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これは貸しですわよ?

グルルドレーフ辺境伯領。

山岳に囲まれたトリミットナーレン王国の中で、唯一他国へと繋がる街道が整備され、その唯一の街道も周囲の険しい山を利用した要塞門により塞がれている。

日夜出入りの制限と監視の目が光るその門は、現在いつにない警戒態勢で物々しい雰囲気の中にある。

要塞門には日頃の倍兵士が常駐され、門前街には警羅の兵士がそこかしこにいる。

間もなく戦争でも始まるのかと思わせるピリピリとした空気が漂っているが、それもまた仕方のないことだった。

近い内にこの国の王族たるフェアティエリ第一王女殿下が、大国の王に嫁ぐこととなっている。彼の王は万全の体制を整えた上で迎えに来ると宣言し、王女殿下はその迎えをこの辺境伯領で待っているのである。

小国とはいえ一国の王女をそこらの宿に泊めておくわけにもいかず、長期の逗留ともなると警備の都合上自然と王女が身を寄せるのは領主たるグルルドレーフ辺境伯の住まう城となる。

戦時を想定した実戦向きの城は、城内の構造は入り組んでいて決して歩きやすくはなく、階段も急で狭い。鮮やかな色彩の花や芸術に特化した像の配置された庭もなく、あるのは侘しいわけではないが落ち着いた造りの庭園。

言うまでもなく高貴で温室育ちな王女殿下向きではないが、当人は今のところ不平不満1つ漏らしたことはないという。

城自体は必要な物だけを集めたといった体の簡素、簡略化された装いをしているが、別にみすぼらしい物ではないのだ。

家具や小物に至るまで上質な物を揃え、使用人は皆躾が行き届いている。

若い女性向きではないというだけで、充分に領主──王族であるグルルドレーフ辺境伯が住まうに相応しい城であった。


城には現在王女とは別に、非公式の客人が訪れていた。

その人物は城の主を差し置いて、最も高貴な者が座るべき席に腰を沈め、全く緊張や警戒とは無縁の寛いだ空気を纏っていた。


「やぁ、ルルリエール。壮健そうで何よりだね」


むしろゆるゆるに緩みまくったヘラりと締まりのない笑顔のせいで、年齢に見あった威厳や落ち着きを発揮させることなく軽薄そうにさえ見えた。

金髪に薄い碧眼で甘い顔立ちなのだが、装いだって最上級に高貴な者のそれだというのに、話し方とその表情のせいで全てが台無しと言えた。


「ご無沙汰しておりますわ、おじさま。おじさまもご健勝であらせられ、お(よろこ)び申し上げますわ」


呼びかけられた令嬢はにっこりとお手本のような柔らかい笑顔を浮かべ、完璧なカーテーシーをきめた。

薔薇色の豊かな髪に碧水晶を思わせる瞳。白魚のようなたおやかでほっそりとした手と、華奢でありながらメリハリのある体に相応しく、豪奢(ごうしゃ)と表現するのがしっくりくるような美貌の女性だった。


「ありがとう。いやぁ、ますます美しくなったねぇ。バローも鼻が高いだろう」


「いやですわ、こんな嫁き遅れに。わたくしもう23歳ですのよ。でも、ありがとうございます。もったいないお言葉ですわ」


コロコロと鈴を転がすような笑い声を上げ、令嬢──ルルリエールは勧められた席に座った。

男性とはテーブルを挟んで対面の席となる。


「ナイトリード、さっさと本題に移れ。お前は多忙な身だろう、こんな所で油を売るんじゃない」


「えー、冷たいなぁバロー。せっかくの姪っ子との久々の語らいなのにぃ」


「俺もいつまでも砦を空けてられん。特に今の時期はな」


「いやぁ、迷惑かけるねぇ」


席があるにも関わらず腰を落ち着けることなく、窓際から鋭い眼光を要塞門に走らせる男性が、しかめつらしい顔に見あった厳しい声をあげる。

バローと呼ばれた彼はルルリエールの父であり、この辺境伯領の領主である。

ロザリクバロード・ネテア・トリミットリューシ。

王兄であり辺境伯であり王位継承順位第2位保持者である。

肩書きは多いが彼が主に掲げる身分は辺境伯である。

そんな彼は、髪と瞳の色味は全く同じだが自分より数倍甘い顔立ちの客人を弊睨し、溜め息をつく。

別に迷惑とは思っていない。辺境の守りは彼の職務の一環であるし、顔立ちはあまり似ていないが自分の片割れとして共に生まれた弟に対して、負の感情も全く抱いてはいないのだ。

家族仲は至って良好。

でなければ非公式の場とはいえ、こんな不敬な言葉遣いや態度が許されるはずもない。

寧ろ好き好んで辺境に住み着いているのである。

そんなことは百も承知の筈のこの国の王、ナイトリード・ノトア・トリミットリューシはヘラヘラしながらも申し訳なさそうに眉尻を下げている。


「じゃ、本題なんだけど。ルルリエール、君に良い話を持って来たんだ」


「あら、なんですの?わたくしの開設する婚姻相談所に陛下の御墨付きでも頂けるのかしら?」


姿勢を正して真面目な空気を作り出したナイトリードを茶化すように、ルルリエールはとぼけて片頬に手を宛てコテリと首を傾げた。

そして仮にも一国の王たる男は、姪のそんな言葉に目を見開いてせっかく装った真面目さをあっさり霧散させてしまった。


「おや、もうそこまで漕ぎ着けたのかい?バロー、さすが君の愛娘は優秀だねぇ。やっぱり辞退されたのは痛かったなぁ」


婚姻や婚約というものは基本的に親同士、もしくは一族の長が様々な条件や派閥を加味して政略的に取り決めるのが一般的だ。

でなければ夜会等で当人同士が出会い、意気投合した上での婚約というものもある。

わざわざ全く関係のない第三者が、しかも仕事で関わりのある上司でもないのに、婚姻や婚約に口出しや相談を請け負うということはまずあり得ないことだった。

にもかかわらず、ルルリエールはそんな常識を無視した相談所の、開設手前まで準備が進んでいるというのだ。

それは集客が見込めるという自信と、各所への根回しや交渉事が済んでいるということだ。

この国では全く未知の分野であり、並の貴族なら賛同者を募るのも難航しそうな新事業であるにもかかわらず、だ。


「俺はそうは思わん。そもそも、これには向かない」


しかし彼女の父は娘の優秀さを称賛されているにも関わらず、全く嬉しくなさそうにやれやれと首を横に振った。


「そうですわ、おじさま。慎んでお断り致します。だってわたくし、表立って采配を振るうより、影からそっと牛耳りたいのですもの。極力私の存在を匂わせたくないのに、王位継承権なんて邪魔でしかないでしょう?」


「相変わらずだねぇ。じゃあ、野望は健在なわけかぁ」


「もちろんですわ。わたくしが貴族達の婚姻や婚約の橋渡しをし、パワーバランスを整え、全体の調和を保ちつつ皆の弱味を握り、良いように利用するのです。もちろん、国力を損なわせるような真似は致しませんし、ちょっと必要な時だけ融通(ゆうずう)(はか)っていただけるようにするだけですけれど」


おっとりと微笑む令嬢───ルルリエール・パマラ・トリミットリューシは、王族に在って王族らしからぬ野望と行動力の持ち主であった。

仲立ちした恋人達や政略婚約の成婚率はほぼ十割。

広い人脈と出所不明だが確かな情報網を持ち、社交のプロ中のプロ。人の弱味は握るが自分の弱味は決して握らせない。

滑らかな語り口に、決して人を不快にはさせない雰囲気と、女性ならではと断じてしまうには惜しい程の細やかな気配りを発揮する。

己の美しさを理解した上で、それを磨き上げることに余念がなく、常に洗練された装いで隙が無い。

この国の貴族で彼女に対し悪い印象を(いだ)く人間は、誰1人としていないだろう。

しかしその実態は、自分の野望の為なら都合よく他を利用することも躊躇(ためら)わない、容赦のない利己主義者だった。

同時に彼女は現実を見据えた、賢明で合理主義な利己主義者である。

相手にとって無理な要求は突き付けないし、一般的になら無理と断られたであろう要求も、相手が無理とは言えない状況と条件を整えて了承させてしまうのである。

その手腕は現国王も舌を巻くほどであり、王位継承順位の繰り上げを真剣に検討させた。

本人はあっさりと、継承権自体を手放してしまったが。


この国では次の王の候補を王族の中から現国王が選ぶこととなっており、国王は決まって非凡な才能の持ち主であった。

一族の中には必ず、突出した才を持つ者が生まれるのだが、その才を見つけ出すのが国王だ。

王が才を認めさえすれば、男であろうと女であろうと性別は関係なく等しく王位に就くことが出来る。

逆に才を認められなければ、王族であっても王位継承権は与えられない。

王の好き嫌いに左右されそうな危うい選定方法であると批判した貴族も(かつ)てはいることにはいたが、今ではそのような心配はされていない。

何故ならこの方法で王位に就いた王以外が国を治めようとした際、途端に国が傾き出したからだった。

当時、王族ではあるが血が薄いと陰口を叩かれていた王位継承順位第一位の王太子が、王位を継ぐのを拒否して逃亡した。その為国王の子でありながら王位継承順位が低く、しかし野心のあった男が王位を継いだところ半年程で財政が回らなくなり始めた。一年で外交に問題が生じ、更に半年後疫病が流行したが対策が後手になり、国が滅亡しかけた。

その頃には逃亡した王太子を見つけ出し、連れ戻すことに成功していた重臣達の説得の末、王位に就いて貰った。するとわずか半年程で国を建て直したという。

似たようなことが何度かあり、誰しもが王による選定と才覚を見い出された上での王位継承権の保持に納得し、王国全土にそれが周知されて久しい。

だが、才能を見いだされたからといって、継承順位第一位でない限りは辞退も可能なのだった。

そして王族はどういうわけか王位継承順位が高ければ高いほど、奇人変人性格に難有りという確率が高く、だいたいは継承権を保持すること自体を辞退してしまうのである。


「発言内容だけ聞くと相当な危険人物なんだよねぇ、ルルちゃんて」


「だから責任持って辺境伯領から出してないだろう。安心しろ、嫁にやる予定もない」


若干遠い目をして嘆息する父に、幸せが逃げてしまいますわよと、軽く声をかけて娘は扇子でヒラヒラと労うように風を送る。

その様を眺めながら、それなんだけどねぇ、とナイトリードは気まずげにしながらも軽い調子で口を開いた。


「実は今日は、ルルちゃんに縁談を持って来たんだ」


「縁談、でございますか?」


うん、そう。と羽のように軽い相槌を打つ王に胡乱(うろん)な目を向け、王兄は「相手は?」とすかさず確認した。


「正直、国内でこれを(ぎょ)せるような人物に心当たりがないんだが」


「ところがバロー、1人居るんだよ。というか、ルルちゃんに御してほしい相手でもあるかなぁー」


「わたくしが、主導権を取るのですか?」


目をぱちくりと瞬きさせ、年齢より少し幼い表情を浮かべるルルリエールに、問われた側は歯切れ悪く応じた。


「うーん、なんていうか説明が難しいのだけれど。ルルちゃん、野望の為にちょっと王太子妃に、ゆくゆくは王妃になってみないかい?」


「王太子妃?つまり、相手はあの王太子か」


「そう、その王太子」


瞬時に状況を察して苦虫を噛み潰したような顔をするロザリクバロードに、困ったような笑顔をヘラりと浮かべるナイトリード。

そんな二人を尻目にルルリエールは、いっそ無邪気に見える笑顔と大袈裟な動作で両手を打ち鳴らした。


「あぁ、あの、長年懸想(ながねんけそう)していた王女殿下に、外堀を埋めまくっていた癖に逃げられてしまった、ヨルンディハイド王太子殿下のことですわね」


「言い方!もっと包んであげて!」


「うふふ、では改めまして。片想い相手で16歳の成人したての王女殿下にしてやられてしまった、王位継承順位第1位保持者のヨルンディハイド様のことですね」


「包めてない、包めてないよ!寧ろより一層(けな)してるよ!」


「とはいえ、お前の差し金でもあるんだろう。国の利益の為に、可愛い娘を差し出す相手を鞍替えしたんだろ?」


ジロリと冷たく睨み据えられ、ナイトリードは軽く肩を竦めた。


「まぁねぇ、さすがに大国バッヘルベルン相手だったら、後妻とはいえ正妃として迎えてくれるっていうし、破格だよねぇ。しかも相思相愛なんだもん、お父さんとしては娘の幸せ願っちゃうよ」


「今更父親面か?嫁いだ後も苦労はすると思うがな。一国の王女とはいえ、国力が違い過ぎる。うちは小国だし、バッヘルベルンの一貴族からもナメられるだろう。取り入りにきたと思われて警戒もされるだろうな」


「そこはお互い織り込み済みだろうからねぇ。僕がとやかく言うことじゃないよ。で、残された僕の可愛い後継者のことなんだけどねぇ」


「確か、思い余って王女殿下を監禁しようとするも計画を察知されて未遂に終わり、世を儚んで自殺未遂をされたのでしたかしら?」


涼しい顔をしながら、すかさず口を挟んできたルルリエールに、ナイトリードは思わず顔をひきつらせた。


「えー、箝口令(かんこうれい)敷いてるのになんで知ってるかなぁ」


「ご安心なさって、別に誰もが知っているわけではありませんの。わたくしは特別なのですわ」


ニッコリと、お手本のように綺麗に笑うルルリエール。その内面は一切伺い知れない。


「ねぇねぇ、バロー。ルルちゃんめちゃくちゃ怖いよ。どうなってんのこの子の情報網」


「それを知った上で、お前はこれをあの王太子の嫁にと望んだんだろう?王位継承順位第4位を辞退し、婚姻相談所なんて未知な物を作ろうとしてる、この変わり種の王族に」


ロザリクバロードは呆れたように鼻を鳴らすと、自分の娘を軽く一瞥しただけで、些事だと言わんばかりにまたあらぬ方へ視線を送った。

その姿には、娘をいづれ嫁に出すことに対する苦悩や抵抗感が一切感じられない。

早まったかなぁ、と眉尻を下げながら弱く微笑んで、ナイトリードは再び姪と視線をあわせた。


「おじさま、わたくし思うのですけれど。殿下は御歳18歳におなりですわ。こんな歳上の嫁き遅れ、婚約でさえも耐えられないのではございませんか?」


成人は16歳からで、結婚適齢期は20歳までとされている。普通の令嬢なら遅くとも22歳までには嫁いでいるものなので、ルルリエールは言い訳のしようもなく完全な嫁き遅れであった。


「あ、それは大丈夫。今回の始末をつけるために、僕の連れてきた令嬢と有無を言わさず婚約確定させる、って通達しといたから」


「なるほど、わたくしとの婚約自体刑罰の一環なのですね。理解しましたわ」


箝口令を敷き、無かったことにしたとはいえ、問題を起こした王太子をそのまま放免には出来ないのである。

まして大国へ嫁ぐ予定の王女殿下を害そうとしたようなものなのだ。下手をすれば両国の関係にヒビを入れかねない事態だった。

何かしらの枷を、それとは周囲に悟らせないように罰として与えなければならない。

そう考えれば王太子の恋心に終止符を打つ為の婚約、そして彼の行動の監視や制限が可能となる婚約者の存在は、確かに罰則として与えるには丁度良いものだ。


「えー、そんなつもりないよ!ただ、今後ちょっと、思い余った行動が出来ないように、同等程度の思考力を持っていて、婚姻に夢を持っていない令嬢が必要だと思ってさ。ルルちゃんしか思い当たらなかったんだよ。お願いルルちゃん、おじさまを助けて」


「うふふ。おじさま、これは貸しですわよ?それに、その役職を引き受けたとしても野望は捨てませんので、ご了承くださいませ」


「うんうん、それでこそルルちゃんだよ。引き受けてくれてありがとう。きっと王妃という肩書きは、君の野望達成の一助となると思うよ」


そう願いますわ、と艶然と微笑んで見せ、ルルリエールは腹の中で王都への移動や、開設予定だった相談所の処遇、諸々の引き継ぎ事項についてどう算段をつけるか思考し始める。

王妃というのは表だって活動することが多いが、扱いとしては間違いなくお飾り王妃だ。

慰問や慈善事業への取り組み、公式行事に顔を出す位で政治への参画はないだろう。

無論、王命による婚約であるので王太子からの愛は得られないだろうし、白い結婚になる可能性が高い。

そしてお飾りである方が、ルルリエールには何かと都合が良い。


──せいぜい国民に愛される偶像になることにでも徹して、裏側からこっそり貴族達を牛耳ってやりましょう。


広げた扇子で表情を隠しながらも、ルルリエールは企みに胸を踊らせうっそりと微笑んだ。









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