#02. 死してなお、立ち上がる
重々しい足音が遠ざかっていく。
ガシャン、ガシャン、と。
その場に残された死体は、ひどく無残だった。
首は胴から切り離され、目は虚空を見つめている。
俺は、俺だったものを見下ろしていた。
なんというか、不思議な感覚だ。
手も足もないし、少し浮いている。
意識だけが空間に取り残されたような、そんな感じ。
……それにしても、酷い死に顔だな。
『……は、』
乾いた息が漏れた。
笑ったつもりだったが、声は響かなかった。
死んだのだから、当然だろう。
……これが、俺の結末か。
逃げる勇気さえ、俺にはなかった。
無様なもんだ。
──その時だった。
冷えた空気の中、足音が聞こえた。
ただ、音はするのに不思議と気配が薄い。
その足取りは規則的で、ひとつの迷いもなく。
コツ、コツ、と。真っ直ぐこちらに向かっていた。
やがて視界の端に、小柄な人影が映る。
少女──なのだろうか。確かに小柄ではあるが、雰囲気は落ち着きがあり、どこか洗練されていた。
白いマントに、白い魔女帽子。
墨のように黒い髪は、躊躇いのない歩みに合わせて短く揺れる。
靴は歩きやすさを考慮してか、黒いコンバットブーツを履いていた。
そして──。
その細く切れ長の目が、俺の死体を真っ直ぐに見つめていた。
冷たい青色の瞳。死体を前にしても、その瞳に感情の揺らぎは見えなかった。
「……一名、死亡を確認しました」
抑揚の薄い声が静かに木霊した。
そう思っていると、マントに隠れていた白く細い手が伸びる。
機械的な腕輪に、白手袋。手の甲には魔法陣が描かれている。
「氏名、荒砥勇利。20歳男性。死体は首を断たれています。恐らく、例の異常個体によるものでしょう」
俺の死体からスマホを引っ張り出した少女は、ロックしていたはずのスマホから電子探索者証を表示させ、なおも淡々と報告していた。
死体の回収を依頼してくれてるんだろうけど、表情一つ変えない。
薄情すぎやしないか?
──と、俺は思っていた。ほんの数秒前までは。
ふと、少女が手を合わせたのだ。
「……あなたのことは存じ上げませんが、せめて魂が故郷へ還れることを祈っています」
──そうして、静かに祈りを捧げた。
同時に俺は自分を殴りたくなった。
ひと目見た程度でその人の内面を知ることはできないと言うのに、先刻、俺は彼女には情がないと決めつけた。
何がヒーローになりたいだ。
ただの大馬鹿野郎じゃないか。
謝りたい。
だがいくら叫んだところで、死人の声は届かない。
俺はこのまま、成仏するのを待つだけしかできない。
────ガシャン。
『は……?』
不意に響いたその音。
聞き覚えのある、重たい足音。
どうして、いつからそこに居たのか。
少女の背後に立っていたそれは、俺の首を斬った張本人。
漆黒の鎧を纏ったデュラハン──《死の騎士》だった。
「──ッ!?」
鎧の軋む音に少女も気付き、振り返る。
だが、なぜか逃げようとしない。
少女は死の騎士の炎を見つめたまま動かない。
『なにして……あっ』
よく見れば、体が小刻みに震えていた。
……俺の時と、同じ?
いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
『逃げろ!!』
必死に叫ぶが、ダメだ。声は届かない。
死の騎士は既に切っ先のない大剣を振りかぶっている。
──やめろ。
やめろ、やめろ、やめろ……!
嫌だ。この人を死なせたくない。
そう思った時には、実体のない体は少女に向かっていた。
残ったのは意識だけ。精神だけ。魂だけ。
そんな状態で体当たりしたって、虫一匹だって突き飛ばせない。
それでも魂は走った。
無様に死んだ俺に祈ってくれた、心優しい少女を死なせたくない一心で。
『うっ────オオオオーーッッ!!!!』
魂が少女に触れる。渾身の、いや全霊の体当たり。
しかし、やはり少女の体を突き飛ばすことはなく。
俺はその華奢な体に沈み込んで、すり抜け──。
「──っ、あ!?」
少女の声が響くと同時に、その体が倒れた。
刹那、断頭剣が空を切る。
なんだ、今の……?
俺があの子の体をすり抜けた瞬間、重みを感じた。
肉体的な重みだ。
それを感じた瞬間に、少女の体が倒れた。
ということは、体当たりできたのか?
「な、なに……? いま、私……避けた?」
謎の現象に俺も少女までも混乱している。
が、敵はその混乱が解けるのを待ってはくれない。
再び断頭剣が振り上げられる。
そしてやはり、少女は再び震えて動けなくなっていた。
奴に近いと体が動かなくなるのか?
『だったら、もう一度やってやる!』
原理は分からないが、それであの子が助かるなら。
もっと強く、突き飛ばす勢いで。
『ドォォリャアアアアーーッ!!』
いっそう気合いを込めて突進する。
刻一刻と剣が迫る。
まるで時間がゆっくりになっているような感覚。
間に合うか。……いや違う、間に合わせろ。
できなきゃ、あの子が死ぬ。
俺のように、首を断ち斬られて。
──そんなこと。
『させて、たまるかよォォーーッ!!』
俺の肉体はとっくに死んでいる。
だが、まだ魂が残っていると言うのなら。
せめて最後に女の子を助けて──俺はヒーローになりたい。
寸前まで刃が迫った瞬間。
俺は少女の体に触れ、また、ズブリと沈み込む。
直接押すことはできないのか──と、そう思った瞬間。
視界が二つ、重なった。
「──うおっ!?」
空気が震えた。
振り下ろされた断頭剣が地面を砕き、風圧で砂塵が舞う。
何が、起きた?
確か……少女の体をすり抜けようとした途端、視界が揺らいで、急に体が重くなり、それで体勢を崩した。
だから思わず、地面に手を、着いて……?
──あれ?
手を……着いたのか? 俺が?
自分の手を見る。小さい。明らかに俺の手じゃない。
しかもこれは、白手袋だ。甲の部分には魔法陣もある。
そして手首には腕輪を着けていて──。
「なっ……これって!?」
声を上げると、出てきたのは澄んだ女の声。
間違いなく少女の声だった。
肺に、冷えた空気を取り込む。
心臓の鼓動がうるさいほど鳴っている。
全身に血が通い、ほのかな熱を帯びて──生きていた。
これは、まさか。
そう思った瞬間、胸の奥──いや、もっとずっと深いところで、湧き上がる熱を感じた。
【荒砥勇利がスキル〈憑依〉を獲得しました】
【音無凛香への憑依に成功しました】
【憑依対象のステータスを展開します】
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【名 前】音無凛香(人間:♀)
【レベル】68
【生命力】50
【精神力】96
【持久力】61
【筋 力】45
【知 力】100
【技 量】85
【敏 捷】53
【スキル】〈雷電魔法〉
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「……なんの冗談だよ、本当に」
俺は死んだはずだ。
なのに今、少女の体を借りて立ち上がっている。
ほんの一瞬だが、少女の意識に触れた気がした。
静かで、冷たい。
だけど、強く生きようとしている意思。
眼前には死の騎士。
蒼白い炎が揺らめき、俺を、少女を睨んでいる。
が、不思議と前まであった体の震えはなく、冷静で居られた。
それなら、やることは一つだ。
「テメーにこの子は殺させねぇ! 今度こそ、ヒーローやらせてもらうぜッ!」




