第四話:星送り
村を襲った星獣は全員の連携で討伐することに見事成功した。
若い冒険者たちは倒れた星獣を見て歓喜した。
「やったぞおおおお!!」
「化け物を倒したぞ!!」
「ザマアみやがれってんだ」
「人間の底力を舐めるなよ」
それぞれが勝利を喜び分かち合ってる中、レヴァンだけは悲哀の表情を星獣に向けていた。
そんな表情を浮かべてるとはつゆ知らず剣士の冒険者が嬉しそうに駆け寄ってきた。
「すげえな。爺さん。あの化け物を倒した技、どうやったんだ?」
レヴァンがデルガに振り返り一言だけ呟いた。
「見ただけだ」
「は?」
レヴァンはそれ以上何も言わず、星獣の元に最後の力を振り絞り歩んでいく。
だが、力を使い切ったレヴァンの足取りは重く、なかなか前に進めなかった。
すると急に体が軽くなるのを感じた。
横を見てみると、リュネが肩を貸してくれていた。
「あの魔物の側に行きたいんですよね?」
リュネはニコリと笑う。
「魔物じゃない星獣だ」
レヴァンの言葉にリュネは目を見開いた。
この老人の中では魔物と星獣は別物なんだとリュネは思った。
リュネは「ごめんなさい」とだけ言い、レヴァンを星獣の顔の前まで一緒に歩いた。
星獣の顔の前に辿り着いたレヴァンは膝をつき星獣の顔に手をつき目を閉じた。
その様子をリュネは見守っていた。
「…………」
レヴァンが蚊の鳴くような声で何かを呟いてたが、リュネはそれは何かとあえて聞かずただ星獣を見ていた。
「痛い思いをさせてすまなかった。安らかに眠ってくれ」
レヴァンがそう言うと、星獣の体が光の粒になって霧散し、空に舞い上がっていく。
リュネはその光を見てまるで星のようだと感じた。
最後の光が空に上がっていく時……
『ありがとう』
と、子供の声が聞こえた気がした。
「え?」
リュネは驚き周囲を見渡した。
だが、周囲に子供なんていない。
「レヴァンさん……あの今の声……」
リュネは確かめずにはいられなくレヴァンに話しかけた。
レヴァンの表情は穏やかで、光が空高く上がり、消えていく様子をいつまでも見守り続けていた。
見届けた後、レヴァンの意識はそこで途切れた。
次にレヴァンが目を覚ますと、ベッドの中にいた。
外は満天の星が輝く夜になっていた。
大きく息を吐く、レヴァン。
ふと横を見ると、椅子に腰掛け、自分のベッドに突っ伏して眠るリュネがいた。
無防備に寝るその姿を見てレヴァンはやれやれといった感じにふわりとしている銀色の髪をそっと撫でた。
「ふぁ……」
何とも間抜けな声を上げリュネは寝ぼけ眼でレヴァンを見た。
「レヴァンさん!!」
レヴァンが起きた事に驚いたリュネは一気に覚醒した。
そして、目に涙を溜めながらレヴァンの手を握った。
「目が覚めて良かったです。本当に良かった……」
彼女の言動から察するに自分は何日か眠り続けていたのだろうと容易に想像できた。
「私はどれくらい眠っていたのだろうか?」
「二日間です」
二日か……思ったより眠ったなとレヴァンは思った。
「レヴァンさん、眠ってる間、すごい汗をかきながらずっとうなされてて、謝ってました」
「すまない”セレナ”って……」
リュネの言葉にレヴァンは目をカッと見開いた。
「ごめんなさい。盗み聞きするつもりはなかったんですけど、突然倒れたレヴァんさんが心配で……」
リュネは申し訳なさそうに頭を垂れた。
「いや、気にしないでいい。それより君が私をここに運んでくれたのかな?」
「はい。でも私一人じゃなくて、冒険者の方と一緒に……」
「そうか……。世話になったね」
レヴァンはリュネに頭を下げた。
「そんな、頭を上げてください。レヴァンさんがいなかったら今頃私、”星に帰ってた”と思います」
”星に帰ってた”。つまり死んでいたという事。
死ぬ事を星に帰ると言う、独特な言い回しにレヴァンは聞き覚えがあった。
「君は”星見”か?」
リュネは目を見開いて驚いた。
「はい。……って言っても正確には星見見習いですけど」
リュネは苦笑いしながら自分の頭を掻いた。
「また変わった職についたな」
レヴァンは純粋にそう思い、言った。
星見は普通の冒険者が就くような職業ではない。
みな生き残るために魔術適正のある者は魔術師や僧侶に、力に覚えのあるものは剣士や武闘家になる。
星見も必要といえば必要な職ではあるが好き好んでなるような職ではない。
その主な役割は方角を知る。
空気の振動や匂いを敏感に感じ取り天候を予測する。
魔物に遭遇した場合には危険をいち早く察知し動いたり指示したりする。
あとは読んで字の如く星を見る。
言ってしまえばサポート的な役割だ。
それは星見に就いた者が誰よりも理解しているので、彼らは大概誰かと共に行動するものなのだが、その実態はただの雑用だ。
星見は他の冒険者からは下に見られ戦闘面以外の事は全て押し付けられる。
だが、彼女の状況は初めて会った夜と今の状況から見て、一人で旅をしているとレヴァンは推測した。
(一部例外もいるがな……)
レヴァンはある男の姿が脳裏をよぎったが、すぐ頭の中から抹消した。
「というか星見で星獣に立ち向かおうとしていたのか、無謀というか無知というか……」
リュネは少しムッとした表情になった。
「わ、わたしだって冒険者の端くれです。村人を守るのは当然だと思いますが」
「そうだな。すまなかった」
レヴァンは謝罪し、窓から見える星を眺めた。
リュネは外の星を見ているレヴァンに尋ねた。
「あの、星獣って何なのですか?レヴァンさんは知ってるご様子でしたが」
レヴァンはリュネをしばらく見て何かを考えていた。
ふう、と一息するとその重い口を開いた。
「星獣とは、星送りに失敗した魂……」
「この世界に強い未練を抱えた魂の成れの果てだ。星送りに関しては分かるな?」
リュネはコクリと頷いた。
「人が死ぬ時にごく稀に起こる現象ですよね?死者は星となり空に還る」
レヴァンが頷くと話を続ける。
「でも誰でも見えるわけじゃないって……。見えるのは大切な人を失った者ーー」
「深い喪失を抱えた者。この世界では悲しみを知る者だけが見られる星だって聞きましたが合ってますか?」
「まあ、認識はそれでいい。私が星獣と魔物を区別したわけは理解してくれたかな?」
リュネは「はい」と答えた。
「それじゃあ星獣って……」
「あぁ、元は人間だったものだ」
「そんな……」
思わず声が漏れる。
二日前の光景を思い出した。
あれが人だった。
そう考えるだけで胸が苦しくなる。
「本来なら空へ昇るはずの誰かだった……」
リュネは黙り込む。
星獣を目の前にした時は恐怖しか感じていなかった。
だが今は違う。
胸に残るのは悲しみだった。
「倒してよかったんですか……?」
レヴァンは少しだけ目を細めた。
「倒したんじゃない」
「え?」
「解放した」
リュネは顔を上げる。
レヴァンは外の星を眺める。
「星獣は苦しんでいる」
その声はどこか遠かった。
「未練に縛られ、還ることも消えることもできずにな」
「……」
「だから終わらせる」
静かな声だった。
だが重かった。
長い年月を感じさせる声だった。
「それが私が出来る精一杯の弔いだ」
リュネはふと思い出した。
星獣が消えた後。
あの光。
空へ昇っていった無数の粒。
「あれって……」
「魂だ」
レヴァンが答える。
「ようやく帰れたんだろう」
「それにあれがどんな人間でも唯一見れる”星送り”だ」
しばらく沈黙が続く。
やがてリュネが小さく呟いた。
「そんなの……誰も教えてくれませんでした」
「だろうな」
「星見なのに」
レヴァンは少しだけ笑った。
本当に少しだけ。
「今の星見は道案内だからな」
「むぅ……」
リュネは不満そうな顔をする。
レヴァンは星空に視線を戻した。
そして静かに言った。
「だが本来、星見はただの道案内とは違う」
リュネが顔を上げる。
「本来の星見はーー」
レヴァンは夜空を見た。
無数の星が広がっている。
「迷った魂を空へ導く者だ」
その言葉に、リュネは息を呑んだ。
まるで遠い昔の物語を聞いたような気がした。
「そもそも星獣はお前さん方、星見の領分だ。私は違う。私は無理矢理、空に還したに過ぎん。そこにはどうしても痛みや苦しみを伴う。死んでなお痛みや苦しみを伴うなど、あってはならんと言うのに」
「それなのに本来の役目も忘れて、ただの道案内に成り下がりおって」
説教臭くぶつぶつと言うレヴァン。
「そんな事言われても私、星見見習いだし、そんな事知らなかったし……」
言い訳をするリュネをキッと睨むレヴァン。
リュネはしゅんとしながらレヴァンに尋ねる。
「……私に、本来の星見としての役割を果たす事はできるんでしょうか」
不安そうな声。
レヴァンは少し考える。
それから静かに答えた。
「知らん」
「えぇ!?」
「だが」
レヴァンは星空を見上げたまま言う。
「知ろうとする者にはできるかもしれん」
リュネはしばらく黙る。
やがて同じように窓の外の夜空を見上げた。
無数の星が輝いていた。
その中に、まだ帰れない星もあるのだろうか。
そう考えた時。
初めて彼女は星見という言葉の重さを知った。




