第五話:弔いの宴
レヴァンは立ちあがろうとしたが足がまだ思うように動かず、その日はベッドで過ごした。
リュネは治癒師を呼んで、足を治しましょうか?と尋ねたが、レヴァンはその提案を拒否をした。
理由を尋ねたが答えてくれなかった。
あまり、しつこく聞くのも申し訳ないと思い、深く詮索はしなかった。
翌日は足がある程度痛みが引いたのでレヴァンはベッドからおりた。
もう少し安静にした方が……とリュネは心配してくれたが、この歳になったら少しでも動かさない期間が延びると、あっという間に寝たきり老人になると言い、レヴァンはリハビリがてら村を散歩することにした。
村の様子はまだ星獣の爪痕がはっきりと残っていた。
潰された家
抉られた地面
戦闘に間接的に巻き込まれ怪我をした村民
若い冒険者たちと村人たちが何とか協力し復興を目指すがまだまだといった感じだった。
夜
宿に戻ろうとしたレヴァンに後ろから「おーい」と声をかける者がいた。
レヴァンが振り返るとそこには酒場で彼に絡んだ剣士の冒険者がいた。
「何だ、若造」
レヴァンは面倒臭さそうに話す。
「少し歩けるようになったって嬢ちゃんに聞いてな。てかそんな露骨に嫌がらなくてもいいじゃねえか爺さん。一緒に戦った仲だろ?」
レヴァンは何も言わず立ち去ろうとした。
剣士の冒険者が慌てて前に回り込み止めた。
「ちょちょちょ、あんたに礼が言いたいって連中が大勢いるんだ。酒場に来てくれないか?」
「そういうのはいらん。面倒なんでな」
「上等な酒を用意してるってよ」
「…………」
酒場
「おい、てめえら!!この村を救った英雄の登場だ」
ーーふううううううううううううう
酒場中が冒険者たちの歓声で盛り上がる中、レヴァンは自分には関係ないと言わんばかりに、背を向けカウンターに一人で座り、酒を飲んでいた。
「おいおい爺さん。主役がそんな所で一人で飲んでたらダメでしょ?こっちに来なよ」
だる絡みする剣士の冒険者。
レヴァンは一睨みで剣士の冒険者を後退りさせた。
「やっぱ怖えぇ」
こいつらは自分をだしに使ってただ酒を飲みたいだけなのでは?と呆れるレヴァン。
空になったグラスを見て、マスターがすぐさま次の酒を出してくれた。
「すまないな」
「いいえ。俺が出来るのはこれくらいですから」
マスターがグラスを拭いているとレヴァンが話しかけた。
「彼らはここによく?」
盛り上がってる冒険者たちを横目で見る。
「えぇ、ここら周辺の魔物を退治してくれたり、村の手伝いをしてくれてるんで、助かってます」
どうやら彼らはここを拠点にし、依頼をこなしているみたいだ。
マスターは彼らの事を色々話してくれた。
そして、レヴァンが初日の夜に訪れた際の彼らの無礼を詫びた。
「お前さんが謝る事じゃない」
レヴァンはそう言い、グラスの中の酒を冒険者たちの馬鹿騒ぎをBGM代わりにしっとりと飲んでいた。
そこに酔っ払った剣士の冒険者がレヴァンの横にどかっと座った。
「爺さん。飲んでるか?そうそう、あの化け物を退治してくれて、マジでサンキュウな。爺さんがいなけりゃ、今頃この村は瓦礫の山だったよ。にしても爺さん強ぇなあ。あんな化け物を一撃で……」
デルガはご機嫌な調子でレヴァンの背中を叩き、饒舌に喋り続ける。
マスターは剣士の冒険者の失礼な態度に止めに入ろうとするが、レヴァンが手を前に出し止めた。
レヴァンからただならぬ気配を感じたマスターは「お手柔らかに」と小声で言い、その場を離れた。
「でよぉ、結局あの化け物を倒した技は何だったんだ?」
剣士の冒険者が赤ら顔でレヴァンの顔を覗き込むと、そこには鬼がいた。
剣士の冒険者の顔は一気に青ざめ、酔いが一瞬で覚めた。
「若造。お前さんには年上に対する接し方を、懇切丁寧に教えてやらんといけないようだな」
剣士の冒険者は体がガクガク震え、大量の冷や汗を流した。
「いいえ、俺は、その……向こうで……」
逃げようとする剣士の冒険者の肩をグッと掴み逃さない。
体はびくともせず、無理に抗おうとすれば肩が粉砕されかねない程の握力に剣士の冒険者は逃げるのを諦めた。
枯れ枝のような腕のどこにこんな力があるのかと戦慄もした。
「それにな、お前さん。初日の夜に私にした事、忘れておらんからな……」
「す、すす、すいませんでしたああぁあぁああ」
酒場には剣士の冒険者の断末魔が響き渡った。
剣士の冒険者への説教が終わった後、扉が開きリュネが入ってきた。
リュネはレヴァンを見つけると脇目も振らず彼の横に座った。
「大丈夫ですか?」
リュネは心配そうにレヴァンの顔を覗き込んだ。
吐息が聞こえるほどの距離で覗き込んでくるリュネにレヴァンは咄嗟に顔を逸らした。
ん?と首を傾げる彼女にマスターが近づいてきて注文を聞くと、元気にミルク!!と言った。
酒場でミルクって……とレヴァンはリュネを見るが、彼女はどう見ても未成年だった事もあり納得した。
「あーあ。私も早くお酒飲みたいです。あと二年も待たないといけないなんて……」
レヴァンはリュネの発言にむせた。
「お前さん、十六歳だったのか?」
きょとんとした顔をしたリュネは、「はい」と返事をした。
レヴァンは彼女をまじまじと見る。
十六歳と言われれば確かに見えなくもないが、彼女はかなり小柄なうえに童顔だった。
冒険者をしてるくらいだから少なくとも十二歳よりは上だとは思ってた。
だが十六歳とは……。とレヴァンが考えていると……。
「レヴァンさん?何か失礼な事を考えてますね?」
リュネの顔は笑顔だが、声に怒気が含まれていた。
「別にいいです。こんななりなんで、行くとこ行くとこ勘違いされますし」
リュネはプリプリ怒りながら出されたミルクを一気に飲み干した。
「すまない、すまない。お詫びに好きな料理を頼むといい」
レヴァンがそう言うとリュネの目が輝いた。
「本当ですか?」
「ああ、この若造が出してくれる」
レヴァンはリュネとは反対側の横で魂が抜けてる剣士の冒険者を親指で指差した。
リュネは「え?」と驚くが「いい、いい」という顔をするレヴァンにそれじゃあと料理を注文した。
料理が運ばれ、リュネががっついて食べてると、彼女がまた屈託のない笑顔で話しかけてきた。
「意外でした」
レヴァンは「ん?」とリュネを見た。
「レヴァンさんってもっととっつきにくい人かと思ってました」
レヴァンは彼女の言葉を否定しなかった。
レヴァンは一人で旅をしてる。
人との関わりも必要最低限だし、そもそもこんなジジイに好き好んで話しかけてくる者もほぼいない。
村や街にも長くても三日しか滞在しない。
いつもしかめっつらをしてるのだから、そう思われても仕方がない。
「冗談っぽい事も言えるんですね」
リュネはまだ立ち直れていない剣士の冒険者を見て言う。
レヴァンは辺りを見渡しながらフッと笑う。
「ここまでの馬鹿騒ぎを見るのも久しぶりなんでな。つい昔の感覚に戻った」
酒場の中は冒険者たちが料理や酒に舌鼓を打ちながら、楽しそうに過ごしている。
そんな場で一人、関係ないと殻に閉じこもるほど無粋ではない。
レヴァンの目はあの日星獣が星送りされるのを優しく見守っていた時と同じ目をしていた。
「それにこれは弔いでもあるんだ」
「弔い?」
「星獣によって死んだ者もいる」
リュネは「あっ……」と少し悲しげな表情になる。
よく見るとみんな笑ってはいるが、中には涙を浮かべながら笑ってる者もいた。
場の雰囲気を壊しちゃいけないと思い、酒場の外に出る者もちらほらいた。
「そんな顔をしなさんな。冒険者なんだ。ここにいる全員、それなりに覚悟はしている」
「レヴァンさんもですか?」
「私か?私はまだ死ぬ気はないよ。”もう”冒険者でもないしな」
レヴァンは残りの酒をグッと飲む。
「死ぬわけにはいかない。あの星をもう一度見るまでは……」
レヴァンは独り言のように俯いて呟く。
「私、皆さんのような覚悟は持ってませんでした」
「持つ必要はない」
「いつ死んでもいい覚悟なんて、立派なものじゃない」
「本当に大事なのは、明日も生きたいと思うことだ」
「帰りたい場所があって、会いたい人がいて、失いたくないものがある」
「そういうものを抱えたまま、それでも前に進む方がずっと難しい」
「だからお前さんは、そのままでいい」
「死ぬ覚悟じゃなく、生きる理由を手放すな」
あるいはレヴァン自身の後悔をにじませるなら、
「私は昔、いつ死んでもいいと思っていた」
「命なんて惜しくないと思っていた」
「だがな、本当に失ってから気付く」
「死ぬ覚悟より、生きて帰る覚悟の方がずっと重い」
「だから、みっともなくても生きるんだ」
「それだけで十分だ」
リュネは真剣な表情でレヴァンの話を聞き、周りの冒険者も耳を傾けていた。
いつの間にか酒場は水を打ったかのように静まり返っていた。
中にはもう我慢ができず店の中で顔を手で押さえながら涙する者もいた。
「しんみりするな。お前さんらは今は何も考えず馬鹿みたいに勢いだけで騒げばいい」
「それは若者の特権だ。私みたいな老ぼれはしたくてもできんのだからな」
周りの冒険者は口々に馬鹿って……や、ひでぇ言い草だなとか、違いねぇやなど涙を引っ込め笑いながら言った。
「それでも老ぼれみたいにしんみりしたいと言うなら、一人になった時にやればいい」
その言葉に冒険者たちは各々グラスを持ち、大きく上に掲げた。
「お前ら!!今日はあいつらの分まで笑って飲み明かすぞ!!」
うぉぉおおおおおおおおお!!!!!
その光景にリュネは感動し涙を浮かべ、レヴァンは軽くグラスを上げるのであった。




