#04. 名を呼ぶ騎士
「荒砥さん、不思議だとは思いませんか?」
そう言葉を投げられるが、俺は追いつくことに必死だった。
白いマントを靡かせながら走るその魔女は、見るからに軽やかで素早い。
よく見ると、足元──コンバットブーツの裏側が淡い光を放っている。
あれは……魔法陣か?
凛香が持つ魔法陣は全部で5つ。
両手、両足……あとはマントの裏地にもある。
両足の魔法陣は恐らく跳躍力の強化。
マントのは軽量化の魔法陣だろう。
魔力を込めれば発動する仕組みなのだろうが、一式揃えるのに何百万円するのか……考えただけでも恐ろしい。
「不思議と言えば、あんたの格好も不思議だが!」
「そんなことより、死の騎士の足音ですよ」
「足音? ……確かに、いつの間にか後ろに居るけど、聞こえる足音はひとつだけだな……」
奴が歩いているのなら、もっと前から聞こえているはずで……つまり、それがないと言うことは。
「移動手段は別にある。ってことか。音を消したりとか……背後に立つ瞬間、つまり攻撃する瞬間には姿を現してるから、幸か不幸か、同時使用はできないと見てもよさそうだ」
「……あなた、そこまで考えが及ぶのに、なぜあんな場所で死んだんですか?」
「それが一番の謎だ」
いや、理由はなんとなくだがわかっている。
死の騎士の姿を見た途端、恐怖感情に支配される。
俺や凛香さんが逃げることや反撃ができなかったのは、その恐怖によるものだ。
だがLv.68もある探索者が、Lv.70のモンスターにあんなにも体を震わせるものだろうか。
何かカラクリがある。
それをどうやって探るかが問題だ──と、思ったその時。
件の足音が響き渡った。
「──凛香、後ろに!!」
「わかっています」
凛香の背後には、死の騎士がやはりいつの間にかそこに居た。
頭の炎を揺らめかせ、断頭剣を振り上げている。
しかし、凛香は空気を蹴った瞬間に姿を消した。
加速したのだ。既に10メートルほど先を走っている。
「──────」
「ひとまず、あなたの姿を見なければ恐怖に囚われることはないようですね」
魔女帽子を深く被り、目元を隠しながらそう言った。
凛香は死の騎士に間近まで迫られたが、装備の魔法陣を駆使して攻撃を避けた。
つまり発動条件は距離じゃなく、奴を視界に入れること──。
いや、だとすればなんで俺は平気なんだ?
こうして奴の姿を見ているが、生前ほどの恐怖はほとんど感じない。
「死人は死を恐れない……のか」
ということはもしかして、ゴーストにはゴーストの技が有効だったりするのか。
「だったら、反撃してやる!」
石の棍棒を振りかぶり、死の騎士の胴体を殴る。
すると、ゴゥンと鐘を叩いた時のような金属音が響き渡った。
ってこれじゃ物理攻撃か。しかもあんまり効いてなさそうだ。
しかし。
「────リ、ン……ァ……」
頭の蒼炎が大きく揺らいだ。
……今、喋った?
瞬間──キィィというまるで立て付けの悪い扉の音。
何の音だ。と顔を上げてみると、死の騎士の胸当てが扉のように開いていた。
中は蒼白い炎が燃えていて、まるで薪ストーブのようだ。
薪になっているのは……青い宝石。
これは、魔石を燃料にしている?
「──何をしてるんですか、逃げてください!」
その声にハッと我に返る。
眼前には断頭剣の刃が迫っていた。
身を捩るが、間に合わない。
刹那──俺の体は何かに引っ張られ、死の騎士の剣は地面を砕いた。
「今のは……磁石?」
体に電気がまとわりついていた。
雷電魔法でそんなこともできるのか。
おかげでゴブリンボディーを失わずに済んだ。
「助けられた借りを返しただけです。あまり魔力を使わせないでください」
「ごめん助かった! 二層へ急ごう」
胸当ての扉を閉ざした死の騎士を横目に、俺達はダンジョンの奥へ走った。
いくつもの分かれ道と下り坂を降りて辿り着いたのは、第二層。
冷えきった鍾乳洞の第一層と打って変わり、ジャングルのように鬱蒼とした森が広がる。
地下のはずだが天井から光が差し込っている。
「暑いな……だがこの森なら上手く撒けそうだ」
「……そう、ですね」
「どうした?」
「いえ……」
帽子のつばに触れたかと思えば、凛香の視線は俺に向く。
「それよりあんな無茶なことはもうしないでください。いくら霊体とはいえ、憑依しているということは感覚……痛覚も共有されているはずでしょう」
「本当に面目ない……だけど、ひとつわかったことがある。奴は魔石を燃料に動いている。鎧の中身がストーブだった」
「魔石を……そうですか、モンスターを狩り尽くしていたのは燃料補給……残っていた魔石はエサだったと」
まんまと魔石に釣られ、足を止めた俺は首を斬られた。
他者の生を奪い、稼働し続ける処刑人。
──死の騎士。名の通りのモンスターだ。
しかしあの高レベルモンスターが第一層に現れるなんて聞いたことがない。
「なぁ、そういえばさっき死の騎士が喋っていたと思うんだが……あれって」
「……気のせいでしょう。モンスターが喋るなど、あなた以外に見たことないですから」
「俺、人間をやめた覚えはないんだけど……」
「今はゴブリンじゃないですか」
そう小言を言うが、凛香は俺と視線を合わせようとしなかった。
白い魔女帽子で目線を隠し、先を行く。
──もし、俺の勘違いでなければ。
あの時、死の騎士が言ったのは「リンア」ではなく。
「凛香」と、言おうとしていたのではないだろうか。




