」と、食いついたのは育ち盛りの幼女様。
「ん? 奈奈は食った事無かったか。黄色い丸くて甘酸っぱい果実だ。いつか食わせに連れて行ってやりたいがなぁ」
「あ、あの……続きを……」
「はは、そう焦るな。でな、その甲斐あって見つけたんだよ。しかも坊主の集団だ。偉そうな長老がいてよ、『この太刀で見えるようになった闇を漂わすモノを斬れ』ってな。頭きて『闇の前に手前を斬ってやるよ!』って斬り掛かったら簡単に返り討ち。儂も若かったなぁ」
格子の向こう、夜空に浮かぶ月を眺めしみじみと呟きだす。
「あいつらは鍛冶師でもあるらしいが、まともな刀が作れない危ねぇ集団でよ、そいつら〝神の体″ってので幾つか黒い武器を作った。それが黒霧だ。作った連中は各々己の名を銘に打ち込んだって話だ。儂の剣の茎にある〝双″の文字のようにな」
巌は膝の上で小さく寝息を立て始めた奈奈の頭を撫でていく。
「連中は担い手を探していた。お前はそれに白羽の矢が立っちまった。お前は闇漂人を倒しつづけなきゃならねぇ」
嫌な汗が粘りついていた。話から解ったのは、あのまま茜の側にいたら彼女は確実に殺されていた事。さらにこのまま此処にいてはこの親子も絹も危険だという事。無論山間にあるという絹の親戚も論外だ。
「……俺は、一体どうしたら良いんでしょうか?」
「当分はここに居てもいいぞ。儂の太刀は折れちまったから連中も儂らには用が無ぇ。〝冥″の太刀の本来の所有者である奈奈の母親もいない。奈奈が使うには幾らなんでも早過ぎる。つまり連中がここに来る用はないはずだ」
「なら、このまま匿って頂いてよろしいですか?」
「ああ。だが連中は必ず嗅ぎつけるぞ。そして、その巨大な太刀の所有者になったお前への変異の為……いの一番に狙われるのは、そこの娘っ子だ」
絹が目を見開き微かに震える。今までは禄の逃避行であったが、今度は確実に標的にされると、渦中へ放られたのだ。
「まぁ、この地は特別だから奴らは入れねぇ……でも、それでいいのか?」
巌が言いたい事。それは『この地に逃げ込んでるだけでいいのか』だろう。
突き付けられた一族皆殺しと侍所虐殺の冤罪は、生存が露見すれば追手も再び掛かるはず。僧の存在。シラヌモノ、背後に巣食う闇漂人。そして黒霧と呼ばれた太刀を宛がわれた以上、拒めば周囲に必ず不幸が湧く。
何より無実は晴らさなければならない。その為にも真の下手人である僧を見つけ、捕らえ、出るべき場所へ出なければならないのだ。だがそれには安全なこの場所を離れ、再び蓬莱国へ戻るという事。たぶん、絹は付いて来ると言う。つまり――守りながら進まなければならない。 ――今の俺に……それができるのか?
とてもじゃないが確証がない。
――なら、どうする? 力も無い……手段もない……。
いや、それは薄々気づいている。
目覚めてから考え続け、無力を噛み締め、その度に救われた力は回顧し続けている。
禄の双眸に光が灯る。
「……絹は、俺が守ります。でも……俺は弱い。今のままじゃ何も守れない」
「だろうな……」
「無実を晴らす為に僧も捕らえなければならない。何より異国にいる茜を脅かせたくない!」
心が下す決断、巌を見据えて言い切る。対して巌は再び大きな溜息。
「そう……言うのは解ってた、だが方法は? あの坊主連中も半端ねぇ強さを持ってるぞ。何より騒ぎがあれば、お前の生死も判り追っ手が掛かるだろうぜ」
禄は、正座から頭を垂れた。
「――貴方の、貴方が備える『剣術』を私に教えてください」
「それも……解ってたさ。このまま行けば雑魚はともかく手馴れの闇漂人に会えば確実にお前はあの世行きだ。黒霧の縁は災厄しか起こさねぇが、同じ担い手同士。助けないでもない」
「で、では!?」
「だが、耐えられるのか? 俺は人に術を教えた事は無い、加減も知らねぇから確実に殺れる自信があるぞ」
「強くなりたいんです! 強くならなければいけない、このまま災厄に飲まれる前に、守るべき人を救う為に、俺を強くして下さい。何卒、どうか力を御伝授くださいッ!」
再度、床へ叩きつけるように頭を振り下ろす。
「わ、私からもお願い致します。禄様に巌様の業の御伝授を何卒、何卒、お願い致します」
「しかし……なぁ。確実に死ぬのがなぁ」
並び平伏する姿に、頭の上では心底悩む声が響きつづける。そんな中で、
「教えてやればいい……生き死には、こいつ次第」
助け舟をくれたのは寝こけていた幼女だった。巌の膝の中で寝返りを打つ奈奈は言う。
「何より、こいつはもう――魅入られている」
その言葉に、巌は狼狽も顕に我が子を見下ろした。そして奈奈も巌を見上げ、初めて奈奈が無表の面貌を崩し――こういう表現は適切か――薄紅の唇を歪め、大人びた魔性な微笑を浮かべるのだ。
「そうか。そういう事か……。ああ、いいさ。儂が鍛えてやろう」
「ほ、本当ですか!?」
「喜んでられんのも今の内だ、儂の業には幾重もの禁がある。しかもこれより儂らは血の繋がりに結ばれる。それは絶対に破れない物。無論、斃ったら崖下へ投げ捨てる。それでいいな?」
「はい! 有り難う御座います」
「礼なんかいらん。兎に角死ぬな! 今後の儂の寝覚めが悪くなる!」
――何やらせる気だろう。
一瞬、一抹の不安を覚える。
「第弐に、儂の命に疑問を持つな、従え。徹底的に鍛えてやるが……基礎の基礎を作るのに最速で一年、基礎の業に最低三年から六年は覚悟しろよ! それだけでも極めるとしたら何十年かかるか。さらに第参、今後は儂の事は師匠と呼べ。お前の事は、喜べヒヨッコと呼んでやる」
「ヒ、ヒヨ?――は、はい、宜しくお願い致します」
礼をする頭を奈奈が小突く。仰げば親子は各々刀を持ち――その茎を外して見せた。
「ヒヨッコ、お前の大太刀の目貫を外し茎を晒して儂に見せろ。儂が教える以上、全て儂が教わった流儀に乗っ取ってやらせてもらうぞ」
言われるままに大太刀の目貫を外し、茎を柄から引き抜き右側を顕にする。
金の一文字が彫られた〝斬″の銘に、親子は息を呑んで瞳を輝かせた。
「こいつは面白れぇ。よりにもよって〝斬″っと来たか、皮肉が過ぎんだろう。目の前に立ち塞がる全ての〝闇漂人″を斬れッ――てか」
笑う厳は自分の刀を柄無しの茎のみで持つ。
奈奈もそれに習い持て余しそうな太刀を易々と扱う。やがて三人が太刀を掲げると、互いの太刀に掌で触れ、裂けて血が床へ散る。
小さく呻く禄を見守り厳の朗々とした声が庵を越えて山中に響き渡った。
『生在る者は聞け! 冥府のモノは畏怖せよ! 今日この時この場所において〝双″の担い手――巌龍。および〝冥″の担い手――奈奈。そして新たなる黒霧太刀〝斬″の担い手――禄。儂らは師弟であり血族となる。我らの行く手が冥府魔道に通じようとも、嘆願成就は必然と信じ、ここに願を掛け、〝冥府の魔刀:黒霧″三刀を打ち鳴らす!』
禄の握る刀、厳の刀、奈奈の刀が天に掲げられ重なり合い、垂れた血が霧となって三太刀に絡まる。やがて大気奮わせる鷲の咆哮にも似た独特の共鳴が山野へと駆け巡った。
打ち鳴らされる音と、絹の温かな眼差しが、体の芯を滾らせる。
この先の修行がどんなに辛くとも、生きる為に、守る為に、全てを乗り越え進まなければならない。坊主の意図に操られず、自分の為に誰かが悲しむ事のない力を求め、祈りを籠めて、禄は万感の想いを篭め、それを打ち鳴らしていたのだった。




