Episode6
城に帰ったルシオは、執務室で書類と向き合っていた。
書類には隣の大陸、アスクレについて記載されていた。
アスクレ大陸は、癒しの加護の継承者が統治するフォスエヴロギア王国と西アンソス王国等が存在する。
1783年に起こったヘパイストス大陸にある島国、その国で火山が大噴火を起こした。
噴火によって火山灰や有毒なガスが空へと放出され、農地は壊滅。飢えによって島民は多くが命を落とし、気象変動はこの世界、5大大陸の空を覆った。
アスクレ大陸では西アンソス王国も、又、特に影響を受けた。
火山灰や霧に覆われた空からは、太陽の光が大地に届かず、夏になっても涼しく、小麦の作物が育っていなかった。
「西アンソス王国からの親書ですか。」
キースは傍らでルシオに声をかける。
「あぁ。運河の経路だね。彼らは外国からの食糧輸入に頼るのだろ。僕にも王国に訪れてほしい、との事だ。」
「調整致します。」
ルシオは西アンソス王国からの文を読み続けた。
「農村の建築…」
「噂の、メアリー王妃の庭園でしょうか。」
「これは、本格化してきてるな。僕も耳に挟んだことはあったけど…贅沢三昧の秘密基地とね。民衆が噂を立てるのも無理は無い。気候変動に加えて作物は育たない、輸入品では値が上がる。その点、王宮では豪華なパーティーだ。」
「メアリー王妃も窮屈に居られるのでしょう。」
西アンソス王国のメアリー・ド・ロレーヌ王妃は、ヴィルドゥべニール帝国出身でバンベルク家の一族であった。
政略結婚によってメアリーは大陸を渡り、西アンソス王国、ロイ・ド・アンソス、現国王へと嫁いだ。
ルシオとは遠い親戚にあたる。
「僕がメアリー王妃にお会いしたのは、ただ一度だけ。この帝国と西アンソス国の政治同盟とはいえ、彼女の奔放ぶりには、僕もちょっと敬遠したくなるよ。」
ルシオは紙へとサインをし、立ち上がった。
「向かわれますか。」
キースが発した。
「うん、もう皆集まる頃だろ。」
ルシオは扉の方へと歩き始めた。
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ヴィルドゥべニール帝国
帝城 帝国会議にて
帝国の大広間には職位ある臣下たちが、長机に並んで座っていた。
その中央奥に、三段ほど床が高く上げられた壇上に、ルシオの席である帝国皇帝の玉座が据えられていた。
ルシオは玉座に座り、机に置いてある紙へと静かにペンを走らせていた。
「次へ」
静まり返る広間にルシオは書類へと目を向けながら、冷静に声を発した。
その言葉を聞き、壇上の下、傍らに居た臣下は返事をする。
「はい。では次、輸出に関して港からの――」
気候変動がある中、帝国は豊かな水資源を有し、農作物の被害も少なく治安も安定していた。だが、それ故に他国からの支援要求が相次ぎ、外交的な負担、という形で帝国へも影響を及ぼしていた。
臣下が声を上げる。
「全く、甘ったれておる!こちらが軍を動かせば属国にできるというものを」
「物騒なことを仰られる。」ブロンドヘアの男が微笑みながら冷静な声で呟く。
「では、シュタウベン公はこの問題の打開策はあるんだろうか。」
「今は無いでしょうな。」
「なっ!!ではこのまま我が帝国も支援を継続すると?冬の季節がくれば極寒にさらされますぞ。民衆の暴動が起きかねない!」
臣下達は静まり返る。
ルシオは静かに紙にペンを走らせていた。
ブロンドヘアの男、ミルド・フォン・シュタウベンが話し始める。
「無論、このままとはいきません。しかし陛下は争いを好まないでしょう。こちらも規制をし、隣国のみならず大陸を越えた国々をも我が帝国が先導し、広く対話を重ね、協調の道を模索すべきです。それぐらいの余力はある。」
広間は再度、沈黙が訪れる。
「皇帝陛下」
臣下は顔をルシオに向ける。
ルシオは手を止め、臣下達へと話し始める。
「支援の国の中には西アンソス王国も入っていた。僕が来訪するよう調整している。ミルドが言ったように僕は争いを望んでいない。できる事をすればいい、それだけだよ。」
「承知致しました。」
ルシオは淡々と続ける。
「半月が過ぎれば、天啓議会というものが訪れる。そこで話してこよう。そして、ヘパイストス大陸で起きた噴火は故意で起きたもの、と耳にした。」
広間にどよめきが走る。
「皇帝陛下失礼致します、では今回の噴火、気候変動は加護の継承者の仕業という事でしょうか。」
「空が火山灰や霧で覆われたのだ。ただの噴火ではなかったぞ。」
「ヘパイストス大陸であれば、火の加護の継承者、フロック帝国皇帝オルソス・ディナトスか。何故。」
臣下が驚きを隠せず発言をしている。
そこにキースが椅子から立ち上がり、声を上げた。
「皆、静まれ。噴火にはオルソス・ディナトス皇帝は関与していないと思われる。だが、火の加護を派生した力で引き起こしたのではないか、と一報も入っている。今年に入ってから発生している不審火も少し引っかかる。帝都の警戒を上げ、民衆の噂も集めてほしい。」
「本日の不審火に怪しい目撃情報は得られたのか。」
ルシオが声をかける、キースはルシオへと体を向ける。
「いえ、怪しい者さへも特には。最初に声をあげていた者は、路地を見た際に火だるまになった者が居ただけ、と。ドクターフォン・シュヴィによりますと蝋燭を背中皮膚に直接当てられている、その後高濃度のアルコールを被っていると。陛下が仰られていた、高温の場所に蝋の塊、燭台が落ちておりました。現段階、推測するに火だるまの男は何者かを家に招き入れ、事件が発生したと思われます。」
「分かった、ありがとう。」
キースは椅子に着席した。
「僕も今後市街地に赴くようにするよ。」
「陛下!」
「どうした?」
次は臣下が一人立ち上がり強ばった声でルシオへと話し始める。
「先日のご静養の際もですが、侍従だけ同行とは危険極まりない。学園の入校、市街地への散策。カイル皇帝陛下の一件もありますゆえ、ご自身のお立場もお考え下さい。」
「卿の配慮には感謝する。僕の立場は弁えているつもりだ。だが私自身が民と接し、帝国の事を理解しないと成長しないと思うんだ。私は人間であり、人間ではない。父上の様に帝国の平安を願い、諸国に働きかけ、最期は水になり人生を全うする。私は私なりにこの帝国を最期まで守るよ。」
ルシオは穏やかな声で語りかけた。
広間は静まり、立ち上がっていた臣下も椅子へと座る。
「それに私の動向はウィスター家が監視している。危ういことはできないよ。」
「天啓議会、テオスジュネシオンにもウィスター公がご同行されるのか。」
ミルドがキースに向け話す。
「あぁ。今回は、フォスエヴロギア王国での集まりだそうだ。そう遠くもない、5日程で戻れる。」
窓の外が橙色に染まり、帝国会議が終わった。
ルシオは執務室に戻り椅子に腰掛けた。
扉からノックがされキースが部屋に入り、机の前へと立ち止まる。
「お疲れ様でした。」
「うん。皆心配してたね。」
「皆、陛下を案じているのです。陛下の力は、私達のような少量の能力では歯が立ちませぬが、他の加護の継承者、まだ確認できていない力が陛下に立ちはだかり、我が帝国のみならず、この世界で暗躍しているやもしれません。私たちには、ルシオ皇帝陛下しか残されていないのです。」
「そうだね、そうかもしれない。」
ルシオは穏やかな表情でキースの話を聞いていた。
キースを含め帝国の臣下たちは、圧倒的な力を持っていたカイル皇帝が命を落とし、帝国の行く末を危惧していた。
その時、扉からノックがされた。
「失礼致します。ミルド・フォン・シュタウベンでございます。」
先程帝国会議に出席していた臣下であった。
「入っていいよ。」
扉が開けられミルドがルシオへと歩いていく。
「これは失礼。ウィスター公が先客でしたか。」
「では私はこれにて。」
キースが頭を下げてから、微笑みながらミルドが口を開ける。
「いやいや、ウィスター公も同席して構いません。私は、ただの雑談ですから。」
「では、その雑談とは?」
「本日会議でもあったように、皆この帝国の行く末を危惧している。ですが、私は陛下が自由に行動される事に否定ではございません。交友関係を増やしてこそ、我が帝国の繁栄にも繋がる。そこで私から少々提案なのですが」
「ミルド、何を言い出す。」
キースが割って入るが、ミルドは表情が変わらず続ける。
「まぁウィスター公、たわいない話です。陛下へ新しく婚約者を決めてはどうかと。」
「婚約者。」
「ええ!ウィスター公だけでなく、婚約者をも監視役に据え、目を光らせるのです。そして婚儀と順序よく進め、いずれ世継ぎを授かることで、帝国の繁栄へと導くのです。」
ルシオは無表情のまま視線をミルドに向ける。
キースは、ため息をつき手を額に当てていた。
「ミルド。それはシュタウベン家の繁栄にも繋がっているんじゃないか?」
「キース。それもある!がしかし、我が娘でなくとも婚約者を決めることは臣下の者たちも安堵する。」
ルシオは二人のやりとりを静かに観察し、発した。
「良いよ。婚約者がいようがいまいが、僕の行動に支障は起きないと思うからね。」
「承知致しました!では、テオスジュネシオンの後に、帝国の夜会を開き国内外から広く娘たちを集いましょう。」
「このご時世の中、夜会など開いたら民衆や国外からも批判を受けるぞ。」
「ウィスター公、このご時世だからこそ活気ある話題を出すのだ。夜会には民衆、国外からも若い娘達が集う。」
「まさか、家柄が無い者たちも招待するのか。他の臣下も黙っていないだろう。」
「案ずるな、私から話す。陛下にはお忙しいところ恐れ入りますが、これも帝国の繁栄と思い何卒お受止めください。夜会も久方ぶりに行うのです!忙しくなりますな!では!」
ミルドは満足した表情で執務室を後にした。
「嵐が去ったな。」
「陛下、宜しいのですか。」
「さっきも言ったように、僕は婚約者がいても変わらないだろう。夜会も、民衆を巻き込み祝祭のようにしてしまえば、他の臣下も大義名分に圧されて、反感を買うこともないよ。」
「陛下には、レイア様がいらっしゃいます。」
ルシオは見ていた書類を静かに置き、窓の外を眺めた。
空は茜色に染まり暗闇に変わりつつあった。
「父上とアスター王の交わした、昔の話だよ。特に文のやり取りもしてないからね。」
「お言葉ですが、レイア様は待っておられるのでは。」
陽の光が落ち、帝国は次第に暗くなると街中にランプが灯される。
帝城も所々にランプが灯されていき輝いていた。




