Episode5
教室から出たルシオとオルウェは男子学部、カヴァの回廊をゆっくり歩いていた。
回廊の横には草木が生い茂り、木のベンチに生徒が疎らに座って読書をしている。
人気もなく、穏やかな時間が流れていた。
「加護を使えないのはあんまりだよなぁ」
「ルシオも思わないか?」
オルウェは聞きながら、後ろにいるルシオへ振り向く。
「僕は制御ができていないから、むしろ使わない方がいい。」
「そうか。俺はルシオのように強力ではないからな。少量の水分を使って物を構築する事しかできない。」
オルウェは掌を回廊の柱へ向けた。
柱の下から蔦が伸びて天井の方まで巻きついていく。
オルウェの目線は蔦が巻きついていくのと一緒に天井の方へ向けられ、口角が上がり笑みを浮かべた。
「おぉっし!今回は想像した物ができて、長さも上出来!お洒落に仕上げたぜ」
柱にポンポンと手を叩き、ルシオへ顔を向ける。
ルシオは微笑んでいた。
「上出来だけど、さっき言われてただろ。授業以外では、」
「分かってる分かってる、そういう時もある」
満足気なオルウェの表情に、仕方がないとルシオは見つめた。
「普段から練習しておかないと、強くならないだろ」
「強くなってどうするんだ?」
ルシオはなんとなく、聞いてみた。
沈黙の後、オルウェはルシオの目を真っ直ぐ見て冷静に応えた。
「護る。この帝国、家族。お前を。」
オルウェは幼き頃から父キースと共に皇帝一族と関わってきた。皇帝一族へ仕える事がウィスター家の家訓であるものの、オルウェは同齢のルシオを大切な友人、家族として特別な感情を抱いていた。
真っ直ぐな目を向けられルシオは、微笑んだ。
「愚問だった。強いな。」
回廊の外側ベンチに座って、微笑んだ顔をオルウェの方へ向けてくる男がいた。
その男にオルウェは目線を向け、驚いた。
「ではまず、オルウェ君は学園の規則を守って下さい。」
ルシオも男の方に気づき顔を向ける。
微笑んでいる男は穏やかな声で発してから立ち上がり、肩にかかるであろう髪を後ろで結び、丸型の眼鏡をかけていた。
厚みがある本を数冊持ち、ルシオ達へ近寄る。
「初めまして。私はロマール・ベトウと申します。この学園では歴史、地理を教えています、どうぞよろしく。」
ロマールはルシオの前に立ち、手を差し出した。
「初めまして。僕はルシオ・フォン・バンベルクと申します。初等科1年です。」
差し出された手へルシオも手を出した。
ロマールは両手で、ルシオの手を握り驚いた表情で話し始めた。
「おお!貴方が皇帝陛下ですね!ご挨拶できること恐悦です!私は皇帝一族を間近で見ることがなかったのですが、授業を教える日がくるとは!」
ロマールは興奮して一人呟いていた。
ルシオとオルウェは目を点にして何も言わずに固まっていた。
「っと、大変失礼致しました。ルシオ陛下とオルウェ君は仲が良いのですね。」
「ヘル・ベトウ、陛下呼びはやめてください。僕の事も一生徒として名前だけで呼んで頂いて構いません。」
「分かりました。ではルシオ君、宜しければ私もロマールとお呼びください。」
微笑みながらロマールは立ち去っていく。
「あっ、オルウェ君は今回のこと報告しませんからね〜。やり過ぎは注意です。では〜」
オルウェが口を開いた。
「変な教師だけど優しそうではある。」
「色んな人がいて良いね。」
ルシオは歩きだしオルウェも続いた。
カヴァの出入口、橋の手前で立ち止まった。
「僕は帰る。ここでいいよ」
「分かった。また明日来るよな?」
「うん。また明日。」
ルシオは橋を渡り学園の正門へと続く道を歩いて行った。
ルシオは石畳の道を歩き、空を見上げた。
雲一つない青い空と薄ら月が見えた。
短いながらも今日起きた出来事を思い出し微笑んだ。
正門に近づき、帝国の馬車が止まっていた。
馬車の傍に男が立ってルシオに気がつく。
「陛下」
「待たせたな、キース。」
キースは頭を下げる。
「まだ会議には時間がある、途中街に寄ってくれ。」
「かしこまりました。学園はどうでした。」
「ああ、退屈しなそうだ。」
ルシオは微笑みながら馬車へと乗り込み、市街地へと進む。
市街地に着き馬車が止まった途端、遠くから低い声で叫ぶ声が聞こえた。
馬車の扉の前にはキースが立っており、ルシオが戸を開く。
「陛下!ここでお待ち下さい。普通ではない。私が見て参ります。」
キースは叫び声の方へと走って行った。
ルシオは馬車から降りて人集りの方へと体を向けた。
「だ、誰か!バケツ!川からっ」
一人が叫んで周りに助けを求めていた。
一人は街の傍に置いてあったバケツで紐を括り付け、川から水を汲もうとしていた。
人々は路地の方へと視線を向けていた。
キースが人々をかき分け声を上げた。
「問題ない!衛兵と医者を!」
ルシオは人混みの方へと向かった。
歩いて空を見ると、黒煙が上がっていた、上がっている場所は路地の方からだった。
後ろから街の衛兵が何人もやって来た。
「市民よ、立ち退け!今からここは立ち入ることを禁ずる!」
キースが衛兵に話し込んでいる。
ルシオは路地の外から見ると、男が一人倒れ込んでいた。服は所々が破れて黒く汚れている。
路地にも民家が建ち並び、そこの一つから煙が出ている。
ルシオはキースの元へと近寄った。
「陛下!」
「放火か。」
「えぇ、私が近寄った時にはこの者の体は炎に包まれていました、家も全焼でしょうな。今は眠って気絶しています。」
「原因は、力か…」
「加護の類ではないと思います。私の力ですぐに対処できましので。何かを燃やし、それがこの者や家に移ってしまったのではないかと。」
ルシオは燃えていた家の前と歩いた。
「陛下」
キースがルシオの後ろから囁く。
「今年に入って何軒かある不審火。同様の人物の仕業ではないでしょうか。」
ルシオは地面にしゃがみこみ目を閉じた。
「家の中。入って右側。そこが1番熱いな。」
「陛下。そこまでの力が、」
「その事しか分からない。この家の者の不始末かもしれない。調べてくれ。」
「かしこまりました。」
ルシオは路地の外へと歩き出す。
そこへ汗を滲ませ息を切らした、小太りの男がやって来た。
キースが声をかける。
「シュヴィ殿、今回もお世話になる。」
「ウィスター公であったか!いやいや近くで良かった。これは酷い。蝋燭か何かを皮膚に直接受けているな。帝国の病院で宜しいかな。」
「頼む。」
シュヴィは帝国の街医者であった。
ルシオは聞き耳を立て、馬車へと歩き出した。




