第三話:星獣
レヴァンと若い冒険者たちは巨大な魔物と対峙していた。
昨夜、酒場で絡んできた剣士の冒険者がレヴァンの横に並んだ。
レヴァンは横目で彼を見た。
「私にビビってた若者か……」
「う、うるせえ!!今はあんたよりあいつの方が怖いんでね」
剣士の冒険者は魔物から目を離さない。
魔物はグルルルルと喉を鳴らしながらレヴァンたちを見るが、警戒してるのか襲ってこない。
「何なんだあの魔物。あんなやつ見たことねぇ」
「星獣だ」
「星獣?」
デルガは首を傾げる。
「今の若者は知らなくて当然だ。星獣なんぞ数十年に一度現れるか現れないかその程度だ」
「それに国家機密だ。奴を見た者や村、街に箝口令が敷かれる」
「何で?」
レヴァンはため息をつく。
「今の若者はすぐに答えを求めたがる……。少しは自分で考えろ」
「なっ……!!」
デルガが完全にレヴァンに体を向けた。
「おしゃべりはここまでだ」
星獣が一歩踏み出した。
「さっき言った通りに動け」
レヴァンは一蹴りで星獣との距離を一気に詰めた。
冒険者たちは感嘆の息を漏らす。
「マジであの爺さん何者だ?」
「さっさと動かんか馬鹿者ども!!」
怒鳴られた冒険者たちは各自が動きやすい場所に散会する。
まずは魔術師が炎の魔術で星獣の顔を狙う。
炎の魔術は星獣の顔に当たり、煙が上がり視界を遮った。
レヴァンは外殻の薄い後ろの右足に狙いを定め錆びた剣を突き刺すが、浅い。
星獣もレヴァンの先程の一撃を警戒しているようだ。
レヴァンに続いて冒険者たちも星獣の後ろ右足を狙う。
「馬鹿者どもが」
星獣は冒険者たちを巨大な尻尾で薙ぎ払う。
冒険者たちはレヴァンの足元に転がってきた。
レヴァンは足元にいる冒険者たちを睨みつけた。
「お前さんら、何をしてる?」
「な、なにって爺さんに言われた通り、足を……」
レヴァンは怒りを通り越して呆れ返っていた。
「誰が、直接狙えっと言った?相手の動きを見て、隙をつくのがセオリーだろうが」
「星獣に限らず魔物との戦いは、相手を観察する。観察をすれば、相手の次の行動がある程度予測できる。予測出来れば……」
レヴァンはコンコンと冒険者たちに説明する。
「うるせえ!!今この状況で説教してる場合かよ」
剣士の冒険者がレヴァンに食ってかかる。
「私だってこんな冒険者としての初歩の初歩を教えねばならんとは思ってなかったよ」
「何だと……っ!!」
星獣が尻尾を振り下ろしてきた。
冒険者たちは大袈裟に避ける。
が、レヴァンは半歩だけ左に動き、振り下ろされた尻尾に向かって錆びた剣を振り下ろした。
ーーカン。
レヴァンの攻撃は弾き返された。
だがこうなる事は予想できた。
レヴァンは少し星獣と距離を取る。
「ふぅー」
レヴァンは大きく息を吐く。
彼の体からは汗が流れていた。
たった数度の攻撃で彼は疲労困憊に陥っていた。
引きずっていない方の足をさする。
普通に歩くことさえままならない彼は、リュネを救うために一度。
外殻に傷を与えるために二度、足を酷使した。
使えるとしたら、後一度。
使えばしばらく動けないだろう。
だが、レヴァンの頭の中では確実に、後一度はこの足を使わねばならないと考えてる。
そのためにはこのポンコツ冒険者たちに星獣をどうしても足止めをしてもらう必要がある。
それが唯一この村が助かる条件だ。
「いいかお前さん方。生き残りたければ考えろ。闇雲に戦うな。自分が今できる最善を尽くせ」
冒険者たちはレヴァンの言葉に身を引き締めた。
「わかったよ!!」
剣士の冒険者は弱点がある星獣の右に回り込んだ。
他の冒険者たちも続き、反対に回る者、星獣の後ろに回り込む者とそれぞれに動き出す。
レヴァンはそれでいいと言わんばかりに星獣へとゆっくり歩んでいく。
星獣はレヴァンだけを注視し、他の者たちには見向きもしない。
「俺たちは眼中にないってか……」
魔術師が星獣の頭上に雲を作り出す。
雲からはポツポツと水が滴り落ち、やがて雨が降り出す。
星獣は全く意に介さずレヴァンを見続ける。
「おらあああああ!!」
冒険者は剣を星獣の外殻の薄い所に斬り込む。
斬った……が、星獣は何の反応もしない。
冒険者の攻撃は全く通じていない。
「ならこれはどうだ」
袖のない胴着を着ている武闘家の冒険者は金属製の手甲をはめ外殻の薄い所に目がけ渾身の一撃を打ち込む。
それでも星獣は微動だにしない。
「離れろ!!」
魔術師の声と同時に冒険者たちは星獣から離れた。
「そんだけ濡れてたら、ちっとは効くだろ」
魔術師は雨雲の中に雷の魔術を放った。
「落ちろ」
雷の魔術が星獣目掛けて放たれる。
ーーガアアァァアアア
星獣の咆哮が辺りに響き渡る。
星獣に明確なダメージが入る。
だが、そのダメージは微々たるもの。
星獣を仕留めるには至らない。
そんな事は冒険者たちも理解してる。
それでも、冒険者たちはその様子を見て、喜んだ。
レヴァンは星獣の出方を真正面から伺う。
ただの魔物なら、やられたらやり返すという単純な行動に出る。
だが、星獣はただの魔物とは違う。
ある程度の予測は出来るものの、どうしても決め手に欠ける。
これがただの魔物なら軌道修正すれば済む話だが、星獣相手では一つのミスが命取りになりかねない。
老体のレヴァンではどうしても慎重にならざるを得ない。
もしもう少し若ければ……と少し考えるが、すぐに無意味だと悟る。
星獣の獰猛な瞳はレヴァンから片時も外れない。
やはり……と、レヴァンは星獣を見据える。
星獣はレヴァン”だけ”を敵として認識している。
あとの連中がどんな攻撃をしてこようが造作もないと星獣は思っている。
だが、レヴァンの攻撃は危険だと本能的に察している。
さっきから膠着状態が続いてるのもレヴァンの考えと同じで、一つのミスが命取りだと感じてるからだろう。
それは冒険者たちも薄々感じてるようだった。
自分たちでは敵わない。
あの老人の言う通り、今出来る最善を自分たちは尽くしている。
ダメージも多少入れたはずなのに……。
今も攻撃をし続けてるのに……。
星獣はあの老人しか見ず、こちらに見向きもしなかった。
悔しい
情けない
頭にくる
冒険者たちの心の中にそんな感情が渦巻き始める。
何もできない自分に。
あんな老人を頼りにしてる自分に。
見向きもしてくれない星獣に。
冒険者たちはいつの間にか攻撃の手を止め、星獣をレヴァンと同じように見据える。
その様子にレヴァンはフッと笑い、錆びた剣を”両手”で持ち、構えた。
「お前さんら。私は今から隙だらけになる。十秒だけでいい。星獣を足止めしていてくれんか」
レヴァンの頼みに冒険者たちは、おおおおおお!!と応えた。
その呼応を聞いた後レヴァンは静かに息を吐いた。
錆びた剣を見下ろす。
長い年月を共にした剣。
刃は欠け、赤錆に覆われている。
英雄の剣には見えない。
ただの古びた鉄屑だった。
それでも。
レヴァンは左手を添えた。
そして、今一度両手で柄を握る。
その瞬間。
老人の背筋がわずかに伸びた。
まるで遠い昔、戦場を駆けていた頃の姿が、一瞬だけ重なったようだった。
呼吸が止まる。
風が止まる。
レヴァンの視界から、余計なものが消えていく。
音
匂い
恐怖
痛み
全てが遠ざかる。
残ったのは、ただ一つ。
辿り着くべき場所だけだった。
レヴァンからただならぬ気配を感じた星獣は、”敵”に向かってその巨体を動かそうとしていた。
だがその行手を妨げる者たちが目の前に現れる。
星獣は気にせずやり過ごすつもりでいた。
一歩前に踏み出した瞬間、足元の地面が緩くなり、体勢を崩す。
一秒……二秒……
瞬時に星獣は飛び出す。
その巨体に似合わぬ跳躍力。
着地の際に地響きが起こる。
三秒……
何人かの冒険者たちは体勢を崩す。
レヴァンは足に根が生えてるんじゃないかと思わせるくらい微動だにしてなかった。
四秒……
星獣は足に力を込め一瞬でレヴァンとの距離を詰め、仕留めるつもりだった。
五秒……
「させるかあぁああ!!」
再び、地面を緩くし体勢を崩そうと魔術師が地面に向かって杖を振る。
が、今度は避けられ星獣の動きを止めるのに失敗した。
六秒……
星獣は自分の周りをちょこまかとしている冒険者たちを先に始末しようとレヴァンからターゲットを変更した。
七秒……
巨体を回転させ、周りにいる冒険者たちを尻尾で薙ぎ払った。
八秒……
「うわあああああ」
冒険者たちが宙に放り出され、倒れていく。
星獣は倒れゆく冒険者たちには目もくれず、レヴァンに向かって駆け出しその凶爪を勢いのまま振り下ろす。
レヴァンもここまでかと一瞬頭をよぎった。
九秒……
倒れてる冒険者たちは十秒足止めできなかったと落胆し俯いた。
「まだだ!!」
剣士の冒険者が右後ろ脚の外殻が薄い所に剣を目一杯突き刺した。
九・五秒……
星獣は刹那怯むがもう勢いは止まらない。
このまま振り下ろして終わりだと確信した。
その時、星獣の耳に老人の声が入ってきた。
十秒……
「よくやった」
レヴァンが踏み込む。
たった一歩。
剣が振られる。
それだけだった。
誰も見えなかった。
老人が動いたように見えた。
ただそれだけ。
風が吹いた気がした。
瞬きほどの時間。
次の瞬間には、レヴァンはもう星獣の背後に立っていた。
星獣は動かない。
咆哮もしない。
ただそこにいるだけ。
静寂。
誰も息をしない。
数秒後。
外殻へ一本の線が走った。
続いて。
黒い血が溢れ出す。
巨体がゆっくり傾く。
まるで倒れることすら、今思い出したみたいに。
レヴァンは剣を下ろす。
そのまま膝が揺れた。
足の古傷が悲鳴を上げる。
肺が焼けるように痛む。
視界が僅かに霞む。
若い頃なら、何度でも振れた。
今は違う。
たった一度。
それだけで十分だった。
レヴァンは錆びた剣を地面へ突き立て、静かに体重を預けた。
空を見上げる。
レヴァンの目には朝空の中に、太陽と一緒に星が輝いて見えていた。




