#03. たとえ人類の敵になろうとも
黒髪の少女──音無凛香の体は小柄だが、走り出しの瞬発力は生前の俺より遥かに優れていた。
これがレベルアップによる身体能力の成長か。
死の騎士は、やはり鎧が重いのか足音は鈍重。
引き離すのは簡単だった。
……しかし。
「立ち位置が悪すぎる……! あいつを誘導しないとダンジョンから出られないぞ」
俺が走っている先は、ダンジョンの奥。逆方向なのだ。
ダンジョンから出るには奴の背後へ回る必要があるのだが、奴の2メートルを超える巨体は単純に道を塞いでしまう。
となれば、どこか広い場所に誘導して撒くしかない。
「まずは距離を離し──離れてください──え?」
今、気のせいじゃなければ勝手に口が動いた。
まさかと思った瞬間、俺は体が急に軽くなる。
気付けば体の外に投げ出されていた。
『なっ! 憑依が解けたのか!?』
目の前には、白い魔女帽子を深く被り直した凛香。
そのツバから覗くように、鋭くて冷たい目が俺を睨む。
『……あれ、もしかして俺のこと見えてる?』
確かに目が合っている。
凛香の淡い青色の瞳の中には、メガネを掛けたムキムキのナイスガイが……いや居ない。
代わりに、なにか白くてふわふわ浮いているモノがある。
『ま、待て、待ってくれ。確認したい。状況を』
おそるおそる、自分の体を見る。
当然のように足がない。白いシーツがヒラヒラと揺れている。
この姿って……あれじゃないか?
いわゆる、シーツおばけになってないか?
子どもが描くような、デフォルメされたおばけだ。
「あなた、何者ですか。私の体に入り込んでいましたね」
凛香は声にも敵意を滲ませていた。
この姿が見えているなら、俺のことをアンデッドモンスターと勘違いしてもおかしくない。
『決して怪しい者じゃない! 俺は荒砥勇利! さっき死んだんだが、いつの間にかこんな感じになってたんだ!』
「アラト……まさか、あの探索者だと?」
『そう! あれは俺だ! 信じてくれたか!?』
「いえ信じられません。後ろから探索者証を盗み見たのかもしれませんし、そもそも死んだ人間は喋りません。あと、そんな可愛くデフォルメされたおばけにはなりません」
『その通りなんだけどさぁ!』
ダメだ。いくら弁明しても信頼できる要素がひとつもない。俺でも怪しむ。
どうやって証明すれば……いや、そうだ。
『ステータス! ステータスを見れば信じてくれるか!』
「……確かに、ステータスは細工できませんし……わかりました。見せてください」
『よ、よし』
右手で横に線を引く。
指らしいものはなかったが、手に追従してアイコンが表示された。
それに安堵しながら、続けてステータスのアイコンをタッチする。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【名 前】荒砥勇利(幽霊)
【レベル】1
【生命力】-
【精神力】20
【持久力】-
【筋 力】1
【知 力】10
【技 量】15
【敏 捷】6
【スキル】〈憑依〉
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
レベルが上がっていた。
レベルアップのタイミングは人によって違うらしいが、憑依した時、胸の奥から湧き上がってきたあの熱……あれはレベルアップの感覚だったのか。
「……種族は幽霊になっていますが、確かに荒砥さんですね。一体どうなってるんですか? 人がモンスターになってしまうなんて、聞いたことありません」
『いや、俺にもさっぱり……』
アンデッドモンスターになってしまった理由があるとすれば、俺を殺したモンスター。死の騎士が原因だろう。
他の探索者が巻き込まれる前に奴を討伐しないと。
だが、あんなのどうやって倒せば──。
「──荒砥さん、下がって。ゴブリンです」
『わ、悪い。考え事をしてた!』
振り返るとそこには、凛香よりも小柄な体のモンスター。
ゴブリン──悪魔のような顔つきをしていて、痩せているが筋肉質。手には石の棍棒を持っている。
第一層から現れる定番のモンスターだが、危険性は高い。
「グギャギャ」
「グギャッ!」
『ゴブリンを一匹見つけたら、周囲に複数居ると思え。だったか』
一匹が姿を現したのを皮切りに、ぞろぞろと暗闇から現れる。
一匹では弱いが、複数集まれば強敵。
だから袋叩きになる前に倒すのが定石だ。
ちょうどいい、憑依を試してみよう。
『あのゴブリンにするか……!』
仲間が居るからか油断しているゴブリンに飛びかかり、スキル〈憑依〉発動。
目を開ければ、凛香の時より低い視点。
鋭い爪、手に馴染む石の棍棒。
「憑依成功……! やっぱり、俺にもスキルが発現したんだ!」
「驚いた……モンスターに憑依してしまうなんて」
アンデッドになってモンスターに憑依し操る。
とてもヒーローとは思えない力だが、人類の敵になるつもりはない。
「よし、ここは俺に任せてくれ!」
「いえ、下がってください。一掃します」
「へ──?」
淡々と、凛香は左手を突き出した。
華奢な腕からバリッと稲妻が迸る。
光は暗闇を切り裂きながらゴブリンらに命中。
落雷にも似た轟音が洞窟内に響き、感電したゴブリンは一斉に倒れ。
瞬く間に、塵となって消えた。凄まじい威力だ。
後に残ったのはドロップした魔石だけで──。
いや、凛香の背後。
ゴブリンが一匹、暗闇に隠れている。
そのゴブリンが石の棍棒を振り上げた瞬間。
「危ねぇッ!」
俺はゴブリンの体を疾駆させ、相手の棍棒を受け止めた。
小さいくせに筋力がある。俺も相手も同じゴブリン。条件は同じだが、モンスターにはないものを俺は持っている。
「根ッ性ォーーッ!!」
たとえ、人類の敵になろうとも。
誰かを助けるヒーローに俺はなる。
その気合いだけは誰にも負けない。
相手の棍棒を打ち返すと、脳天目掛けて棍棒を振り下ろす。
「グギャァッ!?」
──ゴスンッ、と鈍い音が響く。
瞬間、ゴブリンは断末魔を上げ、やがて塵となり消えていった。
「た、助かりました……あなた、意外と動けるんですね」
「受付嬢さんのお墨付きだぜ」
棍棒を軽々振り回してみせると、凛香は静かに頷いた。
「……これなら、逃げ切れるかもしれませんね。ひとまず第二層へ逃げ込みましょう。あそこは鬱蒼とした森になってますから、死の騎士を撒けるかもしれません」
「同意見だ。また動けなくなったら俺が取り憑いて逃げるよ」
「……待ちなさい。行動を共にするのは構いません。ですが条件があります」
凛香は指を立てる。
「一つ、私に憑依しない。気持ちわる──いえ、自分の身を優先ください。二つ目は、私の帽子に触れない。この条件を守ってください。いいですね」
どうしよう、女の子から気持ち悪いと言われてHPが一気にレッドゾーンへ突入した気がする。
まぁ成人男性が自分の中に入るなんて、気味が悪いよな。
帽子は、大切なものなのだろうか。これ以上嫌われるとこの霊体でも死にそうだし、触らないようにしよう。
「あ、それと気安く凛香と呼ばないでください。私はあなたより歳上ですので」
「と、歳上!? いや、そう言えばそうか……20歳以上でなきゃ探索者にはなれないもんな……」
ゴブリンの痩せこけた腕を組み、なるほどと頷く。
であれば、凛香さんと呼ぶべきか。
「わかったぜ、凛香さん」
「……まぁいいでしょう。行きますよ──」
彼女が身を翻した、その瞬間。
────ガシャン。
背後で、聞き覚えのある足音が反響した。
「……来た!」
振り返らなくてもわかる。
蒼炎頭の黒騎士──奴はすぐそこに居る。
この第一層に、もう逃げ場はないのだ。




