第七話:手合わせ
レヴァンの正体に気づいているリオン=プレイヤード。
今回の騒動を鎮めたのはレヴァンだと”あるお方”から聞いたというリオン。
レヴァンはその言葉に小さなため息をついた。
「星獣にトドメを刺したのは確かに私だが、この村を守る冒険者たちの協力があったから出来たことだ。私一人で止めた訳ではない。そこは勘違いしないでほしい」
リオンは無言で頷いた。
「まあ、緘口令が敷かれるから問題はないだろうが、私の事は誰にも言わないでほしい」
「目立って、旅に支障が出るのは困るんでね。まあこんな老ぼれの昔なんぞ、話した所で誰も信じやしないだろうがな」
「いいえ、そんな事は……」
リオンは否定しようとするが完全には出来なかった。
今、自分の前にいる老人がかつて世界を救った英雄だと言われ、はいそうですかとすんなり信じられるかと言えば難しい。
確かに普通の老人に比べれば感じ取れる空気が違うのは分かるのだが、英雄と思わせる程の実力があるかと言えば、そうは思えなかった。
レヴァンはそんなリオンの考えを察して話を続けた。
「リオン殿が考えてる事は間違っていない。私も随分衰えた。かつては暴れに暴れまくった男が今では、歳を取り足を引きずりながら旅をしてるんだ。気にするな」
二人の間に沈黙が流れ、これ以上話す事はないなと思いレヴァンが立ち去ろうとリオンに背を向けると意を決したかのようにリオンが再び話しかけてきた。
「レヴァン殿!!」
レヴァンが振り向くとリオンが頭を下げていた。
レヴァンはその様子に少し呆れて、小さなため息をついた。
「君は簡単に頭を下げすぎだ。騎士団長なのだからもう少し騎士団長らしい振る舞いをだなーー」
「これが私の騎士道です」
レヴァンの言葉を遮りさらに深々と頭を下げる。
リオンの振る舞いは間違ってはいない。
人としてごく普通の振る舞いだ。
だが、彼は仮にもエストレージャ王国の騎士団長だ。
その振る舞いを見て尊敬する者もいるだろうが逆に蔑視する者もいるだろう。
騎士団だって一枚岩じゃない。
色々な奴がいる。
その時、果たして彼の振る舞いを見て一体どれほどの部下がついてきてくれるだろうかーー
レヴァンは彼を見てそう思った。
「それで?こんな老ぼれに頭を下げるくらいの頼みとは何だ」
レヴァンの言葉にリオンは表情が少し明るくなるが、すぐに真剣な表情に戻った。
彼の表情に何を頼まれるのかと身構えるレヴァン。
「はい!!私と手合わせしてほしいのです」
「断る」
レヴァンは間髪を入れず断った。
「何故?」
「言っただろう。私は目立ちたくないと」
リオンはレヴァンの言葉に引っかかり彼に歩み寄った。
「”目立ちたくない”?それは私に勝って目立ってしまうという意味と捉えてよろしいでしょうか?」
レヴァンはしまったという表情を浮かべ口を押さえた。
レヴァンの振る舞いを見てリオンは少し不愉快に感じた。
「確かに、貴方は星獣を倒せるほどの実力をお持ちだ。だが私とて騎士団を束ねる長です。それなりに腕に自信はあります」
レヴァンの声が広場に響き渡る。
何事かと駆けつける兵士に、戻ってくる村人。
レヴァンは分かった分かったと慌ててリオンをなだめ、集まってくる者たちを返してくれと頼む。
リオンは深呼吸をして落ち着き、兵士には指示を、村人たちにはレヴァンと議論で少し熱くなってしまったと言い、遠ざけた。
レヴァンはまた騒がれても困ると思い、村の外れの平原でなら相手になると言い、二人で村外れの平原に向かった。
出てすぐの所では誰か見てるかもしれないと思い、レヴァンは少し離れた小高い丘を指差し、あそこでやろうと無言で視線を送り、リオンもそれに同意した。
リオンはレヴァンに肩を貸し、ゆっくりと丘を目指した。
丘に到着すると、リオンはレヴァンから少し離れ向かい合うように立ち、鞘から剣を取り出した。
レヴァンは彼の剣を見て、手入れが細部まで行き届いていると感嘆した。
所々戦闘での傷は見られるものの、大事に扱ってるのが剣を通して伝わってくる。
それに引き換え、自分の剣はどうだと錆びた剣を眺める。
手入れといえば、血を拭う程度で後は一切していない。
それどころか剣としてではなく、ほぼ杖として使用している。
だが剣はこんな姿になっても未だ折れず、本来の使い方をされていないのにも関わらず自分に寄り添ってくれている。
たまにはきちんと手入れをしてやるかと、ぼんやり錆びた剣を眺めてると……
「よろしいでしょうか?」
リオンは剣を正眼に構え、レヴァンと対峙する。
ーーお手本通りの構えだな。
レヴァンはリオンの構えに一切脅威を感じなかった。
ーー隙はないが、それだけだな。
レヴァンは錆びた剣をだらりと下げたまま立っていた。
一見、隙だらけのように見える構えについ飛び込みたくなってしまう。
魔物や、バカが相手ならレヴァンの今の姿を見たら迷わず飛び込んできていただろう。
だが、リオンは飛び込んでは来なかった。
いや、飛び込めなかった。
あの老人から感じる気配は広場で感じた時と同じで静かだった。
この場においても一切揺らぎがなく静かすぎる。故に恐ろしい。
深い海の底を覗き込んでるが如く、本能的な畏れが胸を満たしていく。
ーーこれが魔王を倒した英雄のたたずまい。
これで本当に衰えたというのか……だったら全盛期は一体……。隙がない。
リオンがレヴァンに対して攻めあぐねていると、レヴァンはふぅと小さな息を漏らした。
「そう少しずつ離れられると、足の悪い私には何も出来ないのだが、作戦なのかな?」
レヴァンの言葉でリオンは、はっとした。
リオンは無意識にレヴァンから距離を取ってしまっていた。
己は同じ場所でただ構え、どう攻めようか考えてるだけのつもりだった。
だが、実際は彼の得体の知れないプレッシャーに気圧され体が後退していた。
何もしていないのに息が上がる。
目が合ってるだけで全身が強張る。
リオンも魔王がいなくなったとはいえ、それなりの死線をくぐり抜けてきたつもりだった。
大型の魔物の討伐。
海賊、山賊たちとの戦い。
無数の魔物たちの国への侵攻。
それらを全て乗り越えてきた。
だから戦えると思った。
見下してるつもりはないが勝てると思った。
だが、どうしてもレヴァンに勝てるビジョンが浮かばない。
頭の中で何度も戦闘のイメージをする。
頭上からの振り下ろし。
首を狙う。
左右どちらかからの攻撃。
足を狙った攻撃。
どれも避けられ反撃される未来しか見えない。
剣を握ってる手に力が入る。
ズズズと前に進むが、一定の距離からは縮まらない。
進んでは下がり、進んでは下がりと変な行動をしているリオンに痺れを切らしたレヴァンは声を張り上げた。
「このままじゃ埒があかん。来ないなら帰らせてもらう」
レヴァンがリオンから視線を逸らした。
その瞬間、リオンは一気に距離を詰め、レヴァンの喉元目掛け剣を突き出した。
切っ先がレヴァンの喉元を捉えた。
と思った矢先、リオンの剣は受け流され切っ先は地面を向いていた。
完全に捉えたと思った攻撃が受け流された事も驚いたが、それより戦う意志を無くしたレヴァンに向かって己は何て事をしてしまったのだというショックの方が大きかった。
体が勝手に千載一遇のチャンスだと言わんばかりに動いてしまった。
己の行いに手が震え、思わず剣を落としてしまった。
「わ、わたしは……、何と下劣な事を……」
声が震えているリオンは頭を抱え膝をつき俯いた。
ふぅーとレヴァンはゆっくりとしゃがみ、リオンの剣を拾い彼の前に差し出した。
「ぁ……っ!!申し訳ございません。私は貴方を……」
動揺して言葉が上手く出てこないリオンはレヴァンに土下座をしようとしたが、レヴァンが両肩を押さえ阻止した。
「やめなさい。君の判断は正しい。戦いの最中に相手に隙が見えたら攻撃する。当たり前の事だ」
レヴァンは真剣な表情を向けるが少しも怒ってる様子ではなかった。
だが、己の行いに納得がいかないリオンはレヴァンの手を払い除けてでも土下座をしようとした。
「!!!」
リオンの体は全く動かない。
どれほど力を振り絞ってもびくともしなかった。
「やめろと言ってるんだ」
表情は変わらないが今度はさっきと違い、声に怒気がこもっていた。
リオンはレヴァンの声の迫力に圧倒され後ろに手をついた。
レヴァンは痛む足を庇いながらゆっくり立ち上がった。
「お前さんは真っ直ぐすぎる。勝負に卑怯もクソもない。やるかやられるかだ」
リオンは虚な目でレヴァンを見る。
レヴァンは首を横に振りため息をついた。
「自分が思い描く騎士道に反した戦い方をしたと思ってるのだろ?」
リオンは力なく頷く。
その答えにレヴァンは馬鹿馬鹿しいと吐き捨て、話を続けた。
「いいか?さっきも言ったが勝負に卑怯もクソもない。お前さんが描く綺麗な戦い方だけでは、この先必ず壁にぶつかる。今の戦い方を捨てろとは言わんが、卑怯な戦い方も覚えろ。でないと、お前さんはこれ以上伸びんだろ」
レヴァンはそれだけ言い、リオンに背を向けた。
リオンは慌てて立ち上がり尋ねた。
「卑怯な戦い方……、いいえ戦い方のバリエーションを増やせば私も貴方のように強くなれるでしょうか?」
リオンの問いにレヴァンは少し苛立った様子で振り返らず答える。
「知らん!!自分で考えろ!!」
リオンは足を引きずりながら立ち去るレヴァンの背をただ見ている事しかできなかった。
レヴァンの姿が見えなくなった後、リオンは地面に座り込み、先ほどの戦い?を振り返っていた。
どうすれば、あの老人に勝てたか……。
いや、そもそも勝とうなどと思うこと自体がおこがましかったのではないかとーー
多分、どこから仕掛けても軽くあしらわれていたに違いない。
リオンは後ろに倒れ、空を眺めて呟いた。
「世界は広いな……」
あれが落星のレヴァン。
あれが世界を救った英雄。
ひよっこの自分が太刀打ちできるわけなかったんだと思うと、自然と笑えてきた。
それと同時に新たな目標ができた気がし、胸が熱くなるリオンであった。




