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聖女扱いの第四王子ですが、天才剣聖の少女に翻弄されています  作者: MagicFactry


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32/35

第32話 怒りではなく

第32話です。

貴族街の空は、ほとんど夜の色だった。


昼のはずなのに、陽は黒霧に覆われ、街路は灰色に沈んでいる。

瓦礫の散らばる石畳の先で、黒霧の核が脈動していた。


その手前。


血に濡れた石の上に、フィアナ・カルディアが立っている。


肩を裂かれ、呼吸は荒い。

それでも剣を構え、核を睨んでいる。


「……まだ、終わってない」


足元には、倒れた青年と、その婚約者。

互いを庇い合い、傷ついた二人。


黒霧はそこから吸い上げるように、悪意を増幅していた。


――奪われたくない。

――失いたくない。

――選ばれたい。


囁きが、街を満たす。


「フィアナ!」


その名を呼ぶ声が、霧を裂いた。


振り向く。


石畳の向こう、灰色の中から現れたのは――


「……リュシアン」


彼の手に、細剣。

見慣れない光景。

祈りの王子が、刃を握っている。


「どうして」


「迎えに来たわけではない」


息を切らしながら、それでも真っ直ぐに立つ。


「隣に立ちに来た」


その言葉に、胸が震える。

黒霧が唸る。

核が、二人を認識したかのように膨らむ。


「下がれ、リュシアン! これは――」


「君一人では足りない」


遮る。

だが声は荒れていない。

怒鳴りでも、激情でもない。


「私一人でも足りない」


細剣を、静かに構える。

震えは、ある。

恐れも、ある。

だが。

怒りではない。

胸の奥にあるのは、静かな決意。


「私は、逃げた」


黒霧が触手のように伸びる。

踏み出す。

細剣が初めて、黒霧を裂く。


軽い。

だが確かに、切れる。


「君を守ると言いながら、君の選択から目を逸らした」


刃が弧を描き、霧を払う。


フィアナが隣に並ぶ。


「……今さら」


「今さらだ」


それでも。


「今からだ」


核が脈打つ。


巨大な塊が、二人へと押し寄せる。


「来る!」


フィアナが踏み込み、斬る。

だが押し返しきれない。

その隙に、リュシアンが祈りの言葉を紡ぐ。

白い光が、細剣の刃に宿る。

黒霧が、わずかに怯む。


「怒りでは斬れない」


自分に言い聞かせるように。

怒りは、悪意と同じ。

増幅する。

燃え広がる。

だが。


「私は、選ぶ」


細剣を握る手が、安定する。


「君の隣に立つことを」


踏み込む。


フィアナの斬撃と重なる。

黒霧が裂ける。


「リュシアン!」


「フィアナ!」


呼吸が合う。

言葉はいらない。

斬る者と、浄める者。

だが今は、両方だ。

核が悲鳴を上げる。

囁きが強まる。


――選ばれたい。

――奪いたい。

――壊したい。


「違う」


リュシアンが低く言う。


「選ぶのは、壊すことではない」


細剣が光る。

怒りを押し殺すのではない。

抱えたまま、向き合う。

嫉妬も、恐れも、失う怖さも。

消えない。

だが。


「それでも、私は」


踏み込む。

フィアナの刃が、核を抉る。

その中心へ、細剣を突き立てる。


「決めた」


静かな声。


白い光が、黒霧の中心を満たす。

怒号のような音が、街を震わせる。

核が、ひび割れる。

フィアナが息を呑む。


「……怒ってないんだね」


「ああ」


額に汗を浮かべながら、微笑む。


「怒りではなく」


剣を、さらに押し込む。


「決意だ」


ひびが広がる。

黒霧が崩れ始める。

まだ完全ではない。

だが、確実に。

二人の刃は、同じ方向を向いていた。

お読みいただき、ありがとうございました。

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