また良い縁組みをしてしまったわ。
「正直申し上げて、失望致しました。いくら極上の女神がご自分の婚約者として舞い降りたからといって、今までの恋をいとも容易く捨て去り、女神の愛を得ようだなんて」
しづしづと気配を抑え、伏し目がちに王宮の廊下を追従しながら、ルルリエールの侍女は潜めた声音で、器用にも主にだけ聞き取れる愚痴をこぼしていた。
唇は動いておらず、傍目からは彼女が発言しているようには見えない。
赤茶の髪はきっちり結い上げられ、辺境伯家の侍女に相応しい品の良い紺のドレスに身を包み、表情は能面の如く静まり返っている。
しかし彼女の腸が煮えくりかえっていることは、ルルリエールにも、その護衛の騎士にも手に取るように解っていた。
「口が過ぎるわよ、メメ。わたくしのことを崇拝している貴女のことだもの。わたくしを思っての言葉だとは知っているけれど、聞く人によっては不敬に受け取られかねないわ。誰のこととは具体的に言っていないけれど、困ったことにこじつけで深読みする方もいるでしょう?」
扇で口元を隠し、流し見ながら軽くたしなめ、ルルリエールはゆったりとした歩調を緩めることなく馬車乗り場を目指す。
その後ろ、左手側に控えるのがメメと呼ばれた侍女。右手側に控えるのが護衛騎士である。
「ええ、姫様。誰でもございません。もちろん一介の侍女である私が、立場も弁えず不敬となるような発言を不用意にするなんて、断じて有り得ません。しかしこれだけは姫様のお側に控える者達の総意ですから、全く否定出来ない客観的事実なのです」
表面上は凪いだ湖の湖面のように落ち着いた表情の侍女の口からは、延々と不満が垂れ流され続けていた。
彼女の名はメメディリア・イム・ムルシアンタレン。グルルドレーフ辺境伯家に仕える、イダリシン子爵家の長女である。
幼少の頃からルルリエールの側近くに付き従い、ルルリエールに骨の髄まで心酔し、自らの全てを捧げる覚悟で忠誠を誓っている侍女である。
「距離のつめ方が気持ち悪いのです。もともと好感のある相手にされるのなら嬉しいとは思うのですが、その気もない相手に、ましてや政略で組まれた心の伴わない縁組みに。必要な手順も踏まえず、不躾ではございませんか。姫様はそのようなもの、一切必要としていないというのに。ハルグレンダラス卿もそう思いません?」
彼女の怒りはヨルンディハイドの贈り物に起因する。
かの王太子殿下の執務室から出てきた主人の手には、入る時には持ち合わせていなかった箱があり、中には今度の茶会用の手袋が入っているという。
箱を受け取りながら押し付けられた経緯を端的に説明された後、メメディリアはそれまでのニコニコしていた顔からスンと一切の表情を消した。
つまりそれは、瞳の色を想起させる色合いの手袋を身に付けさせ、ルルリエールが誰の婚約者であるのかを周囲に念押しし。更には陽射しや虫に対する注意喚起と見せながらも、その実避けさせたいのは他の招待客───特に独身男性であることは明らかだ────からの物理的、心理的接触である。
これを執着と言わず何と言うのか。
宝石等の身を飾るものでもなく、肌を直接広範囲で覆える手袋を選んでいるというのがなんともいやらしい。
本当はドレスを贈りたがっているが、やんわりと、しかし頑なに断られる為に捻りを加えてきたのだろう。
「相変わらずお姫のこととなると、暑苦しいな、メメ殿」
特に声を潜めるでもなく応じたのはディカフリオ・ラ・ハルグレンダラスという、ルルリエールより10歳程年嵩の専属護衛騎士だ。
辺境伯家の黒の騎士服を着こなし、隙なく視線を周囲に走らせ堂々とした立ち居振舞いをしてはいるが、もとは孤児の平民である。
12歳の頃、もともと身を寄せていた孤児院から辺境伯家の騎士団に見習いとして、辺境伯直々に見出だされた。
山賊や魔物の討伐において早くから頭角を顕し、20歳を迎える年にはルルリエールの専属護衛として任じられ、
以来10年以上の間護衛の任を勤めている。
「手順といってもなぁ。かの御方は、傍目にはきっちり手順を踏んでいらっしゃるぞ」
「まさか、定期的な贈り物やメッセージカード、エスコートを欠かさないことと、夜会の間お側をなるべく離れず過ごされることですか?」
「そうだな。婚約者として上等な部類だろう?」
「はっ、これだから男は!そんなの、婚約者として当たり前のことです、寧ろ義務です。それに如何に表面上取り繕っても、心の交流が全く進んでいないのです。メッセージカードの文面も一方的ですし、何かを贈るにしても一度たりとも姫様にご相談がないではありませんか。エスコートも会場に着いてからのことで、お屋敷まで迎えに来られたことはないのです。明らかに正攻法で仲を縮める気がない、ということです」
「心の交流?お姫とか?どんな無理難題だよ」
あまり主張する気はないようで、ディカフリオは気のない返事をボソリと溢した。
「あら、誠意が見えないという話をしているのです。お分かりですか、ハルグレンダラス卿?」
しかしそれを聞き咎めたのか、とうとう忠誠心の塊の侍女は腹話術のような話法を止め、顔ごと隣に向けて不満をぶつけた。
単に客観的視点を交えて一般論を述べただけだが、まるで肩を持っているかのように捉えられているのだろう。
いよいよ熱が入り始めたメメディリアを抑えることが難しいことを察して、ディカフリオは主に助けを求める視線を送った。
回廊を抜け、丁度庭園を横切る渡り廊下に差し掛かっていたルルリエールは、あたかも見るべきものがあるかのように立ち止まり、すいと目を中央の噴水へ向ける。
「そういう所だったのかもしれないわね。あの子が思いを成就できなかった要因は」
そして口元に閉じた扇子をあて、誰に聞かせるでもないような囁きを溢す。
付き従う二人は、すかさず口を閉じて主人の次の言葉を待った。
「政治の世界では、沈黙を守り、要所要所での核心をついた発言をするだけでも充分だったでしょうね。でも、打算を挟まずに深い人間関係を構築しようとするには、不向きな手法よね。きっと他に方法を知らなかったのでしょう」
拓けた庭園を照らす昼下がりの陽光は眩しく、穏やかに枝を揺らしながら吹き抜ける風は僅かな葉音をたてるのみ。
話している内容とあまりにも解離した長閑な景色に、そっと微笑みルルリエールは、不器用なトリミットリューシの後継者と、次いで、既に異国へ旅立った従姉妹を思い浮かべた。
「運命の相手を見つけたかの御方も、きっと周りが高い壁に覆われていくのが目に見えて、息が詰まってしまったのでしょうね」
それは物理的なものではなく、心理的、社会的なことだ。
フェアティエリは王位を求めていた。
父の跡を継ぎ、立派な国王になりたいと。国を良い方向に導き、諸外国ともっと交流を持ち国を豊かにしたいと、そういった理想を掲げていた。
しかし彼女の王位継承順位は第12位。
他でもないフェアティエリの父であるナイトリードが、唯一の自分の直系である娘を、そう評した。
自分の娘に資質はないと、他の王族達の方がより、国を治めるに相応しいと。
フェアティエリはどうあっても王位に就くのは難しかった。
しかし彼女は現王の娘として、国に尽くしたかった。
そんな彼女のひたむきな志につけこむ形で、ヨルンディハイドは王太子となった。
フェアティエリは王にはなれない。しかしヨルンディハイドの妃として立つことなら、できる。
それは誰が見ても明白な事実だった。
フェアティエリに対する好意を周囲に隠さないヨルンディハイドと、王に近い権限をフェアティエリが持てるという可能性を後押しする善意の忠臣達が、彼女のことを追い詰めていったのだろう。
自分で立ちたいのに実力の足りない彼女は、全てを兼ね備えている従兄弟に対して何を思っていたのか。ルルリエールにとっては想像に易いことだ。
「あの子は、優しすぎたものね」
そして善良過ぎた。
自分の中に燻る嫉妬に近い羨望と、圧倒的に言葉の足りない求愛に疑心暗鬼を起こし、その浮かんできた自分の気持ちにさえも耐えられなかったことだろう。
そんな気持ちを引き起こす引き金となるヨルンディハイドとの婚姻など、成しえていれば彼女にとって日々が地獄と化していたはずだ。
そしてヨルンディハイドの執着も献身も、全てが悪い方向に舵を切り、明るい未来が訪れる可能性は低かった。と見積もっている。
「私はあの方にはあまり尊敬の念は抱けませんでした。なんだか、一生懸命ではありましたが他力本願で」
冷静さを取り戻した侍女は、預けられた贈り物を胸に抱き、沈黙を遮るように淡々と告白した。
今までは不敬になると理解していたので、口に出すことはしなかった。
輿入れの条件として王位継承権を手放した彼女だが、王族でなくなったわけではない。
それでもメメディリアは何となく一息つけた気がしたのだ。言いようもなく、ムカムカしていたから。
「持たざる者の限界、といったらお姫に怒られちまいますかね。あの御方は我が主とは違う」
それは普段から余計な私見を挟まないディカフリオにしても同じだったようで、発言を嗜めているようでいて、珍しくメメディリアの見解に乗る形をとってきた。
「それにしたって。いつもいつも、姫様に無神経にいうのですよ。お姉様は何でも出来て羨ましいです、って。姫様の努力も、決意も知らないで」
歯ぎしりせんばかりの表情で、メメディリアは呻く。
それを受けてルルリエールは、ふふっと軽やかに笑ってみせた。
「わたくしが何でも出来るのは当然のことよ?そして努力の仕方が上手いのも、わたくしの才能だわ」
堂々と、艶やかに。
一分の隙もない表情と佇まいで、彼女は振り返る。
同時に、彼女の侍女と護衛は口を閉ざし、一歩退いて通路の端に寄った。
賑やかに近付いてくる足音と色とりどりのドレスの一団に、いち早く反応した結果である。
「あらぁ、誰かと思えば。遥々(はるばる)国の端からやってきた嫁き遅れ令嬢ではなくって?」
高らかに喧嘩を売ってきたのは、一団の先頭に立ち、場違いに派手な扇子で口元を隠した白金髪の令嬢だった。
真っ青なドレスは肉感的な身体の線を顕にするピッタリしたデザインで、煌びやかな装飾もちりばめられており、なかなかに露出もある。本人も堂々とした佇まいであり、とてもよく似合っているが、およそデイドレスには見えない仕様である。
ルルリエールの後ろに控えた2人は失笑の気配を漂わせるが、あくまで表情は無に固定し、存在感を消して主の出方を邪魔しない姿勢をとった。
何故なら、彼女達の主人は気の良い縁結び令嬢なのだ。
些細な嫌みや皮肉、低レベルな言葉の掛け合いなど欠片も気にせず、決して相手と同じ立ち位置に降りていったりはしないからだ。
「まぁ、マニフレット侯爵家の。珍しい所でお会い致しましたわね」
投げかけられた失礼極まりない言葉を1つも拾い上げることなく、ルルリエールはコテリと首を傾げて穏やかに微笑んだ。
「あらあら、私のことをご存知でしたの?待てど暮らせどご招待がないものだから、てっきり幸運のご令嬢には私のことが見えていらっしゃらないのかと思っていましたわ」
王命による王太子との婚約。その内情を知らない者は、見当違いであることも分からずに彼女のことを当て擦る。
確かに辺境の嫁き遅れが突然、才気溢れる王子と婚約し、しかもそれが王命により覆ることのない状況は、一般的に見れば幸運以外の何物でもないだろう。
しかし普通はそんな王命が下ることはないのだ。
つまりその王命には裏があるということで。
それを察することができる人間や、ある程度情報を得ることができる者は、余計なことは口にせずただ笑顔で祝いの言葉を述べるものだ。
それができない時点で、相手の底は見えている。
ましてヨルンディハイドには、周知の想い人がいたのだから。
「勿論存じ上げておりますわ。スターシアナ様、とお呼びしても宜しいでしょうか?」
「ふん、構いませんわ。私も特別に、ルルリエール様とお呼びして差し上げますわ」
まぁ、ありがとうございます。と微笑み返すルルリエールに反比例して、彼女の腹心達は冷えきった空気を醸し出した。
反対に、スターシアナの後ろに引き連れられた侍女達は勝ち誇ったような、優越感を隠しもしない笑顔を一様に浮かべていた。
スターシアナは勢い付いたのか更に胸を反らせて囀ずった。
「お忙しい殿下の元へお会いしに来られたのかしら?王命とはいえ、仲睦まじいのですわね。羨ましいことですわ」
オホホホ、と高笑いしながら距離を詰め、あからさまに含みをもたせた言葉を投げつけてくる。
意訳としては、義務で付き合わされている殿下の所に会いに行くなんて、お仕事のお邪魔をしにきたの?といったところだろう。
「なのに将来の王妃たるお方が、なかなかのお年ですものねぇ。我々臣民一同、健康な御子様の誕生を1日も早くと望んでいるというのに。心配でたまりませんわぁ」
じろじろと品定めするような視線と遠慮のない嫌味をルルリエールにぶつけ、令嬢は己の行いに寸分の間違いもないと言わんばかりに、自信に満ち満ちていた。
しかしスターシアナは王城に出仕しているわけでもなく、呼びつけられるような役職を得ているわけでもない。彼女こそ、こんな時間にここで何をしているというのか。
そんな無粋なことは指摘せず、ルルリエールは片手を頬にあて眉尻を下げてみせた。
「わたくしも、一刻も早く殿下のお心をお慰めしたいと思い、また、皆様のご懸念を解消したく働きかけてはいるのですが、なかなか成果が芳しくないのです」
「それは当然ですわ。なぜなら、もっと招かれるべき方々がいるにも関わらずルルリエール様が見落とされているのですもの」
勢いよく扇子を閉じたスターシアナは、芝居がかった動作で自身の胸に手をあてた。
それを受けたルルリエールも、ちゃんと相手の意図を汲んで茶番にのってあげた。
「スターシアナ様、その側妃として相応しい方というのは、まさか」
「もちろん、この私を始めとした王都に居を構える貴族の中でも、高位の家の者ですわ」
自分の意見がスルスルとイメージ通りに言いきれたのだろう。輝かんばかりの得意顔と満面の喜色を浮かべて、スターシアナは宣言した。
彼女の後ろでは侍女達が、その通りです、やはりスターシアナ様しかおりません、等囃し立て、なんとも異様な盛り上がりを見せていた。
「まぁ、それは……困りましたわね」
しかしそんな雰囲気を一刀両断し、ルルリエールはこれ見よがしに嘆息してみせた。
別に教育の行き届いていない侍女達に苛立ちは覚えていない。言わせておけばよいのだ、いちいちつっかかるまでもない。
「あぁら、寵を奪われてしまうのを恐れているのかしら?ムリもないですわねぇ」
「いえ、スターシアナ様にはどうしてもお勧めしたいご縁談がありましたもので。公爵家を取りまとめる女主人として、身分的にも教養的にも相応しいお方というのは限られてくるものですから」
今度は口元を扇子で隠すのはルルリエールの番だった。
さも独り言であるかのように、身体ごと横を向きあらぬ方に目を向ける。
「しかしまさか、公爵夫人よりも側妃を目指しておいでとは。殿下のお渡りが確約できるものではなく、子に恵まれなければ次々新しい側妃が迎え入れられる可能性があり、ましてやその側妃達を束ねる役目も正妃の仕事ですから、最も上位として振る舞えるわけではないという……それほどまでに殿下のお力添えになりたいのですね。素晴らしい献身と忠心ですわ、さすがです。そういうことなのでしたら、やはりこのお話は別のご令嬢に」
心底残念そうにもう一度溜め息をついてみせた後、ルルリエールは切り替えるようにニッコリ微笑み、扇子を閉じた。
「お待ちになって!」
すかさずかかる静止の声に、ルルリエールは結論を言い切るのを止めると、扇子の先を口元に寄せチラリと横目で視線を向けた。
「どうしても、ということでしたらお話だけでも聞いてさしあげてよ。貴方がそんなに仰るなら、特別に」
「まぁ、よろしいのですか?ですが、殿下に健康な御子様をお授けになられるために、是非ご自分の身を捧げたいという崇高なお志がございますのに」
「か、構いませんわ!殿下をお支えする臣下が身を固めることも、また大事なこと!で、どちらの公爵家ですの?もしや、後妻かしら?」
「まさか、仮にも侯爵家の何の瑕疵もないご令嬢に勧める縁談ですのよ?未婚であらせられ、現在国の防衛を司る要職にお就きの、ニルベスタス公爵閣下ですわ」
「なんてこと、アラドヴィアス様!」
ギリギリはしたなくはならない程度に歓喜の悲鳴を上げ、スターシアナは頬を紅潮させた。
それは本当ですの?!と瞳をきらめかせて、先ほどまでとは違う興奮を纏い詰め寄ってくる。
それもそのはず、ニルベスタス公爵といえば甘い顔立ちと穏やかな気性で王都の令嬢達の人気をかっさらう、騎士団の参謀を担う人物である。
騎士に混ざって訓練もしており、細身でしなやかな筋肉と流れるように美しい剣技が見たいという理由から、公開訓練日には観覧席を人で溢れさせてしまうことで有名だ。
もうすぐ30に差し掛かろうというのに、忙しさを理由に縁談から逃げ続けてきたのである。
「ええ、かねてよりお話がありましたもので。わたくしスターシアナ様にお会いしてすぐに確信しましたわ。貴方こそが、閣下のお求めの理想の淑女であると。このような所で立ち話もなんですから、詳しいことは日を改めてお手紙させていただきますわね」
勿論マニフレット侯爵閣下にもお話を通しておきます、と言い添えると、スターシアナは「必ずですわよ!」と念押ししウキウキとした足取りで立ち去っていった。
彼女の侍女達にもその喜びは伝播しているようで、キャアキャアと姦しく騒ぎながら遠ざかっていく。
一団の後ろ姿を見送り、充分にその背中が小さくなった頃合いで、ルルリエールの護衛がポツリと呟いた。
「ニルベスタス公爵といえば、あの?」
「ええ、その方で間違いないわ」
「ようございましたね、マニフレット侯爵令嬢。大層大事にしていただけることでしょう。閣下のお望みの、自信に満ち溢れた真っ直ぐなご気性と、貴族としての矜持と美貌を兼ね備えた、完璧なご令嬢ですもの」
「そうね、また良い縁組みをしてしまったわ」
満足気に頷きあう侍女と主人を呆れた顔で眺めながら、賢明なディカフリオは余計な情報は口に登らせなかった。
ニルベスタス公爵は実は嗜虐趣味の持ち主で、気が強くてプライドの高い女性を精神的に屈服させることに悦楽を感じるらしかった。
内々にその情報を得ていたルルリエールは、そういったデリケートな嗜好には一切触れず、ただ好みのご令嬢を半年以内には紹介する、ということだけを公爵と取り決めていた。
そもそもスターシアナは王都貴族のため父の官職しかすがるものがなく、世襲できる領地持ちの貴族に憧れがある。
トリミットナーレンは山岳地帯も含めればそこそこ広大な国土を有しているが、纏まった数の人間が生活を営み、街や都を築くことができる範囲はその5分の1程と言っていい。山間に広がる限られた平地だけを利用しているためだ。高い所から見渡したとすれば、王都も山間に沿った長細い形状となっていることが解る。
それというのもトリミットナーレンの民は、信仰している山の神であるトリミットナァヴの怒りを買わないよう、不用意に山を切り崩して平地を増やそうとすることがないためだ。
限られた国土は既に古い王侯貴族達の領地となっており、比較的近代に爵位を賜った貴族達には領地はない。王都において官職を円滑にこなすためにも、ある程度の爵位は必要なため、その働きが認められれば一代爵位を賜ることができる。国益となりうる手柄を挙げることができれば、陞爵も可能だ。
そして一代爵位ではあるのだが、それを次代に引き継ぐ裏技もある。
マニフレット侯爵ももともとは子爵から始まったわけだが、何代かにかけて陞爵を果たし侯爵まで登り詰めたのだ。しかし、報奨や屋敷を貰うことはできても、領地はない。
それが王都貴族達の現状だ。
領地持ちへの羨望と嫉妬、憧れと劣等感を、誰もが大なり小なり抱えている。
ルルリエールに突っかかってきたのも、羨望の裏返しのようなものだろう。
それが、領地持ちの公爵と縁付くことが出来るのだ。
傍目から見ても、なんたる僥倖であることか。
「ご実家の抱えるご事情もピッタリですし、侯爵がこのご縁を断ることもないでしょう」
もちろん、本人がいくら騒ぎ立てたとしても、離縁も出来ないはず。
本当に良い出会いを果たせた、と満足気に頷くとルルリエールは歩き出す。
「さぁ、ますます忙しくなるわよ。よろしくお願いね、2人とも」
既に1年間先まで詰め込まれている予定になんとか空きを作り、この縁組みのための段取りを捩じ込むため、そして野望達成のためにも、彼女に立ち止まっている暇はないのである。




