59 熱血教師は報われない その1
俺は東山田高志。二九歳になる『曲がったことが大嫌い』な社会科教師だ。(地理歴史と公民の両方の教員免許を持っている。)
前の学校は理事長の息子のわがままを見逃せなくて、教頭と大喧嘩をした後、その学校を『任意退職』せざるを得なくなったのだ。
その際、ちょうど風流院高校の校長からなぜか声を掛けてもらうことで、六月に入ったばかりだというのに教師として採用してもらえたのは本当にありがたいことだ。
風流院高校は偏差値的にもかなりいい方で、生徒達も全体的には非常に素行がいいと聞いている。 ただ、『あちこちからユニークな生徒達を推薦入試で採っている』から、変わった生徒も多いと聞いている。
ユニークなのは悪いことじゃない。
何しろ、俺自身が高校受験に失敗してからヤンキーになり、定時制高校で恩師と出会うことで教師としての道が開かれたのだから。
校長は小太りで眼鏡をかけた温厚そうな初老の男性だった。
「こう見えても昔はいろいろやんちゃをしたものです。」と楽しそうに語っていた。
「そうそう、注意点があります。この学校の生徒達はほとんどすべての生徒が人間性には大きな問題はありません。
…ですが、素行が非常に変わっていたり、特別な事情のある生徒が何人もいます。
要注意事項のある生徒をクラスごとにまとめていますので、授業前には一通り目を通しておいてください。
くどいようですが、『特別な事情』であって、人格的な問題ではないので、可能な限り大目に見てあげるようにしてあげてください。」
校長はそう言って、クラスごとのマニュアルを渡してくれた。
そんなわけで、初の授業はここ三年雪組の公民の授業となった。
要注意生徒が一四人。うん、以前のいくつかの学校でも一クラスにこんなに『要注意生徒』がいたことは珍しい。
それもいろいろ要注意事項が書きこんであるのだ。
一通り目を通したつもりであったが、『授業を抜けたいと申し出た際は必ず許可すること』と書いてあった生徒が何名かいたのを見逃したのは後でトラブルになったのだ。
授業自体は大きな騒ぎにもならずに静かに始まった。
特に騒ぐ生徒や寝る生徒もなくむしろ今までの高校の中では一番授業態度は良かったと言えるだろう。
ただ…要注意事項が一番たくさん書いてあった生徒、石川瀬利亜の隣で、『補助席』を出して、『猫耳』の一四歳くらいに見える女の子がタブレットを操っているんだが…。
その猫耳の女の子が静かにタブレットを見ているせいか、石川はもちろん、他の生徒達も誰も何も言わずに授業に集中している。
…猫耳の女の子には尻尾まで生えていて、くるくる動き回っているのだが…。
…これはあれか?幻覚か?!俺だけが幻覚を見ているのか?!!うん、誰も何も言わないということはきっと幻覚だよな??!!!
そんなことを思っていると、一人の女の子が誤って羽ペンを机の下の落っことした。
…えーと、羽ペン?と思ったらその女の子はやたら美人で耳がえらくとんがっているのだが…。ファンタジーゲームのエルフ?……ストレス解消にMMRPGをやりすぎた後遺症か?!!
その羽ペンを猫耳の女の子が拾って、エルフ?の女生徒に手渡している。
「あら、トラミちゃんありがとう♪」
「どういたしましてなのにゃ♪」
周りの生徒達は二人をちらっと見やった後、にっこり笑って、元の授業の体勢に戻った。
全員二人を認識しているよ!!!
「…え、えーと、石川…さん?」
少し迷った後、俺は石川に声を掛けることにした。
「はい、なんでしょうか?」
銀髪ハーフの『宝塚系の美人』である、石川は意志の強そうな目を不思議そうに瞬かせながら、俺を見た。
「そこの娘さんは君の関係者かな?どうして、生徒でない女の子が授業中クラスにいるのか説明してもらってもいいかな?」
「ふっふっふ、こう見えても私は送迎バスの運転手で、このクラスの所属にゃのです♪」
ええええ!!!猫耳の女の子がドヤ顔でとんでもない説明をしだしたよ!!
「…ええと、概ね、トラミちゃんの説明の通りです。『諸々の理由』により、トラミちゃんはこのクラスにいてもらった方がいいという判断になりまして、このように授業に邪魔にならないよう待機してもらっているのです。」
何を言っているのかさっぱりわからないんだけど!!諸々の理由ってなに?!
しかも問題は本人や周りの生徒達の表情から『どう見ても石川が真剣に話している』ことがわかることだ。
いやいやいや、そんなことはあるまい?!!これは冗談だ!そうに決まっている!!
だったら、説明に穴のあることを突けば、『俺のペース』に持って行けるはずだ!!
「なあ、トラミちゃん、日本の社会では君の年では免許はとれないはずだよね。」
「ふっふっふ、それが瀬利亜ちゃんが『いろんな権限』を駆使してくれて、バッチリ免許が取得できるように手配してくれたのにゃ♪」
そう言って猫娘は運転免許を取り出した。
『大型二種免許』だよ!!で、なんで生年月日が西暦二二二二年二月二二日なんだ??!!
「こ、この生年月日……。」
俺が何とか言葉を絞り出すと、猫耳娘はドヤ顔で答えた。
「ふっふっふ、実は私は二二世紀の未来から瀬利亜ちゃんを破滅の運命から救うために時空を超えてやってきたのにゃ♪
…と思っていたら、人違いだったのですにゃが、瀬利亜ちゃんいい人なので、友達になってもらって、よく遊びに越させてもらってるにゃ♪」
ねえ、そのドラ◎もんをまるごとパクリ損なって、変になった設定はなに?!!どこから何を突っ込んだらいいの?!!
「あれ、トラミちゃん、生年月日が二二二二年ということは『二三世紀から来た』の間違いじゃないの?」
……ええと、確か綾小路と言う女生徒が猫耳娘の免許証を見ながら首をかしげている。
「そうだったのにゃ?!!てっきり二二〇〇年代だから二二世紀だと思っていたのにゃ。遥ちゃん、教えてくれてありがとうにゃ♪」
……生徒たちは二人を暖かい視線で見ている。
………クラス全員がこの事態を当たり前のように受け入れているんだけど?!!!
そんな時、突然、誰かの携帯…石川の携帯に小さく着信音があり、石川が画面を見て…顔色を変えた。
「先生!頭痛と神経痛と生理痛が酷いので保健室に行ってもいいでしょうか?」
「えええええ!!!元気バリバリの状態で何を言ってんの??!!!」
俺はあまりのことに叫んでしまった。
すると、石川は明らかに困惑した状態になり、しばし、考えた後口を開いた。
「…先生、申し訳ないですが、家族が事故に遭って大変な状態に……なる人が私が行かないと出てきそうなんですが、外出許可を頂いてよろしいでしょうか?」
「言っている意味がさっぱりわからないんだけど??!!」
またもや俺は叫んでしまう。
「先生!!石川さんを行かせてあげてください!お願いします!!」
先ほども猫耳娘に声を掛けていた綾小路が俺に思い切り頭を下げる。
「「「「先生、お願いします!!!」」」」
えええええええええ!!!石川以外の全ての生徒が頭を下げているよ!!!
「わ、わかった。行ってくれて構わない。」
事情はさっぱり分からないが、俺の本能がここはイエスと言う以外の選択がないことを感じ取っていた。
「ありがとう、先生!
…そうだ、トラミちゃん、ちょっと付き合ってくれるかしら?」
「わかったにゃあ♪任せるにゃ!」
石川は俺に頭を下げると、猫耳娘と一緒に教室を飛び出していった。
しばし、呆然としていた俺に再び綾小路が声を掛けてきた。
「先生、それでは授業を再開しましょうか♪」
にっこり笑う綾小路に俺はうなずくしかなかった。
三年雪組の授業はつつがなく再開され、つつがなく終わった。
そして、他のクラスでもいくつか『不思議な現象』が見られたが、特に大きな問題は起こらず、何とか授業を終えた。
放課後校長に今日あったことをとても信じてもらえないだろうと思いながらも説明した。
すると……。
「そうか、そうか。『特殊事情を話さなくても』君なら大丈夫だと見込んだ甲斐があったよ♪
いやあ、明日からもよろしくお願いします♪」
ええええ?!!校長、何を言ってんの?!!
「うわあ、校長。相変わらず酷い真似しはるんやね…。もうちょっとしっかり事情を伝えてあげんと東山田せんせ、気の毒やで。」
…確か、三年雪組の担任の錦織教師が校長室の前に立っている。
「錦織君、何を言っているんだね。今日くらいのことでへこたれているようじゃ、うちの教師なんぞ務まらんぞ。ほら、ちゃんと『注意事項』も渡しているし♪」
「そりゃあ、そうかもしれへんけんど。……校長。この注意事項、えらい悪質やで。本当にヤバイ注意事項が『小さくて読みにくうなっとる』やんけ。PL法違反を無理やり回避するために作ったインチキマニュアルみたいな仕様になっとるやん。」
愕然とする俺に錦織教師は俺に同情するような視線を向けている。
「はっはっは、それでは今日受け持ったクラスをメインにもう一度その注意事項に丁寧に読んでみたまえ。いろいろ面白いことがわかるから。
それから、明日にはきっちり質疑応答に答えるから。お疲れ様。」
明日からの学校生活が酷く不安になりながら、俺は校舎を後にしたのだった。
続く




