Episode4
小鳥の鳴き声が聞こえる朝。
ルシオは片手にティーカップを持ち、新聞を広げていた。
傍には、子猫のレイアが駆け回っていた。
ドアからノックの音がした。
「陛下、失礼いたします。ご準備を。」
「あぁ、いいよ。」
扉からルシオの部屋へと侍従職が入ってきて、ルシオが椅子から立ち上がる。
ルシオは白いシャツに袖を通し、黒色のベスト、ズボン、コート、幅のある革のブーツを着用した。
全てに繊細な刺繍や装飾が施されている。
乗馬、軍用を意識したデザインの帝立ぺスティべニール校の制服である。
侍従から三角帽子を渡され、被る。
「陛下、行ってらっしゃいませ。」
侍従職は頭を下げ、ルシオを見送る。
「行ってくるよ。レイアにも相手してあげて。」
そう言ってルシオは部屋から出て行った。
侍従職は頭を上げ、子猫を見て困惑していた。
馬車へ乗り込んだルシオは、臣下が予定を話しているのに耳を傾けて、窓の外を見る。
「…ですので、本日は12時にお迎えに上がります。」
「分かった。」
帝立ぺスティべニール校 正門にて
ルシオは馬車から降りた。
帝都の中心部に位置する学園は、帝城に匹敵する広大な土地であった。
川に囲まれ、大講堂、植物園、演習場が設けられている。
カヴァという男子学部では主に軍事学を、ダームの女子学部では教養学を学ぶ、総合制学園である。
世界から剣技や学力、能力に秀でた者が集う。
ルシオは1人、正門を潜り石畳で続く大講堂へと向かった。
大講堂に近づくに連れ、同じ制服を着た学生とすれ違う。
その中には、黒色のロングドレスに小さなボンネットの帽子の制服を着ている女学生もいる。
サッシュベルトの色は学年によって分けられている。
学生は、ルシオの存在に気づくと驚きの様子で頭を下げる者と囁きながら話をする者もいた。
ルシオは無表情のまま歩き続ける。
大講堂前の階段に男女で話し込んでいる大人が立っていた。
ルシオに気がつくと背筋をぴんと立て、深く一礼した。
「皇帝陛下、この度は我が帝立学園へのご入学、誠に恐悦至極に存じます。陛下が学問の深淵を求められ、あえて一学生としてこの門をくぐられたこと、平伏するばかりにございます。」
堅苦しい挨拶をする男女はこの学園の学長と教師。
黒色のスーツとドレスを身にまとい、言葉をつづける。
「此度は、不遜ながら私どもが陛下の歩みを支える導き手とならねばなりません。職員一同、誠心誠意支えてまいります。」
「丁重なるお出迎え、心より感謝いたします。本日は素晴らしい天候にも恵まれ、誠に良き日となりました。これより始まる学びの日々、皆の導きに期待しています。どうぞよろしく。」
ルシオは微笑みを向け階段を昇り、大講堂へと入った。
大講堂の内装は青と白を基調とし、木製の椅子からほのかに木の香りが漂い、蝋燭の匂いが静かに混じっていた。
奥の壁にはステンドグラスが煌めき、その中央には、オケアノス大陸を象徴する神話の海神が大きく彫刻されていた。
大講堂へと次々学生が入り椅子へと着席する。
「あっ、おい」と聞こえた瞬間
ルシオの背後から男が急に近寄り、肩に手を回してきた。
「よっ!」
陽気に声をかけて男とルシオは顔を見合わせる。
「俺はカヴァ初等科2年、レオネ・デ・ブナパルテ。初等科1年は、最前列左側だ。」
「ありがとう。」
ルシオとレオネは体を離し、向かい合う。
「僕はルシオ・フォン・バンベルク」
「レオ!」
先程声を上げた男が近づき、レオネに声をかける。
「レオ、態度を改めろ。気軽に接して良い方ではない。」
男は体をルシオに向け続けて発した。
「ルシオ皇帝陛下、ご挨拶申し上げます。私はカヴァ中等科2年、アンリ・ド・クラークと申します。友人の非礼をお詫び申し上げます。」
アンリは頭を下げる。
「非礼って俺はな!」
「大丈夫ですよ。ご親切に、どうもありがとうございます。」ルシオは微笑んでいた。
「そこ!デ・ブナパルテ!ド・クラーク!やめろ」
教師が声を上げる。
驚いた表情でレオネは立ち去り、アンリも再度頭を下げ自分の席へ向かった。
「人を愛せ、自然を愛せ、そして、自らの胸に宿る探究心を愛せ。神が創りし世界の、その美しき真理を探求すべく——大いなる知の海原へと、今、諸君の帆が上がる。」
新入生、進級生の為に学長の式辞が読み上げられている。
暫くして言葉が終わり、沈黙の後、大講堂に集まった人々が一斉に立ち上がった。
パイプオルガンの音が響き、讚美歌を歌う。
ステンドグラスからは光が差し込み、空気が煌めいていた。
式典が終わり、大講堂から出ると涼しいそよ風が吹いた。
ルシオが階段を降りていくと、「ルシオ」と背後から呼ばれた。
振り向くとオルウェが立っていた。
「久しぶりだな」
オルウェは穏やかな声でルシオに声をかけた。
「君が居ることは知っていた。こんな早くに会えるとは、思わなかったな。」
ルシオは微笑んだ表情で目を逸らす。
「・・・げーっ、なに余所余所しくするんだよ」
急に呆れた表情になったオルウェは、語りながらルシオの元へと階段を降りていく。
「会わない間にもう他人か?ガキの頃からずっと一緒だったのになぁぁあ寂しくなったなぁあ」
オルウェは腕で目を拭い、ルシオは目が点になっていた。
「嘘泣きはやめろ」
「お?」
腕からちらりと目を出す。
「はっ、オルウェは変わらないな。」
ルシオが笑みを浮かべる、オルウェも穏やかな表情に戻った。
「寂しかったのは本当だからな...」
「そうだね。」
二人は静かに微笑んでいた。
「皇帝陛下の隣に居るのは、ウィスター家か」
「ルシオ様とオルウェ様だわ。素敵ね。」
「誰だ?」「馬鹿、ヴィルドゥべニール帝国皇帝だよ」
大講堂から出てきた学生の視線が二人に集中していた。
「ルシオ、カヴァに向かおう」
オルウェは頭で向かう先を差し、歩き始めた。
ルシオもその後に続いた。
男子学部に続く道には橋が架けられ、水路に沿った壁の上に寄宿舎等の建物が連なっていた。
ルシオはその景色を見つめ立ち止まり、オルウェが同じ方向へ眺め、口を開いた。
「俺は少し前からこの寄宿舎に入った。ウィスターの家からでも通えたけど、離れてみたくて。」
「同じだよ」
ルシオの口からも発した。
「僕は城から離れることはできない。ただ、少しだけ…離れたくなった。」
オルウェは、ルシオの切なそうな横顔を見て、コートの内側から綺麗に包装された箱を取り出した。
「これ。」
箱を差し出しルシオへ渡す。
「僕に?」
「この前、誕生日だったろ。」
「ありがとう。」
ルシオは受け取ったプレゼントをポケットへしまった。
「また城に遊びに来てくれ、子猫がいる」
「子猫?…なんで」
「傷だらけだったんだ。」
ふーん、と興味無くオルウェは校舎へと再び歩き始めた。
校舎の中へと入り石材の階段を上がって行った。
オルウェが急に話す。
「この後の授業は、この学園に初めて入学した生徒が集まる。ほんっと、熱血教師みたいなのがいるから、ルシオも気をつけろよ。」
「ああ」
オルウェは体をルシオの方に向け、歩き話し続ける。
「この前も入舎した日にガラス瓶割ったから直したらすぐ見つかって怒られたんだぜ。だいたい置いてるとこが悪かったんだ」
「オルウェ」
ルシオは話を遮るようにして、目線をオルウェの後ろに向けていた。
「ん?」
「フォン・ウィスター」
体格がいい男が野太く冷静に声をかけてきた。
オルウェは歩いている方に体を戻し気づいた。
「以前もこのような状況で瓶を割っていたが?」
「ヘル…ティコン」
「授業が始まっていないから、か。気持ちが弛んでしまっているのか。」
明らかにオルウェは動揺した。
「教室に集まれ」と声をかけられ、教室へと向かった。
教室には広い部屋で長い木製の机と椅子が並び、生徒100数十名が着席した。
先程オルウェに注意した体格の良い男が、教室に入って話し始める。
「私の名は、タプファー・ティコン。ここでは、基礎戦術、ならびに乗馬と剣術の実技を教えている。すでに寄宿舎から通達受けている者もいるだろうが、再度当学園での規則を伝える。」
「この世界において、神からの加護という能力を備えた人間が少数いる。確認されているもので、水、火、風、大地、癒しの加護から派生された能力だ。その能力を保有する者、能力を実際に見たことない者もいるはず。当学園では、特定の授業、特務戦術学を除き、能力の使用は一切認められない。それから血気盛んな諸君らが好む、私的な決闘も禁じている為、心得てくれ。」
タプファーの話は続いた。
オルウェは隣で、机に肘をつき話を聞き、ルシオは窓の外に目を向け、陽光が降り注ぐ水路や石畳に沿う草木、そして談笑する学生たちをぼんやりと眺めていた。




