営業妨害甚だしいですわ。
本日のデインメージ侯爵家の茶会は、侯爵夫人が支援している画家の新作御披露目の意味合いが強い。
決められた席順に従い卓を囲み、各所に飾られたイーゼルの上の油絵を眺めながら、芸術について論じあう。
午後の日差しが暖かく差し込むサロンでルルリエールは、メメディリアいわく王太子からの気持ち悪い執着のこもった手袋を身に付けて、朗らかに笑顔を振りまきつつ社交に勤しんでいた。
朝の身支度の段階では、メメディリアはそれを着付けることを大層渋った。
なんだったら、用意していた衣装を変えてまで回避しようとしていた。
衣装に問題があって急遽着られなくなったので、せっかくご用意頂いた手袋でしたが合わなりました。
そういう理由付けがあれば、筋は通る。
しかしルルリエールはその提案を笑顔で断った。
「メメ、貴女の気持ちは解るけど、それは悪手だわ」
「悪手、でございますか?」
「ええ。そういった回避の仕方をすると、反動が凄いでしょうから。次はもっとあからさまで、執着心を全面的に押し出した仕様の物を贈りつけてくるようになるでしょうね」
顔をひきつらせる侍女に、ルルリエールはそよ風を受けたように何の打撃も受けていない態度のまま、鏡で自身の装いを確認していた。
「この手袋程度なら可愛いものだわ。わたくしの目の色といえなくもないし、誰から賜ったか伏せたままなら何一つ問題はないはずよ」
だから、いつものようにわたくしを完璧に美しく仕上げてね。
そう微笑んで身支度を手伝わせ、ルルリエールは完成されていく自身の美しさに満足げに笑みを深めた。
そんなやり取りの末、一分の隙なく整えられた装いで参加したお茶会であったが、どういうわけかいつものようにスムーズな会話の展開ができない。
「本当に素晴らしい絵ですわね。特にあの鳥の羽ばたきの繊細さといったら。すぐにでも飛び出してきそう」
「私はあの花のみずみずしさに惚れ惚れとします、今にも葉の雫が零れ落ちそうではありませんか?」
何故かルルリエールの座る卓では、純粋に絵の批評が行われ、絵のお題目に合わせた話題運びがなされないのだ。
猫が題材に描かれた絵があれば、それに絡めて「猫のように奔放だったあの夫人、とうとう修羅場を迎えたそうですね」とか、花瓶に花が活けられた静物画を目にしたならば「本物のように見事なお花と花瓶ですわね。そういえば、グリュッケル派の巨匠であるマイズナーワルト氏の遺作となる花瓶が、今度オークションに出されるらしいですね」等、ゴシップも虚実も織り混ぜて、芸術とは紙一重の情報をやり取りしあうのが、この場所だった。
にもかかわらず、今日の話しの弾まなさといったら。
─────何かありそうだけど、十中八九あの子の差し金でしょうね。
ルルリエールは溜め息をつきながら右手を頬にあてた。
すると同じテーブルに着いた全員が顔をひきつらせたり、息を飲んだり、示し合わせたように同じような反応をするのだ。
しかも軒並み顔色が悪い。
やはり何かあるのだろう。
王命で結ばれただけの婚約者を思い浮かべて、ルルリエールは苦笑した。
「皆様、もしかしてですけれど。わたくしの婚約者から何か言われておりますか?」
「あ、いえ、その」
「そ、そうですね。あの、言われたというよりは、何と言いますか」
「ルルリエール様は今、結婚式を間近に控えお忙しい身なので、煩わせてならない、と聞き及んでおります」
あら、まぁ。とルルリエールは呆れて言葉が出ない。
婚約者のその幼稚な囲い込みの仕方に対してだ。
しかしバレてしまったなら仕方ないとばかりに、彼女達は開きなおったように、口々に良い募った。
「それに私達、ルルリエール様の婚姻を本当にお祝いしたいのです」
「そうです、いつもいつも誰かの為にばかり奔走していらっしゃるのですもの、結婚を機にお幸せになっていただきたいですわ!」
「にもかかわらず、お忙しい中マニフレット侯爵令嬢のご縁組みまでお力添えされるなんて。あんなに嫌味な方なのに。なんてお優しいのでしょう」
「ルルリエール様はとてもお気遣いの細やかな方ですもの。どんな話題で皆の悩みに気付いてしまわれるか、わかりませんもの」
「そうですわ、きっとそれを知ればルルリエール様は黙っていられないはずです。ご多忙の身にもかかわらず、私達のためにお力を惜しまないはずですわ」
「そうならないように、ルルリエール様がご結婚するまでは、わたし達ご心配をおかけしないように、余計なことは言わないって決めたのです!」
「王太子様との顔繋ぎも、一先ずお休みしましょうよ。このままでは、ルルリエール様が倒れてしまいますわ」
やいのやいのと侯爵令嬢から男爵令嬢まで、遍く言い募られてルルリエールは、あらあら、と困ったように微笑んで見せた。
このテーブルに座っているメンツが社交界で一般的に、穏やか、おおらか、善良、と名高い者達ばかりであることから、彼女達が全く嫌味なく本気で言っていることが窺える。
主催者であるデインメージ侯爵夫人が席を決めているのだが、このメンバーの中にルルリエールが放り込まれるということは、侯爵夫人からは自分もこの令嬢達と同じ傾向の善良な人間だと見られているということだ。
それもそのはず。
いつもニコニコ笑顔を絶やさず、他者の縁繋ぎばかりし、嫌味や皮肉に応じることなくさらりと受け流す。ルルリエールは傍目から見ればそういう、気の良い穏やかな性質だと思われている。
そう見られるように、ある程度は意図して行動している。
しかし一級の腹黒さを押し込めてお首にも出さないようにしているだけで、常に利益と損得を計算しているのだ。
王太子との顔繋ぎの茶会だって、さっさとヨルンディハイドの引き取り手を見繕いたいルルリエールの都合によるものであるし。マニフレット侯爵令嬢の縁談だって、ルルリエールの婚姻相談所が有名になり且つ更に信頼が増すように、功績の一つにしようとしているだけなのだ。
真剣に身を案じられて、少し居心地の悪い思いをする。
「皆様、ご心配ありがとうございます。でも、ちゃんと休息も充分取れておりますし、皆様と語らうことがわたくしの元気に繋がるのですわ。どうかそのようにお気遣いなさらないで」
ニッコリと1人1人と目を合わせるように優しく微笑みかけると、先程マニフレット侯爵令嬢の縁談について言及していたナオンフリイト侯爵令嬢が感動したように目を潤ませ、頬を上気させながらルルリエールを見つめ返してきた。
「さすがルルリエール様です。なんてお優しいお言葉!私、ますますルルリエール様を応援致しますわ!」
「まぁ、勿体ないお言葉ですわ。応援、とは具体的に何を?」
「勿論、王太子殿下とのご関係がもっと親密になられますよう、後押し致しますわ!」
嫌な予感に確認すれば、想定の中でも最悪の部類の宣言をされ、ルルリエールは笑顔を凍らせた。
ナオンフリイト侯爵令嬢たるミイナリーネは、もともとルルリエールの信者のようだった。
ルルリエールの善良性を信じ、自身が最愛の婚約者を得る際に力添えされたことで益々信奉を強め、今では女神のように崇めている。
「世間では、ご年齢の差をあげつらって白い結婚とか申している愚か者もおりますが、私はそうは思いません。最近の殿下のご様子といったら、ねぇ。皆様もそう思いませんか?」
だから彼女のこの言葉も、善意100パーセントのものだった。
「そうですわ、ルルリエール様を見つめる目の情熱的で真剣なご様子」
「以前に比べて、確かに熱意は感じますわね。他の公子様方を牽制していらっしゃるとか」
「それに、夜会にご自分がご一緒出来ないと必ず、代わりの贈り物をされたり、ご一緒出来た時には一時も離れていないとか。愛ですわね」
ほぅ、とウットリした溜め息を落とす令嬢達に、今どんな言葉をかければ火に油を注がずにすむのだろうか。
ルルリエール自身も白い結婚だと思っており、早々に側妃を選出する予定ではある、とふんわりと文脈に含めて草の根活動をしてきたのに。
何故かそれを知っているはずの彼女達が、浮き足立って嬉しそうに、ルルリエールの間近に迫った婚姻を祝いでいる。
それもそのはず、彼女達の価値観で言えば、女の幸せは婚姻で決まるものなのだ。
結婚相手が自分を大事にして尊重してくれること、そして妻としての役目をしっかりと果たすことこそが、婚家での地位を盤石にし、社交界に受け入れられる条件と言える。
ルルリエールの王命で下された婚姻には、この条件が欠如しているように当初は誰もが思っていた。
しかしフェアティエリに懸想していたはずの王太子は、今ではルルリエールを大切にしており、ルルリエールは婚約者として既に社交や公務に携わり充分な働きと威厳を示している。
もともと王族として活動してきたこともあり、彼女に欠点一つないことは王国全土の貴族が知るところである。
つまり、普通の令嬢なら平凡な幸せが確定されている状況と言えるのだ。
「結婚式、楽しみにしております」
「私はパレードを見に行きますね!」
「バルコニーから広場へ手を振って下さるのですよね?わたくしは最前列にならんでみせますわ」
だから普通に幸せを享受すればよいと、彼女達は悪気なく間近に迫ったイベント事を楽しみにし、その喜びを共有してくれようとした。
ルルリエールの心中を知るよしもないため、当然ではあるのだが。
「ありがとうございます、皆様」
だから無難に、ルルリエールは微笑みを浮かべ感謝の意を示すしかないのだ。
例え腸が煮えくり返っていようとも。
────営業妨害甚だしいですわ。
扇子を広げて口元を隠しながら、既に3週間後に迫った結婚式をぶち壊す決意をルルリエールは固めたのだった。




