#01. ヒーローになりたかった男の末路
ヒーローになりたい。
そう思いながら、俺はダンジョンで死んだ──。
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物心つく頃には、俺はもうヒーローに憧れていた。
日曜の朝、テレビに映し出されるヒーロー達。
守るべきものを守り、決して悪に屈しないその背中に、俺は焦がれるほど憧れていた。
ヒーローを目指すにあたって、まず体力をつけた。
雨で視界が滲もうが走った。風邪を引こうが構わず走り続けた。
だがいくら努力を重ねても、歳を重ねるごとに周りの目は変わっていく。
子どもの頃は笑う者など居なかったが、高校に進学してからは、特に。
「まだ子どもみたいなこと言ってるの?」
などと、親にも言われる始末。
進路を決める時期だから、仕方ないところはある。
むしろ親心としては当然のセリフだろう。
だが、それから否定されるのが怖くなった俺は「ヒーローになる」という言葉をとんと口に出さなくなった。
それでも、そう簡単に諦めがつくものではなく。
胸の奥ではフツフツと夢への想いを煮立たせていた。
そして。
始まりは、いつも突然に。
その声は唐突に降ってきた──。
【世界がアップデートされました】
【現在のバージョンは2.0です】
あの日、全人類が耳にした。
天から降り注ぐ鐘の音と、無機質な声を。
ほどなくして、人類は《レベル》や《スキル》と言ったまるでゲームのような超常的な力を持つようになり、時を同じく、世界各地に《ダンジョン》が出現した。
軍による調査が行われ、ダンジョン内にモンスターが巣食っていたこと。そして魔石という新たなエネルギー資源を発見したことがニュースで報じられた。
モンスターには現代兵器がほとんど通用しなかったようだが、一人の軍人がなんとかモンスターを討伐し、レベルアップを果たしたことで調査がかなり進んだらしい。
仲間を守るために必死に戦ったと聞いた時は、思わずテレビの前で敬礼したもんだ。
レベルが上がれば身体能力が飛躍的に向上する。
さらに強力なスキルも獲得できる。
この二点は一般人がダンジョンに潜るハードルを大きく下げていき、世界各国も資源欲しさに法整備を進め、俺が20歳になった頃には《探索者》という職業が確立していた。
「──番号札66番でお待ちの荒砥勇利様。探索者登録が済みましたので6番カウンターまでお越しください」
通りの良い優しい声色に呼ばれ、俺──荒砥勇利はメガネを指で押し上げた。
誰かに否定された程度で夢を諦めてなるものか。
その一心でここ──探索者ギルドへ来た。
あれから3年。今まで以上に体を鍛え上げた俺は無事テストに合格し、晴れて探索者として認められた。
人々を脅かすモンスターと戦うヒーロー。その第一歩を踏み出したのだ。
「荒砥様の模擬戦を拝見しましたが、反射神経が素晴らしいですね! 訓練用ロボ三機を相手に一度も触れられずに立ち回るなんて……私、受付嬢をして一年になりますがこんな人そうは見ないですよ!」
「い、いやぁ、動きが単調なんで上手くいっただけですよ」
綺麗なお姉さんに褒められて、思わず鼻を擦る。
受付嬢というのは、国がダンジョン絡みのもろもろを管理するために組織されたギルドの公務員だ。
なお、都心にあるこの建物は《シーカーズギルド第一支部》という名前である。
「そうだ。ステータスの確認方法はご存知ですか?」
「あぁ、はい。確か指をこう振って……」
人差し指と中指を揃え、横に線を引く。
すると指に追従するように、いくつかのアイコンが出現した。
そのうちの一つに触れれば、この通り。
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【名 前】荒砥勇利(人間:♂)
【レベル】0
【生命力】-
【精神力】-
【持久力】-
【筋 力】-
【知 力】-
【技 量】-
【敏 捷】-
【スキル】なし
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スキルなし──その一行が俺には重く見えた。
……それでも、ここで止まるつもりはない。
しかしこのウィンドウ。いつ見てもゲームみたいだ。
まさか現実世界でこれを見ることになるとは思わなかったが……フルダイブのVRMMOがあったら、こういう感じなんだろうか?
まだモンスターを倒したこともないからLv.0だが、いずれ経験値を得てレベルが上がれば超パワーのヒーローになることも夢じゃない。
そう思うと体がうずうずしてきた。
「あなたはスキルを持っていませんから、装備は万全を期してくださいね」
「もちろんです。このために貯金してきましたから!」
装備。スキルを持たない俺にとっては生命線だ。
武器は片手で扱いやすいサーベル。防具は重装備に固めたいところだが、逃げやすいように軽装備にする。
危なくなったら即撤退。この心構えが生きるためには必要だ。
「全身鎧も憧れるけどな〜、値段も高いしなぁ」
いつか筋力が成長してお金が貯まったら装備してみよう。
さて、大金はたいて装備一式を揃えれば準備完了。
とは言え、当然ながら銃刀法があるのでダンジョンに入るまではインベントリに格納する。
まずは肩慣らしのつもりで、目的も薬草の採取までに留めておこう。
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都市部に存在するダンジョンは巨大な遺跡のようで、この現代社会の街並みには場違いすぎる外観をしている。
まるで場所だけ切り取ってペーストされたみたいだ。
入口にはLv.10以上の警備員とゲートが設置されていて、スマホで電子探索者証を提示して中へ入る仕組みだ。
「よし……行くか」
期待と不安が入り交じり、胸の奥が高鳴る。
ゲートを潜り、地下へと続く大穴を見下ろす。
さながら、巨大な獣の口だった。
螺旋状の階段を降りれば、第一層に到着する。
第一層は鍾乳洞のような洞窟で、苔が白く光っているおかげで松明がなくても歩けそうだった。
しかし、ひんやりとした空気に背筋がぶるりと震え上がる。
もう少し着込んでくるべきだったか。
「しっかし……なんにも居ねぇ。もっとモンスターがうじゃうじゃ居ると思って身構えてたのに」
緊張していたのがバカバカしくなってくる。
いくら探索しても、辺りはシンと静まり返っている。
モンスターと遭遇する気配がまるでない。
金色のスプレーを使った覚えはないし、既に250歩以上は歩いてるのだが。
……おや?
「あの青いやつ……魔石だよな?」
青く透き通っていて、中心が淡く光っている石を拾う。
これが《魔石》と呼ばれるもので、人類の新たなエネルギー資源だ。この小さな石ころ一つでも家庭用電力を半日分は生み出せるだろう。
モンスターを討伐すると必ずドロップするのだが……それがなんで、こんな道端に落ちているんだ。
「誰か拾い忘れたのか? でもありえないよな……」
俺の前に探索していた奴が軒並み狩り尽くしたのがこの静けさの理由なら、俺は安心して目的の薬草を採取できるんだが。
魔石を残していくのは、どうも引っかかる。
「……ん? なんだこの、傷?」
魔石が落ちていた場所の近く、洞窟の壁に不自然な傷跡を見つけた。
何か硬いものが強い力で壁に打ち付けられ、削れたような跡だ。
それが、至るところにある。
「ち、血の気が多いな……とっとと離れよう」
嫌な予感がして、足早にその場を離れる。
なんだか足音が妙に響いている気がした。
コツコツ、コツコツ、コツコツ。
────ガシャン。
なんだ、今の音は。
俺の足音じゃないのは確かだ。
ブーツだし、こんな重い金属音は鳴らそうと思っても鳴らせない。
その時、さっきまで無かった気配を背後に感じ、背筋が凍った。
振り返るな。振り返るな。
今すぐ走って距離を取れ。
頭ではわかっていても、本能的に気配の正体を探ろうとしてしまい──俺は振り返ってしまった。
「は……?」
呼吸も忘れ、それを見上げた。
佇んでいたのは、漆黒い騎士だ。
2メートル以上はあろう巨体で、静かに俺を見下ろしている。
なにより不気味なのは、その黒騎士には頭が無かった。
首の断面から蒼白い炎が揺らめいている。
目など無いはずなのに、炎の揺らめきを見ていると目が合っていると思わずにはいられなかった。
【Lv.70《死の騎士》】
「な、なんだよ、そのレベル……!」
序盤も序盤の第一層に居ていいモンスターじゃない。
間違いなく、他のモンスターを殺し回っていたのはコイツだ。
左手には、切っ先のない断頭剣。
刃長だけで俺の身長を超える大剣。
それはゆっくりと、重々しい動作で振り上げられる。
マズイ、マズイ。
このモンスターはダメだ。わかってる。
息をしろ。できない。
早く逃げろ。できない。
足を動かせ。できない。
できない。できない。できない。なにも──ッ!
ヒーローになるはずだったのに、体が震えたまま動かない。
テレビで見てきたヒーロー達は、こんなことで立ち止まらなかったはずなのに。
情けなく、ガチガチと奥歯が鳴っている。
心臓までも止まっているかのような錯覚。
すごく、寒い。
「────あ?」
景色がグルリと反転した。さらに衝撃。
遅れて、理解が追いつく。
後頭部を打った。
頭を地面に叩き付けられたのか?
いや待て……あれは、俺の体か?
なんで死の騎士みたいに頭が無いんだ?
……あぁ、そうか。
頭を叩き付けられたんじゃなくて、頭が落ちたのか。
剣を振り下ろされて、首が斬られたんだ。
だから俺は自分の体を見上げてるんだ。
ハハ。そうか。
俺は、ヒーローにはなれなかったんだ。
意識が遠のいていく。
ヒーローになりたい。
……でも、俺は何もできなかった。
その悔しさだけが最後に残り、俺は死んだ──。
【YOU DIED】
暗闇の中。
現実を叩き付けるように、死亡ログが表示された。
──なのに、俺の意識は消えていない。
次の瞬間、再びウィンドウが表示される。
【種族が幽霊になりました】
『────は?』
その日、俺は人間ではなくなった。




