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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 一章 大平原の獣人
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第7話 初テイム

 東国軍の本陣に混乱を与えるため、近場から魔物を鹵獲してくることにした。

 本陣の真ん中に落とせば、動揺は相当なものだろう。

 しかし問題は、魔物の強さだ。

 そのまま本陣を壊滅させるほどの強さはいらない。

 せいぜい威圧程度の強さがあればいいのだ。

 理想は、すぐに討たれず、かといって虐殺しない程度の攻撃力があることだ。

 重要人物を拉致するための囮に使えればそれでよかった。


 魔力で探知して魔物を探すことにした。

 一団から離れようとすると、当然と言った顔で猫ちゃんがついてくる。


「マリノアさんや?」

「……言って聞かせます」


 さっきのぎゃーぎゃー泣き喚くのを見た後だと、ちょっとの別行動でも引き金を引いてしまいそうだ。

 マリノアの通訳で、俺だけ一団から離れることを前持って伝えたのだが……。


「力足りず、すみません……」

「ガジガジ、ぐるる……」


 ローブに噛み付いて離さない猫ちゃんの出来上がりだ。


「じゃあ猫ちゃんだけ連れて行くよ」

「いいんですか?」

「出来ないことでもないから」


 猫ちゃんを連れて行く労力は、置いて行って泣かせる可能性を思えば苦ではない。

 下がった好感度の戻し方なんて知らないし。

 前の人生で好感度なんて上がった試しがないしな!


 リーダーと打ち合わせをし、彼らに待機をお願いした。

 俺はサクッと魔物を捕まえてきて、本陣に落とす。

 その混乱に乗じて大将を拉致。

 獣人たちは騒ぎに乗じて食料庫に火をつけられるならつけ、破壊できるものは破壊して離脱。

 要は撹乱をお願いするつもりだ。

 大将を人質に交渉を進め、戦闘奴隷の契約解除と解放を行わせれば目的達成。

 俺は猫ちゃんを連れて村まで旅をし、その他の獣人たちは東の故郷へ帰ればいい。


 まぁ、そうそううまくいかないよね。

 大将を拉致るっていっても、障害はいくつもあるだろうし。

 獣人たちが捕まってしまうこともあるし。

 獣人たちに命令を与える者に遭遇してしまったらアウトだし。


 無計画に近い計画だが、なんとかなると思っていた。

 兵士たちの練度では、俺に傷ひとつつけられないからだ。

 ひとりふたりなら瞬殺できるし、広範囲魔術で数百人を無力化することもできる。

 猫ちゃんに被害が及ぶのが今のところ一番の懸念だが、そうならないように手を尽くそう。


 猫ちゃんがしっかりと首にすがりついている。

 振り落とされないように必死だった。

 猫ちゃんはさっきまで興奮していたが、今はローブに顔を埋めて、何も見ないようにしている。

 どうやら高いところが怖いらしい。

 地面すれすれを移動してもいいのだが、突然地面から思わぬ生き物が飛び出してくるかもわからないので、危険性を重視した。


 気まま空の旅は、心がすっとした。

 村は雨が続いて鬱々としていたから、こうして空気の乾いた場所で、地平の果てまで平原が続く様を眺めていると、実に開放感に満たされた。

 しかし自分のことばかり考えていられない。

 猫ちゃんに気を配ってないと、どこかで落としてしまう危険があった。

 一応命綱を互いの腰に結んでいるものの、何があるかわからない。

 飛行系モンスターに襲われることだってあるのだ。


 俺は目的地があって進んでいる。

 まっすぐ進んだところに、そこそこ強そうな魔物の魔力を感じている。

 その魔物が今回の作戦に適しているかわからない。

 まぁ、大軍を壊滅させるほどの魔物でなければいいだろう。

 最悪狩られてもいい。


 平原の向こうに小さく魔物が見えてきた。

 甲羅を背負った亀だった。

 陸亀か。

 じっとしている。

 近づくにつれ、小粒だった姿が大きくなってきた。

 十メートル超える巨大生物を見たのは生まれて初めてだ。

 三十メートルを超えているんじゃないか?

 ただただ圧巻だった。


「猫ちゃん、見てごらん」


 意味は伝わらないだろうが、猫ちゃんに声をかける。

 背中でもぞもぞ動く気配があって、猫ちゃんが顔を上げた。


「ふあっ!」


 驚いている。

 そのあと何か喋っていたが、俺には伝わらない。

 言葉って意外と大事だね。

 日本に住んでいる時には特に感じなかった不便さだ。

 それでも驚き興奮しているのは、ひしひしと伝わってくる。


 さすがになんでもありの世界だ。

 近づくにつれ、その大きさは笑えないものとして実感する。

 巨大な陸亀なので陸大亀(グランドハイタートル)と呼ぼう。


 百メートルくらい手前で地面に降りる。

 猫ちゃんは地に足着いた途端、生まれたての子鹿のように足をぷるぷるさせていた。

 俺は腹を抱えて笑った。

 猫ちゃんは恨めしそうな目で俺を睨むと、がぶっと腕を噛んできた。

 笑われるのは許せないようだ。


 猫ちゃんとひとしきりじゃれてから、陸大亀をどう運ぶかを考えた。

 持って行くこと自体は、不可能ではない。

 風魔術で持ち上げればいいのだ。

 ただ、重量が重量なので、魔力がゴリゴリと削られそうだ。

 師匠との訓練で魔力槽の容量が増えたとはいえ、無尽蔵にあるわけではない。


 要は運用方法次第なのだ。

 ならどうするか。

 魔力を流して操ってしまえ。

 テイマーという職業もこの世界にはあるらしいから、やってできないことはない。


 陸大亀に近寄っていくと、猫ちゃんもおっかなびっくりついてくる。

 猫ちゃんはかなり臆病だった。

 かといって用心深いわけでもなく、好奇心が旺盛だ。

 その上で自分の身を守れるほどに強くはないから、始末に負えない。

 そんなところが可愛くもあるんだけどね。


 若い獣人は、あまりものを考えないで行動することが多いとマリノアも言っていた。

 死亡率も高いというのは、あまり聞きたくなかった情報だ。

 第一次性徴期を迎えることで、ようやく知性を持ち始めるのだとか。

 それまでは本能寄りで行動することが多いという。

 マリノアは苦笑い気味に教えてくれたから、きっとむかし何かやらかしたのだろう。

 若気の至りだと思うんだけどな。

 まあ本人がどう感じるかだな。


 猫ちゃんとマリノアを見ていて、はっきりと知性の違いを感じた。

 猫ちゃんをミィナと名前で呼んでいないことと、マリノアをわんちゃんと呼ぶほどに犬っぽくないことにすべてが集約されているのだろう。

 俺は無意識に区別していたらしい。


 猫ちゃんは甘えてくるときにゃーにゃー鳴くが、マリノアがくぅんくぅんと誰かに甘えているところを見たことがない。

 自分を律するしっかりしたお姉さんタイプなのだろう。

 残念でならない。

 いつかマリノアをくぅんくぅんと甘えさせてやりたい。

 途轍もない破壊力があるだろう。

 鼻血が出そうだ……。


 要はあまり物事を考えられない幼年期の獣人から、第一次性徴期を経て、知的になった獣人へと大きなステップアップを果たす。

 ただ、物事を深く考えるようになるかは個々の考えに寄るものが大きく、大人になっても獣性を忘れない者もいる。

 ……というか大半がこちらだ。

 マリノアのタイプが珍しいのかもしれない。

 リーダーの熊さん、おっぱいのミル姉さんあたりはそこそこ知性的だが、その他は本能剥き出しなところも見受けられた。


 幼い獣人奴隷には、ひとつの命令だけを与えて使役する場合が多い。

 死体から金目のものを略奪してこいというのが、猫ちゃんに与えられた命令らしい。

 それを猫ちゃんは何の疑問も挟まず実行している。

 いまだって猫ちゃんが肩から下げたボロい荷袋には、死体から回収した金品が入って膨れている。

 それは俺にすら触らせようとせず、かといって突っ込んだものを大事にしているわけでもない。

 猫ちゃんの興味は、常に外に転がっていて、荷袋の中にはないのだ。


 俺は陸大亀のそばに近づいて行く。

 猫ちゃんが手を握ってきた。

 ちょっとビビっているようだ。

 亀は鈍重な動きで歩いていた。

 変だな、こっち側に足が四本もあるよ。

 ということは、向こう側に四本?

 四対の足があるということか。


 この世界の魔物は総じて体のどこかしらが魔力で変化している。

 六本足のナマケモノ然り、八つ目のオオカミ然りだ。

 陸大亀も、三十メートルを超える巨躯を支えるために、足の数を変化させたのだろう。

 魔力をある程度巡らすことのできる魔物は、環境に合わせて体まで変化させてしまうようだ。

 しかし動きが鈍重では格好の的だろうに。

 俺は陸大亀を哀れに思った。


 そんな時期もありました。

 結論から言うと、陸大亀は鈍重でもおとなしい魔物でもなかった。

 肉食のアクティブな魔物で、俺たちを見るなり襲ってきた。

 狩りの仕方は単純だ。

 踏む→潰れた生き物を食べる。

 これだけである。

 俺は猫ちゃんをお姫様抱っこし、空に逃げた。


 陸大亀の首がぬぬんと伸びてきて、俺たちを丸ごと食べてしまいそうな大口でばくりと噛み付いてきた。

 お尻スレスレでなんとか避け切り、陸大亀の背中に降り立った。

 猫ちゃんはまだビビっている様子で、首に回した腕を離そうとしない。

 俺としては頬をくすぐる猫耳や、猫ちゃんの柔らかい肌を感じられて役得だが、猫ちゃんはそれどころではないようだ。

 ぶるぶると震えている。

 高所恐怖症もあるのかもしれない。


 陸大亀の首がぬーんと伸びてきて、甲羅の上の俺たちの方を向いた。

 随分と伸縮自在な首のようだ。

 そのまま口が開き、襲いかかってくる瞬間、上へ飛んだ。

 そして鼻面を思い切り蹴飛ばした。

 猫ちゃんをお姫様抱っこしながらだ。

 コツは腰の回転で蹴ること。


 ベコっと凹んだ陸大亀の鼻面からドバドバと赤い血が流れる。

 陸大亀は、ギィヤァァァァと鼓膜が破れるかと思うくらいの絶叫を上げる。

 あまりの大きさに、鼓膜が破けるかと思った。

 同じく「ギニャァァァァ!」と猫ちゃんが叫ぶ。

 猫ちゃんがぐったりとしている。

 鼓膜が破けて気を失っていた。

 好奇心は猫を殺すということわざ通りになった……。

 いや、死んでないけど。

 危険だから連れていきたくなかったのに、言わんこっちゃないね。


 どうやら声に魔力を乗せて飛ばしたみたいだ。

 狙ってやったわけではないのは、無作為に周囲を破壊していることからうかがえる。

 平原に転がっていた岩が声で砕けるなんて初めて見たよ。


 俺は猫ちゃんの耳を治癒で治すと、鼻を潰されて暴れ回る陸大亀の固そうな頭を捉え、踵を落とした。

 亀は白目を向き、泡を吹いて崩れた。

 ずずんと、陸大亀の巨大な甲羅が地面に触れた。

 気絶しているうちに魔力を流し込む。


「ふんふふん♪」


 鼻歌交じりである。

 しかしこの魔力を流す作業、なかなかに繊細である。

 容量を間違えると、すぐに陸大亀の体が弾け飛んでしまう。

 幼い頃、アリに魔力を流してプチッと破裂した光景を思い出す。

 陸大亀相手なら、プチッと言わず、ぶっしゃーと噴き出しそうだ。

 どこかの梨汁のように。


 俺の魔力が陸大亀の血液を循環していくのが手に取るようにわかる。

 やがて心臓に到達し、俺は陸大亀の、文字通り命を握った。

 あとは目覚めるのを待つだけだ。


 アルは 陸大亀を テイムした!


 テレッテッテッテーン♪

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