第八話:一人
リオン=プレイヤードとの手合わせが終わったレヴァンは宿に戻り、遅めの朝食を食べていた。
窓の外ではエストレージャの兵が加わり瓦礫の撤去などを手伝い、復興作業が急ピッチで行われていた。
その様子を見て、レヴァンはもう大丈夫だなと最後の一口を頬張り席を立った。
部屋に戻り、身支度の最終確認を行い部屋を後にした。
宿屋の主人にお礼を言い、宿屋を出た。
村を出る前に酒場に寄った。
扉を開けると、リュネと剣士の冒険者を含めた何人かがまだ飲んでいた。
レヴァンの存在に気づいた、リュネは涙目になりながらレヴァンに駆け寄り胸に飛び込んだ。
レヴァンの目には冒険者たちが顔を赤らめてガハハハと酒を飲んでる光景が飛び込んできた。
「レヴァンさーーーん!!この人たちが全然解放してくれないんです」
「……」
確かに冒険者同士の付き合いを覚えろとリュネに言ったが、今は復興作業に皆、勤しんでる。
せいぜい話をしながら朝食くらいだろと思っていたが、まさか自分がリオンと手合わせをしている時に酒を飲んでいるとは……。
レヴァンは沸々と体の中から怒りが込み上げてきた。
その雰囲気に気づいた、何人かの冒険者は直立不動で立った。
リュネもさっと離れピシッと立った。
「あっ、爺さん。爺さんも飲むか?」
だいぶ酔っているからか、剣士の冒険者だけがレヴァンの様子に気づかず酒瓶を片手に近づき彼の肩に手を回した。
酒場にいる全員が終わったーーと心の中で合掌した。
「んーー?」
ご機嫌な表情でレヴァンの顔を覗き込む剣士の冒険者の顔は次の瞬間、一気に酔いが覚めた。
鋭い眼光で見ている老人に見える鬼がそこにはいた。
「あ、あっ、あ、ああ……」
剣士の冒険者は目の前にいる鬼に言葉が出ず大量の冷や汗をかき、体を震わせていた。
すぐに離れようとしたが鬼が肩をがっちり掴み離さなかった。
「あ、あの……その……」
笑顔で対応する剣士の冒険者に鬼も笑顔で見つめていた。
酒場の外まで剣士の冒険者の断末魔が響き渡り、それを聞いた他の冒険者たちはマスターに金を急いで払い、慌てて出て行った。
「ある意味いい性格をしているわ」
レヴァンは魂が抜け床に倒れてる剣士の冒険者を氷のような冷たい目で見下ろす。
マスターはハハハと苦笑いし、リュネはレヴァンにあわわわと怯えていた。
レヴァンはマスターに近づき、世話になった礼と別れの挨拶をした。
「旅立たれますか。こちらこそ村を救っていただきありがとうございました」
レヴァンは無言で首を横に振り、マスターに少し頭を下げ、店を出た。
リュネはレヴァンの後を追った。
レヴァンの横に並び彼の顔を横目で覗く。
レヴァンは彼女の視線に気づいてはいるが何も言わず、村の出口についた。
そこで一旦止まり、リュネに振り向いた。
「見送りならここまででいい」
レヴァンの言葉にリュネは何か言いたげに体をもじもじとする。
「言いたい事があるなら、はっきり言いなさい。私も年を取ったとは言え、あまり気が長い質ではない」
リュネは意を決してレヴァンに聞いた。
「やっぱり、私も一緒に連れて行ってくれませんか?」
そんな事だろうと薄々感じていたレヴァンはリュネを真っ直ぐに見て尋ねた。
「何故?」
たった一言。
その一言ですら威厳を感じさられるリュネ。
でも今回はやめときなさいと言われなかった。
それはつまり見定められてる。
自分のこの後の言動で目の前にいる老人に認められるかどうかがかかってる。
レヴァンは何も言わず、リュネの言葉を待っていた。
リュネからは緊張が伝わってくる。
次の一言で決まると思ってるのだろう。
だがレヴァンはどんな答えが来ようと断ろうと決めていた。
彼女は光の下を歩くべきだ。
自分のような日陰を歩く者と一緒にいるべきではない。
そう思いながら悲しげな眼差しでリュネを見ていた。
「最初は星を見ながら旅をしたいだけでした……」
まだ星も見えない青空を眺めるリュネ。
「星見についてもっと教えてもらいたいです」
「私は何も知らない」
悔しげな表情で下唇を噛み締めるリュネ。
レヴァンは何も言わず、聞き続ける。
「星送りの事も……」
「星獣の事も……」
「星見なのに……」
星見が本来はどんな職なのかろくに調べもせず。ただ星が好きなだけで星見になった自分に腹が立つと言わんばかりにリュネは拳を強く握りしめた。
「星が好きで星見になった……。いい事だと私は思うよ。その思いを否定する事はない。知らないのならこれから知ればいい」
レヴァンの言葉にリュネの表情はパッと明るくなった。
「それじゃあーー」
「だが、やはり連れてはいけない」
レヴァンの答えにリュネは落胆した。
「ちゃんと知識を身につけたいなら、私ではなく博識のある者から学ぶべきだ。私の知識は所詮上っ面だけだ」
「レヴァンさん以上に詳しい方がいるんですか?」
「いるぞ。そいつのせいと言うか、おかげと言うべきか。今私が星見について語れるのはそいつがいたからだ」
リュネは目を丸くして尋ねた。
「その人物って……まさか……」
「星天のラズエル」
レヴァンが口にした人物を聞きリュネは驚き口元に手を当てた。
「エストレージャ王国の大星教だ」
リュネは驚きすぎて言葉を失った。
レヴァンは気にせず話を続けた。
「あいつに学べば、間違いない。星に全く興味のなかった私をここまで仕立て上げたんだ。なんならーー」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい!!」
レヴァンがあまりにも普通に星天のラズエルの事を話すのでリュネは思わず話を遮った。
レヴァンは「ん?」とリュネを見た。
「星天のラズエル様って……、星見の頂点のお方じゃないですか!!」
リュネは混乱し頭を抱える。
「そ、そんなお方に学ぶなんて畏れ多い」
あのラズエルが敬われてるのは何か癪に触るーー
と、レヴァンは釈然としない気持ちを抱えつつ、
「ラズエルから学ぶのは畏れ多くて、私からはいいのか?」
リュネの発言を聞きレヴァンは彼女を刺すような目で見る。
「違いすぎますよ!!」
はっきりと言い切るリュネに少しショックを受けるレヴァン。
ラズエルの本性をこの目の前の娘に教えてやろうかと思ったが、そんな大人気ない事はやめておこうとすぐに考え直した。
それにあいつは、あいつなりに尽力してきて今の地位を築いたのだろうと思うようにした。
「だから、あいつから学んだほうが効率的だと思うのだが」
「無理です。無理無理!!」
「何故だ?好き好んで星見になろうとする者なんぞ、今の時代希少だ。喜んで受け入れてくれると思うが……」
「レヴァンさん……。今の発言、私と星見をディスったんですか?」
「ディスった……?」
レヴァンはリュネの言葉が分からず首を傾げた。
リュネは「いいです」とため息をついて話を続けた。
「物理的に無理なのは置いといて、私はラズエル様じゃなく貴方から一緒に旅をしながら学びたいんです」
リュネの発言にレヴァンは少し困惑した。
知見があるラズエルじゃなく自分に学びたいとはどういう意味だ。
「要領を得ないな。君は一体何がしたいのだ?」
リュネは少し俯いた。
最近の若者は何を考えてるのか分からんと困惑し、リュネを見ていた。
「……じゃないですか」
呟くリュネにレヴァンは耳を傾けた。
「レヴァンさん、一人じゃないですか!!」
リュネの突然の大声にレヴァンは驚くと同時に昔、ある女性に言われた事を思い出した。
『あんた、いつも一人じゃない。私が一緒にいてあげる』
忘れかけていた女性の笑顔が鮮明に蘇る。
リュネとは似ても似つかない彼女。
なのに何故か今、目の前にいる少女と彼女をどうしても重ねてしまう。
「一人は寂しいです……」
再び俯くリュネにレヴァンはどうしたらいいのか分からなかった。
二人の間にしばらく沈黙が流れた。
次の会話にレヴァンが困っていると、リュネが「ああああああああ」と突然大声を上げ、レヴァンを真っ直ぐ見据えた。
「分かりました!!もういいです。レヴァンさんに許可は取りません。勝手について行きます」
『あんたの許しなんか関係ない。勝手について行くわ』
まただ。
またリュネと彼女が重なり合う。
レヴァンは額を手で押さえ宙を見て一言、
「好きにしろ」『好きにしろ』
若かりし時の自分が彼女に言った同じセリフを目の前の少女に言い、歩き出した。
少女は目を見開き屈託のない笑顔で「はい」と言いレヴァンの隣を一緒に歩きだすのだった。
あの日の彼女と同じようにーー。
お読みいただきありがとうございました。
第九話は明日の21時頃に更新します。




