ご冗談を。
王命による王太子との婚約が周知され、身辺整理も済ませたルルリエールは1ヶ月後、僅かな手勢を連れ、居を王都へと移した。
信頼する側近と侍女には自分の思惑を告げ、野望が健在であることを理解してもらっている。
王都のタウンハウスは時々ルルリエールの兄が社交シーズンに使う位で、あまり使用頻度は高くない。
その為使用人も少数精鋭といった最低限の人数でやりくりされていたが、ルルリエールが生活する分には何ら困ることのない快適空間であった。
寧ろ辺境伯の居城よりも、造りとしては若い令嬢に嬉しい仕様であった。
王都に在るだけあって、洗練された佇まいの屋敷と美しい庭園は全体的に調和がとれており、中でも感慨深いのが階段が緩やかで幅広いことだった。
別に初めて目にしたわけでもないが、ルルリエールとしては故郷から離れたという実感がとても湧く光景なのである。
辺境伯の居城は戦場になることを想定されて造られており、侵入者にとっては不都合に感じられるような工夫が随所に散りばめられている。
その最たるものが、階段の幅が狭く急であること。
鎧を着込み武器を所持した敵兵にとっては、移動が煩わしくて仕方ないことだろう。
日常をそこで過ごしている身としては、慣れてしまえばこういうものだと思い不備なく過ごしているが、王都に住む友人が遊びに来た時には顔をひきつらせて無言になられたものだった。
閑話休題。
引っ越し作業も一段落した後、ルルリエールは侍女と共に王城へ婚約者に会いに来ていた。
もともと定められていた面会日、サロンで対面することになった従兄弟は相変わらずの無表情だった。
暫くぶりの再会であること、以前とはお互いの関係を表す肩書きが変わっていること、互いの近況について、話題には事欠かない筈なのに、定型の挨拶後に二人の間に流れたのは沈黙だった。
ヨルンディハイド・ゼノア・トリミットリューシは彫像のように精巧で、いっそ人間味がないほどの完璧な造形の持ち主だった。
非の打ち所のない端正な顔立ちは性別を感じさせず、筋骨隆々とはしていないが、均整のとれた体つきは騎士を思わせる姿勢の良さ。父親である公爵譲りの艶やかな黒髪に、王妹である母親から受け継いだ薄い碧眼。
神から祝福されたような容姿の持ち主ではあるのだが、生憎と表情が全くないのである。
それが一層、彼の神秘性と静謐な美しさを際立たせていた。
もちろん社交界での人気は高い。
表情は動かないが会話をすれば受け答えもそつがなく、話題も豊富。ダンスも一級で、一曲相手をしてもらうだけで夢心地になれるという。
そして特に人脈の形成、根回し、外交に長け、語学も堪能。
武術も一通り嗜んでおり、剣術の腕前に関しては12歳にして指南役を超えたという話である。
もともとは公爵家の次男として生を受けたのだが、その才覚を買われて王位継承順位第1位に抜擢され、10歳で王太子として迎え入れられると同時に現王たるナイトリードの養子にされたのである。
これだけの要素が揃えば完璧超人で近寄りがたい人間のようだが、彼にはその非人間的な印象を和らげる、とても人間的な一面があった。
「この度は災難でしたわね」
お茶と静寂を一頻り堪能した後、話を切り出したのはルルリエールからだった。
「ふふ、片想いの末に失恋。殿下も年相応なところがおありでしたのね。お可愛らしいですわ」
嘗てはヨルンディハイドの人間的な一面であり、今では出来立て新鮮な心の傷口でしかない話題に容赦なく抉り込みをかけて、ルルリエールは口元を扇子で隠しながら上品に笑った。
抉られた当人は不機嫌そうに眉根を寄せただけで、むっつりと押し黙っている。
「敗因は解っておいででしょう?殿下のお気持ちが、王女殿下に程よく伝わっていなかったのだと思いますわ。それから、趣味嗜好が違いすぎましたわね」
「……何を言っているのだ、そなた」
明らかな不快感を隠そうともせず、ヨルンディハイドはルルリエールを冷たく睨みすえた。
当のルルリエールは堪えていないばかりか、お姉さん風を吹かせてニッコリ微笑み返した。
「あら、一緒に敗因を分析、検証しようというのですわ。なにせわたくし達、将来的には夫婦になり支えあわなければならない仲なのですから。問題には協力して取り組まねばなりません。率直に申し上げて、殿下は取捨選択を間違えてしまったのですわ」
ルルリエールの意図を掴みかねたのか、ヨルンディハイドは言い訳をすることもなく沈黙を守った。
それを良いことにルルリエールは客観的な事実として、つらつらと難点を挙げ始めた。
「殿下はあれだけ周りを牽制し、外堀を埋めに埋め、更地にするどころか山を築いて囲うだけ囲ったというのに。にもかかわらず当の本人に好意を伝えず、ただただ怯えさせてしまいましたわ」
紅茶の香りを楽しみながら、口元に笑みすら浮かべる令嬢の対面では、この場で最も高貴な身分の青年が眉間の皺を徐々に深くしていく。
交流を深めるという目的のもと設けられた場とは思えない、殺伐とした空気感に辺りが満たされていく。
離れて壁際に待機している侍従や侍女達も、息を詰め必死に存在感を消しているが一様に顔色が優れなかった。
「せっかく綺麗なお顔をされているのですから、仏頂面などされずに彼女の前でだけでも微笑んでおけば良かったのですわ。あとは惜し気もない愛の言葉ですわね。そのお顔でにっこり笑って甘く愛を囁けば、イチコロでしたでしょうに。実に勿体ないことですわ」
「俺のやり方が悪かったと言いたいのか」
紅茶を口に含んでゆったりと味わうことでわざと沈黙を横たえさせ、ルルリエールは明言を避けた。
普通に問いに対する返事をしてしまえば相手を興奮させてしまい、理性的な会話が難しくなる可能性がある。
ここはあえての冷却期間を挟むことで、相手にこちらの発言をゆっくり吟味させる必要があった。
「それも終わってしまったことですもの、仕方がないことですわ」
そして充分に時間を与えた上で、ヨルンディハイドの我慢の限界がくるであろう直前で返答をすることで、勢いを挫かせる。
しかも散々ダメ出しをされた後に話を一方的に締め括られれば、如何に普段から寡黙で簡潔な受け答えを好む冷静な男でも、苛立ちや話の不規則さに自分を取り繕うのが難しくなってくることだろう。
腹の中ではニヤリと勝利宣言をしながら、表面上はにっこりと良い笑顔を浮かべて見せるルルリエールである。
「次に愛せる方を見つけることができましたら、その時こそ腕の見せ所ですわ。頑張りましょうね、殿下」
しかし曲がりなりにも王太子の肩書きを持つ男は、彼女の狙い通りの反応を示してはくれなかった。
ルルリエールを睨み据えた眼光は鋭いまま、決して表情は硬くなることも、かといって和らぐこともなく。組んだ腕をそのままに、椅子の背もたれに背を預けた。
「何を考えている、女狐」
僅かに視線の角度が変わっただけで、威圧的に睥睨されているような感覚になる。
絶対王者。
持ち前の美貌と醸し出す空気が、彼にこそその肩書きが相応しいと再認識させてくる。
目論見の外れたルルリエールだが、別段堪えていない。
あら、坊やの割にはやりますのね。という心境で、どちらかというと弟の成長を見守る気分に近かった。
日頃失敗をしない男が、ここぞというところでミスをして、大事にしていた宝物を横から掠め取られたのだ。自殺未遂までするほどのショックを受けたはずなのに、もっと憔悴し取り乱していてもおかしくないというのに。
────たった数ヶ月程度で持ち直せるものかしら?
などと余所事を考えるゆとりまであった。
「あら、嫌ですわ。仮にも婚約者に向かってそのようなことをおっしゃるなんて」
「その割には堪えていなさそうだな。言われ馴れているとみえる」
「殿下はまさか、言い馴れていらっしゃるのかしら?そんなお育ちの良くなさそうな言葉、どこで覚えられましたの?」
「なるほど、意味が解るならそなたの育ちも似たような物というわけだ」
「うふふ、面白いことをおっしゃいますのね。まるで子供のように言い返しあって、童心に返ったようですわ」
相手の意図は解った。
意趣返しをされたのだ。
こちらが相手の神経を逆撫でさせて自分のペースに話を持っていこうとしたのと同じように、ルルリエールのこともイラつかせて自分のペースに巻き込もうとしたのだろう。
だからこそ、彼女はその流れに乗らずに降りた。
下らないと笑ってしまうことで話の軌道を変えたのだ。
ヨルンディハイドが雑な会話運びしかしないので、さっさと離脱できたようなものだが。
「まったくだな。ここ最近で一番下らない会話だったことは認めよう」
「ふふふ」
「相変わらず、そなたの相手は疲れる」
「あら、おじさまとのお話し合いでさえ片手間で済まされたのでしょう?おじさまがションボリなさっておいででしたわ。わたくしにも、同じように軽い気持ちで接してくださってよろしいのですわよ?」
邪気なくコテンと首を傾げて見せるルルリエールを、視界に入れるのも気が進まないというように目を閉じて、ヨルンディハイドは眉間を揉みほぐした。
「そなたは俺が唯一苦手とする令嬢だ。婚約者には、そなたが選ばれると解っていた。陛下は性格が悪いからな」
「あらあら、酷い言われようですわ」
「そなたの企みを話せ。腹の探りあいがしたければいくらでも付き合ってやるが、生憎俺は今脱け殻のようなものだ。惰性で政務もするし、王太子の役職もこなすが、アティがいないこの国には何の価値も見出だせない。できたら早く死んでしまいたいくらいだ」
────なるほど、全然立ち直れてはおられなかったのですわね。
ルルリエールは納得した。
表面上はいつもと変わりなくクールに振る舞ってはいるが、やはり彼は平常ではなかったのだ。
それもそうだろう。トリミットリューシの一族は奇人変人が多く、基本的に恋愛事には無頓着だが、一度恋を自覚してしまえばその執着心は他に類を見ない程にしつこく、偏執狂的な様相を見せる。
ましてやヨルンディハイドは恋を自覚するのが早く、幼少の頃からフェアティエリに対する好意を隠しもしなかった。
王太子という役割を然程抵抗なく受けたのだって(基本的に王位継承順位1位保持者は断れないと解っていても王になりたくなんかないと、ごねるだけごねるのがお約束となっている)、将来的にフェアティエリを王妃にして囲い込むのに最適な環境を得る為という、打算と下心が見えていた(といってもルルリエールやナイトリードが察していただけで、それを察せる人間は一握りではあった)。
国王の養子になったとはいえ、フェアティエリとヨルンディハイドは従兄弟関係。婚姻に障害はありはしなかった。
ナイトリードも初めは2人の婚姻の可能性に、反対を示してはいなかった。
しかしフェアティエリが大国バッヘルベルンの皇帝の心を射止めてしまったことと、ヨルンディハイドを本当は苦手に思っていたということが明らかになったことで、事態は急変した。
どちらの婚姻話の方が国にとっての利益になるか。
天秤にかけられた結果、ヨルンディハイドは負けた。
表沙汰にはなっていないがバッヘルベルンの皇帝とフェアティエリの愛を巡る三角関係の末、当て馬のような立場となり、二人の恋愛劇場から退場させられたのである。
───────おじさまも酷なことをなさるわ。
トリミットリューシの人間が、執着対象を取り上げられて正気を保てるわけがない。
失わないように大事な宝物を取り戻そうと躍起になったり、隠してしまおうとするのは、寧ろ一族の中では正常な反応といえた。
見た目に変化は感じ取れなかった為、そんな訳はないのに、ヨルンディハイドは一族の性質が薄かったのかと勘違いされてしまったのだろう(なにせ彼はどんな時も取り乱すことなく、常に無表情なのだ)。
実際には彼は誰に不満を吐露することもなく、陰で淡々と誘拐と監禁の下準備を進め、側近にも気付かれることがないまま計画を実行に移すばかり、という所まで漕ぎ着けていた。
バッヘルベルンの皇帝にその計画を察知され、未然に防がれたとは言われているが。真実はおそらく違う。
計画を実行に移したものの、彼の皇帝に敗北したのだろう。
そして皇帝に温情をかけられ、未遂だったことにされたのだ。
でなければ、ヨルンディハイドが自殺をしようとしたことも、既にフェアティエリを諦めている様子であることにも説明がつかない。
やれるだけのことをやってダメだったから、彼はもう諦観するしか無くなってしまったのだ。
フェアティエリを婚姻までの間、わざわざ辺境伯領で待機させているのがいい証拠だ。
本人の希望もあるのだろうが、物理的に距離を取る必要があると周囲が重く受け止めているからだろう。
「ご安心なさって、殿下」
だからこそ、ルルリエールの役割は重要だ。
艶然と微笑み、従兄弟に己の自信を示す。
「殿下にはこのわたくしが、最高に幸せな結婚生活をご用意させていただきますわ。あの時死ななくて良かった。生きてて良かった!寧ろフラレて良かった!!そう思える程の穏やかで安定した日々を提供させていただくことを、お約束致しましょう」
しかし相手の視線は相変わらず冷ややかなものだった。
表情は変わらないというのに、不満だけはしっかりと伝わってくるのである。
「そなたが?余程色仕掛けに自信でもあるのか?容易に俺を惚れさせることが出来るとでも思っているなら、生憎だがムリな話だ。俺にも好みというものがある」
「あらあらあら、王太子殿下ともあろう方が、従姉妹にあたる王族の1人がどのような活動に力を入れているのか、まさかご存知ないとでもいうのかしら?」
「なに?」
「誰が、わたくし自身で殿下にそのような真似をして差し上げると申しました?生憎、わたくしにも好みというものがあるのです。おじさまの顔を立てて今回の婚約話をお受けいたしましたが。だからといって、わたくし自身の身も心も殿下に捧げる謂れはないというもの」
「では、どうするのだ?そなたが婚約を承諾したせいで、我々は半年後には挙式を挙げねばならないのだぞ」
「ええ、ええ、そうですとも。どこかのどなたかのお陰様で、大国バッヘルベルンに喧嘩を売るような蛮行が行われるところでしたものね?先方が花嫁の縁戚にある者であるため、目を瞑って下さるとおっしゃっておりますが、元凶である御方を無罪放免野放しにしているという印象を与えてはならないのですわ。反省がない、また同じことを繰り返す可能性がある、そう受け取られない為には、もう恋心に終止符は打ったのだと目に見える形で示す必要があるのですわ」
「そんなことは解っている。このようなことに巻き込まれたそなたも災難とは思うが、どうせ以前のように上手く逃げるだろうと思っていたのだ」
以前のように、と指し示されているのは王位継承権を放棄した時のことだろう。
あの時は良かったのだ、継承順位一位にさえならなければいくらでも逃げ道はある。王太子も決まっていたのだから、自分にお鉢が回ってくることはないだろうと確信があったからできたことなのだ。
「可笑しなことをおっしゃいますのね?誰が、祖国の危機を見過ごすものですか。仮にもわたくしは王族の一員ですのよ。戦争の火種、帝国支配を示唆されるような状況は、何よりも憂慮し消火に勤しみたい性分ですの」
自国の王太子の失態はまさしく、トリミットナーレン全体を衰勢に向かわせることになる。
他国から侮られて外交がやりづらくなるくらいなら可愛い方だ。
それよりも大国に弱味を握られ、攻め入るための口実を正当に与えてしまうような事態が好ましくない。
「だからこそ、殿下を幸せにして差し上げたいのです。目の前に幸福が広がっていたら、みすみす放り出すような愚かな選択をなさる方ではないでしょう?貴方だけを愛し、貴方だけが愛でられる小鳥を、檻つきで用意して差し上げようというのです。なにせわたくしは王妃という立場になるのですもの。殿下の為のそういった采配を任されるのがわたくしであることを、とても幸運に思っていただきたいものですわ」
「つまり俺の気に入る側妃を、そなたが用意するというわけか」
「殿下にしてはご理解に時間がかかりましたわね?まだ失恋の痛手が癒えていないのでしょう、お可哀想に」
心底哀れみの目を向けると、王太子は僅かに眉根を寄せた。
「……まさか婚姻相談所とかいう怪しげなものを頼らせる気ではないだろうな?」
「ご冗談を。ちゃんとわたくしが腕によりをかけ、殿下の好みを考慮した、うってつけの人材を選び抜きますわ。最初はわたくしのお友達を紹介する、という形でお茶会を開きましょう。そこでわたくしを通して交流を深められ、気に入った方を御側に召されればよろしいと存じますわ」
「そなた、本気で戦争回避のためにそれが有効と思っているのか?それで思惑が外れたらどうする?そなたが得られるものなど何一つ無いのだぞ」
「あら、思惑が外れることなどあり得ませんわ。殿下もトリミットリューシの一族ですもの、1度執着したものはなかなか手放せないはずでは?あのおじさまですら、最愛の王妃殿下を喪った際には暫く立ち直れなかったではありませんか。殿下はその二の舞にならないよう、奥深く囲い、誰の目にも触れないようにし、隠してしまわれることでしょう」
─────本当はフェアティエリ王女殿下のことも、そうしたかったのですわよね?
口には出さないが、ルルリエールにはヨルンディハイドの執着の行く末が手に取るように解った。
自分の目の届く所に常に縛り付け、他者の目に触れないように奥深く囲って、大事だからこそ失くさないように細心の注意で包み込む。
一般的にはそれを、束縛と監禁という。
しかし言い方をかえれば無償で衣食住を提供してくれ、人間関係に悩ませられることもないように環境を整えてくれるということである。
つまりそういった扱いに不満を感じない人物、社交や外出が苦手、もしくは室内向きの趣味を持つ令嬢を対象に選出したらよいのだ。
既にルルリエールの頭の中にはそういった令嬢のアテが何人かある。
始めからそういう令嬢を候補として集め、その中から王太子がお気に入りを決めることができたら全て丸く収まるというもの。
「殿下が同じ失敗をするとは思えません。次に見つける特別は、きっと死が2人を別つまで、生涯を共に出来るよう努力を惜しまないことでしょう?」
だから不満はあるだろうが、こちらの用意した候補の中から大人しく特別を選出しろと。言外に滲ませて、笑顔に圧を乗せる。
相手は不満そうに顔をしかめはしたが、それを言葉にはしなかった。
「それにわたくしにも旨味はあるのですわ。殿下がわたくしの用意したお相手と仲睦まじくされ、幸福そうにされておられるほど、わたくしの仲介者としての名声は高まり、婚姻相談所に新たな利用客を招き入れることができるのですわ。そしてそれが、わたくしの野望達成に役立つのです」
「野望だと?」
「ええ」
具体的な展望は1つも口には乗せず、ルルリエールは頷くにとどめた。
この国の貴族を陰ながら牛耳り、意のままに操ること。その結果得ることができるもの。
バカ正直にそんなことを告白すれば、余計に相手に警戒され距離が開くというもの。
婚約者という立場に収まってはいるが、相手はルルリエールにとって大口の顧客である。関係はできるだけ良好でありたい。
互いにとって条件のあう婚姻相手の紹介なんて、継承権を持たないしがない王族のただの暇潰しと捉えられることだろう。
しかし実際は、婚姻という人生に多大な影響を与える事象に深く関わり、役立ち、有益なものをもたらしたとすれば、利用客はルルリエールに恩義や負い目を感じる。
そんな彼らは無意識に、ルルリエールが必要とする時に求める働きをしてくれる、素晴らしい手駒となるのだ。
もちろんそんな要望は微塵も感じさせず、交渉が必要になるまでは、ただ他人の仲を取り持つのが趣味の社交的で気の良い令嬢として振る舞うのだ。
使えそうな情報や貸しは普段使いなどせず、ここぞという時まで取っておくのが定石というもの。
それに婚姻相談所の存在は、ルルリエールがあらゆる情報を集め扱うことに対する最適な理由付けとなる。
その存在を社交界に自然と浸透させ、無理なく維持し続けることこそが当面の目標と言えた。
ルルリエールが王太子と側妃の仲を取り持ち、二人が仲睦まじく過ごすことはその目標達成におおいに役立つ。
「1つ、訂正がある」
胸中でニンマリ笑みを浮かべながらも、表面上は淑女らしさを失わなかったルルリエールに、標的として認定された当人は気が進まないのか、唸るような低い低い声で告げてきた。
「別に好意を伝えなかったわけではない。アティにそのままの意味で受け取ってもらえなかったのだ。嘘くさい、と」
そっと目を伏せながら告白する姿は、ただの年頃の健全な青少年のもので、ルルリエールは思わずほっこりした。
日頃あんなに人間味がない人形みたいな無表情と冷徹な男が、恥を偲んで自分の辛い過去を打ち明けているのだ。
それはつまり、彼は自分の提案に乗ることをとりあえずは了承してくれたということだろう。
─────尊いですわ!
精巧な美貌の王太子の非常に珍しい表情と、割りと素直な態度に新たな嗜好の扉をノックされ、思わず標準装備の腹の黒さを休憩させるほどの感動をルルリエールは覚えた。
─────これがギャップというものなのね。この武器をしっかり自分の物として自在に使えれば、間違いなく殿下はお望みの小鳥を手中にできますわ!
もはや勝ち戦確定である。
見事達成することができれば、ルルリエールの地盤固めは盤石なものとなる。
それが容易に叶いそうだと思うと、高揚感も増すというものだ。
それがより一層、ヨルンディハイドの恋人探しにやる気が漲ってくるという好循環となるのであった。




