↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒュムノス  作者: 新川 歩
第一章 刻々と

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/6

Episode3



 皇帝ルシオは城の東塔で、帝国を見下ろしていた。

「程なくして、お部屋にお戻りになりますか?」

傍にいたキースが尋ねてきた。

「そうだな。母上を尋ねる。」

「かしこまりました。」

ルシオは階段の方へ振り返り、頭を下げたキースの横を通り過ぎ、別れた。


 城の中にひかれた小さな水路が、川のようにサラサラと音を立てている。

大きなガラス窓が連なっている廊下を歩き、扉の前に立ち止まった。


一息つき、扉をノックした。

「母上、ルシオです。入ります。」


 ゆっくりと扉を開き、ベッドに近寄りそばにあった椅子に腰掛けた。

「暫(しばら)くお会いしていなかったので、伺いました。」


 ベッドへ横たわる女性、ステファニー・フォン・バンベルクは眠っていた。

ルシオが声をかけたが目を開けることはない。

「一昨日...レームス渓谷にある別邸へ帰ったよ。あそこは静かで、時が過ぎているということも忘れてしまう。家族と過ごしたことを思い出す程にね。」



 -- · -- --- ·-· -·--



「ルシオ!!」

「どうしたの?」

「ほら、見てくれ!また大きな魚を釣り上げたんだよ!」

 子供のような満面な笑みでカイルは、巨大な川魚を片手にルシオへ駆け寄った。バルコニーで読書をしていたルシオは、目が点になった。

「父上なら能力ですぐ捕まえられるでしょう」

「いいや!針に餌をつけ、糸が引いたら一気にギアを手で回す、魚との駆け引き、それが釣りの楽しさなんだよ!」

 カイルは、穏やな声で楽しそうに語る。


ハッとした表情になり、ポケットから懐中時計を取り出して時間を確認した。

「もうすぐ日が暮れる、ルシオも着替えて」

「あなた、また今日もなの?」

 バルコニーに出てきたステファニーの声だった。

「ステフィーも一緒に蛍を観に行こう。今日は出てきてくれたら良いんだけど」

「父上。言えばよかったけど、8月は蛍の時期ではない、と本で読んだ。」

「私は行っても良いわよ。夜の散策もきっとわくわくするじゃない?」

「きっと楽しいよ、ステフィー!」

 ルシオの前に2人で手を繋ぎながら微笑みあっている。



 川のほとりで夜空を見上げた。空には無数の星が煌めいていた。

「やっぱりルシオの言った通りだったね」

カイルが近寄ってきて呟いた。

「ちゃんと調べて、来年こそは皆で蛍を観よう。...あ、そうだ。ウィスター家も連れてこなくちゃね!アスターにも声をかけよう。」

「アスター王。」

「この川の境を渡ればフォスエヴロギアなんだけどね、隣だけどすぐには会えない。少し前にも、レイア姫とも遊んだんだよ。」


 ルシオは目を閉じ思い出した、胸に残る温かなぬくもりと幼き声。

(ルシオさまぁ、だいじょうぶだいじょうぶ)


「ええ、レイアなら覚えています。」

 目を開け星空を観た。


 それから、ステファニーの声が聞こえた。

「カイル、ルシオ。家に戻りましょう」


 家に戻り、ステファニーが「ダイニングルームに来てね」と声をかけてきた。

 ダイニングルームに行くと

「ルシオ!お誕生日おめでとう!」とステファニーとカイルが声を張り上げた。

 テーブルの真ん中には、ホールケーキにロウソクが9本立てられ置かれていた。

 ルシオは、ぽかんと口が開いた表情をしてから微笑んだ。

「あ、ありがとう」



 3人で笑った、夏




「今年も蛍は見れなかった。釣りもしてみたけど、父上のようには上手くいかなかったよ。」

 窓から差した橙色の光が、部屋全体を染めていった。光が塵に反射してきらきらとしている。

「来月から僕も学園に通います。目覚める頃には、父上のように立派になっていますかね。」

 ルシオは立ち上がり、部屋をあとにした。



 夜も更ける頃、月明かりに照らされた城の寝室、窓際にて

ルシオは本を読んでいた。

開いた窓から優しい風が入ってきて、何かの知らせを運んできた。


ルシオはそっと本を閉じ、置いた。


窓際に立ち、手を窓へと伸ばした。

すると、触れた箇所が水になり、体が通り抜け外へ出る。

高い所から落ちていくが、地面に着地する前に速度を落とし、ゆっくりとつま先から降り立った。


 城の裏手、侍従が使っている通用口の扉へ向かい歩いた。

扉外の橋が、歩道の方へと掛かっている。整備された歩道を歩き、森の入り口に着いた。


 ルシオは森の中へ入っていく。

虫たちの鳴き声が響いていた。視界は暗く、木々の隙間から射し込む月明かりを頼りに歩いた。


 暫くして、川のほとりへ出た。

昨日の嵐の影響で、川岸には木々が打ち上がっていた。

そして川を挟んだ向こう岸、木々の側に白いものが見えた。

ルシオはその方向へと歩み、足元に波紋だけを残しながら、水面を渡った。


 近寄ると、傷だらけの子猫が横たわっていた。

体を屈ませ、猫を抱き上げた。

「温かい」

その子猫は傷だらけになりながらも、小さな体をいっぱいに動かして、呼吸をしていた。

「もう大丈夫だよ。」

 柔らかな表情のルシオは、子猫の頭に手を添え、城へ連れ帰った。




 次の日の朝、ルシオの寝室にバタバタと物音がした。

ルシオはゆっくり瞬きをして、うっすら目を開けた。

 上体を起こすと、子猫が何度も飛び跳ね、壁をつたい窓際に行こうとしていた。

子猫に寄り、抱き上げ窓際に降ろした。


 子猫は、半透明に透き通った青、まるで澄んだ空色の宝石を嵌(は)め込んだような目でルシオをじっと見て、首を傾げる。

「...君は人懐っこいのかな。」

「ミャーオ」と一言、穏やな高い声で鳴いた。

頭を撫でる。


「もう傷もないね。僕は少し体を楽にできる状態にしてあげただけなのに...回復が早いね」

昨日の傷は何事もなかったかのように消えていた。

ただ、毛並みだけが汚れでくすんでいた。

「綺麗にしないとね」と呟き、子猫に何かが触れた。

体からしゃぼん玉のような丸い水滴が次々と空気中へ舞い上がり、きらめきながら消えていった。

「本当は一瞬で綺麗にしてあげられるんだけど、びっくりさせちゃうと悪いから。」

 子猫は真っ白な毛並みに変わった。


「お腹も空いたかな」

ルシオが人差し指を出し、子猫の足元にちょこんと触れた。

そこから水がきらきらと湧き立ち始め、お皿とミルクが出てきた。


子猫は驚き遠のいていた。

「ははっ、ごめん。大丈夫だよ、飲んでも問題はない。本当は温かい物が良いのかもしれないけど、僕は温かい物を作れないから。」

子猫はお皿に近づき匂いを嗅いで、ミルクをすくう。


 ルシオは窓際に腰掛け、温かな眼差しでその光景をみていた。

「君は親と、はぐれてしまったのかな。」

子猫は一生懸命ミルクを飲んでいる。

「呼び名を決めないとね」撫でながら考えた。


窓の外を見つめ、太陽の光が照りつける。

「レイア。」

「ニャーォ」

 子猫へと顔を向けると、それは満腹したような表情で、心地よさそうに毛づくろいをしていた。


「気に入ってくれたかな...僕が、この世界でたった一人、想う子の名なんだ。」

 部屋は温かな空気に包まれていた。



 --· ·-· --- ·-- ··- ·--·



 ヴィルドゥべニール帝国

 帝城 国務院会議にて


 繊細な装飾品が飾られた大きな部屋に集まった帝国の臣下たち。


「なっ!?今何と申したか」

想定外のことに、聞き返した。


「皇帝陛下は帝立ピスティべニール校にご入学されるおつもりだ。」

「カイル陛下と同様に...」

「遠回りされるおつもりか」

「いやいや、わしは良い行動と思う。冷静に物を言うがまだ幼い」

「だがっ、」

「まぁいい。すぐテオスジュネシオンが行われ、陛下も神格者達の顔ぶれに名を連ねる。」

「火の継承者、ディナトス皇帝は気性が荒いと聞いている。杞憂(きゆう)に終わればいいが。」

「それに、先日の嵐がこの大陸にまで及ぶとは...」

「案ずるな。我が帝国は軍事においても優れている。ルシオ陛下の力が強大化すれば、恐れるに足らん。」



 部屋には、緊張感と静けさが漂っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。