第8話 獣の先導者
陸大亀は言うことを聞くようになった。
意図した方向へ歩かせるだけだが。
隙あらば捕食を狙っている様子なので、テイムしたことにはならないのではないだろうか。
テイムの基準がわからないが、ステータスには魔獣使いが追加されていたので、問題はないのだろう。
俺がしたことと言えば、魔力で命を握って従わせているだけし。
俺には心を通わせて使い魔にするとか、当分は無理っぽい。
陸大亀だが、意外に移動速度が速い。
ドシドシドシドシッと四対の足を無駄なく動かし、巨体を感じさせない速さで進む。
うまくバランスが取れているからか、思っていたよりも揺れは少なかった。
これは快適である。
この陸大亀、ブーストは使えるようで、並の攻撃ならいとも容易く弾き返す。
流石に師匠直伝のハイブースト攻撃は自慢の防御力を持ってしても防ぎきれないようだ。
ドラゴンより弱いが、そこいらの雑魚が束になっても勝てない強さを誇る。
地味に俺の理想に適している。
まぁ、あとは兵士を踏み潰したり食い殺したりしないよう、調教しておこう。
陸大亀の甲羅の上は、思ったよりも平坦な面積が多かった。
ごつごつした岩のような隆起があったり、長い年月の間に土が溜まり、種が飛んできたのか、植物が生えていたりと、さながら屋根の上で植物を育てるビオトープだ。
平らなところで十平米はありそうで、家を建てれば生きた移動屋敷になる。
夢が広がるね。
大きくなったら家を建て、愛する女性と肉欲の日々……。
その中にはもちろん、成長したナルシェにファビエンヌ、そして猫ちゃん。
いまから興奮するね。
実際はどうなることか。
落ち着いた生活が送れればいいが……。
山が動いているのかと思うばかりに、陸大亀が進む。
目的地は待機している獣人たちのもとだ。
そしてこの移動要塞で本陣に突っ込めば、敵の動揺は相当なものだろう。
「ふあ?」
猫ちゃんが腕の中で目覚めた。
ぱちぱちと瞼が動く。
俺と最初に目が合い、しばし見つめ合う。
じっ……と無表情で見つめられる。
なんだ?
と思ったが、すぐに周りの景色に目を向けだした。
俺の腕の中で体勢を整え、首をぐりぐり動かして自分が今どこにいるのかを探ろうとしている。
「~~~~~~~!」
猫ちゃんの口が動き、何かしゃべる。
驚きに彩られているので、陸大亀の上だやべー! とかだろう。
驚いた顔で俺を見る猫ちゃん。
言葉がわからずとも、俺は笑顔で頷いてやる。
俺の腕の中から抜け出し、猫ちゃんは嬉々として景色に逐一「おー!」とか「あー!」とか、感嘆を漏らしていた。
そのうち景色にも慣れてくると、俺の傍を離れて甲羅の上を散策し始めた。
さっきまで怖がっていたのが嘘のようだ。
でもあんまり陸大亀の首には近づかない方がいい。
いまもぬうっと首をもたげ、猫ちゃんをロックオンすると、口をゆっくり開いてバクリとやってくるからな。
それがあまりに自然な動作だったので、危うく我が家の奔放娘を呆気なく失うところだった。
俺は猫ちゃんを抱き寄せ、風魔術の巨大化したエアハンマーを陸大亀の横面に見舞っていた。
「背中に乗せた人間を食べるの禁止!」
俺は陸大亀の心臓に魔力を流して命令を遵守させつつ、声でも告げた。
陸大亀は心なしかしょんぼりとして、前を向いた。
ぴったりと密着した猫ちゃんの心臓の音が、肌を通してバクバクバクバクッ! とうるさく伝わってきた。
今回は俺に抱き付かれたから興奮している、というのではないだろう。
瞬く間にこの世とお別れするところだったのだ。
ビビって当然だった。
猫ちゃんをゆっくり解放すると、今度はどこかへ行くこともなく、俺の背中に回って後ろからぴったりと密着してきた。
怖い思いをして散策する気分ではなくなったのだろうな。
陸大亀は俺に逆らえないから、甲羅の上で襲われることは二度とないのにな。
殊勝な猫ちゃんも可愛かった。
二時間もしないうちに獣人たちとの合流地点に到着した。
陸大亀が首を伸ばし、下にいる獣人たちをパックンしようとしたので、その頭にエアハンマーを振り下ろした。
ほんとに手のかかる乗り物だこと……。
恐れおののく獣人を説得して、獣人たちを陸大亀の背に乗せて、しばらく休憩。
マリノアは抱え上げて上まで運んだが、他の獣人たちは陸王亀の象ような肌の皮を器用に足場にして登ってきた。
恐ろしいまでの身体能力だ。
東軍の拠点には夜襲をかけると決めている。
兵士を混乱させるために、夜目の利く獣人が有利な夜を選ぶのは当然の流れだった。
その作戦会議、準備に数日はかける必要があった。
その数日の間にやっておきたいことがいくつかあった。
俺の手には、いま封魔石がある。
奴隷紋に通じるのかを実験しようと思っている。
布でくるんである魔封石を慎重に開いていく。
これが魔術師にはかなり危険なもので、触れたら気分が悪くなるどころの話ではない。
二日酔いと風邪と腹痛を同時に起こしたような体調不良になってしまう。
エルフには特効的な効き目があるはずだ。
無力化するのに最適と言える。
これを奴隷紋に当ててみて何か変化が起きるか、である。
猫ちゃんを捕まえて、首筋に刻まれた奴隷紋にピタッと当ててみる。
ひんやりしていたからか、ビクッとした以外は特に効果が見られなかった。
だが、隷属系の装備品には絶大な効果があった。
牛系獣人のけしからんおっぱいのミル姉さんや、斥候に出ていた猫系獣人、あと犬系獣人がひとり、隷属系の装備品が効果を失くしたのを見て成功を悟った。
「奴隷紋は体に刻まれてるから効かないのかな。でも三人解放できたのは儲けものだな」
隷属系で縛られた獣人はこれで解放の目途が立った。
だが大抵の獣人は奴隷紋を身に刻まれているため、解放が難しいのは変わらない。
しかし三人も解放できた事実は、有利に働くことだろう。
命令に従っているふりをして、敵陣地を自由に動き回ることができるのだ。
もうひとつは、戦闘訓練を考えた。
彼ら獣人は魔術を使うことが壊滅的に下手だが、それでイコール魔力がないということにはならない。
身体には十分な魔力が流れているので、宝の持ち腐れなのだ。
一番効果的な魔力の運用法を教えるだけで、化ける要素が十分にあった。
俺は彼らを全員、地面に座らせて、ひとり教師然としながら枯れ枝を握って立っていた。
隣には通訳のマリノアが、副担任という大任を受けて胸を張っている。
とても名誉なことなのか、抑えているつもりでも時々尻尾が揺れているのはご愛嬌だ。
生前なら人前に立つことすら緊張したものだが、いまのアルシエルには自信が漲っている。
人様に教えるという大それたこともできてしまうのだ、わはは。
「魔術は自分たち以外の種族のもの、そう思ってはいませんか? 頭からできないと思って、諦めてはいませんか?」
俺の口調は、怪しげな品物を売りつけ信者を増やす団体の指導者的なそれだ。
「自分には才能があるんじゃないか、そう思って挑戦してみたけど、結局できなくて挫折した経験はありませんか?」
犬系獣人は全員真剣な顔つきで耳を傾けているが、猫系獣人はそこらを飛んでいる虫に興味を奪われている。
あ、猫ちゃんが虫を追いかけて行った。
俺は無言でマリノアに目配せした。
マリノアはすっ飛んで行って、猫ちゃんを引きずってきて座らせた。
憮然とした顔で、非難を示す猫ちゃん。
君にとっても命に関わることだから。
「ですが、安心してください。ここにいるすべての獣人が変われます」
マリノアに通訳させる。
犬系獣人は顔を引き締め、猫系獣人もこちらに顔を向けた。
猫ちゃんはというと……もう彼女はミソっ子扱いでいいや。
猫ちゃんには遊びの中でマンツーマンで教えることにしよう。
そのほうが個人的にも楽しいし。
俺は魔力を拳にまとい、自分の体ほどもある適当な岩に拳を突き立てた。
頑強なはずの岩に拳が肘までめり込み、ヒビが無数に走っている。
「おー」、という歓声が漏れた。
「今俺はそれ程力を込めて殴ったわけではないのに、岩を簡単に割ることができました。魔術が使えない君たちだけど、実はこれと同じようなことが君たちにでもできます」
またもや「おー」、という歓声が漏れた。
尊敬の眼差しがなんだか気持ちいいな。
「これは身体強化術と言って、人族の中でも剣士や戦士が体得しています。人族の中で超人的な動きをしている人間がいたら、大概は身体強化術を修めているというわけです。この中では、熊さんが使えるかな」
俺の知る中では、イランが身体強化術を特に伸ばしていた。
自分の武器の強化も行う高等技術まで修得していたから、おそらくこれからもっと伸びることだろう。
できたら今後一切会いたくないが。
俺は熊系獣人の熊さんに立つように促した。
熊さんの手を握り、魔力を流し込む。
その感覚を、熊さんはちゃんと感じている。
「いま魔力があることをちゃんと感じてるね? そしたら、体の中にあるこれと同じものを、拳に込めてごらん?」
熊さんは拳を睨むようにして、魔力を溜めている。
そして、俺の指示で近くの岩を軽く殴らせた。
すると、魔力を込めすぎたのか、岩が跡形もなく吹っ飛んでしまった。
その威力が風を巻き起こし、全員が目を細めた。
「おー」という声が出ないほど、彼らは驚いていた。
殴った本人が一番呆気にとられていたのが笑えた。
「とまあこのように、自分の潜在的な力を引き出すことができれば、今以上に強くなれることは間違いないわけです。で、ものは相談なんですが」
俺はそこで言葉を切って、反応を待った。
誰かがごくりと喉を鳴らす音まで聞こえるくらい、静まっている。
猫ちゃんは……欠伸をして丸くなってしまった。
見なかったことにしよう。
「みなさんが覚えたいというのであれば、俺はいまからでも教えましょう。今以上に強くなりたいと、望むものはいますか? 少しでも力を付けたいという方は、黙って手を挙げてください」
猫ちゃん以外の手が天を突く勢いで挙がった。
俺は満足げに頷いた。
その日から本格的に、身体強化術を仕込むことになった。
身体強化は操作が難しい。
最初は魔力を感じて、集中して動かすことも難しいのだ。
どれだけ慣れてきても、拳だけに集めようとしても、腕全体を魔力で覆うのがやっと、という難易度の高さだ。
これが拳、爪、手のひらと集約できれば、圧倒的な攻撃力が生まれる。
当然防御にも同じように攻撃を受ける部分に魔力を纏う必要がある。
身体強化は攻防一体である。
というレクチャーをざっとしてから、獣人個々に強くしたい場所を聞き、そこに直接触れて魔力を流し込むことで魔力の流れを理解することから始まった。
夜襲の日にちが伸びるかもしれないが、これは教えておいて損はないだろう。
身体強化をした獣人たちが敵に回ったら目も当てられないが、彼らは義に厚いところがあるので大丈夫だ、と思っておく。
だいたいが拳だったが、足だったりすると触るのがちょっと億劫だったりする。
女性獣人なら喜んで触る。
必要のないところまで手が伸びてしまうかもしれない。
胸が豊満な牛型獣人のホルスタイン、ミル姉さんには、それはもうラッキースケベもいたしまして、はい……。
柔らかいし、良い匂いがする。
股間がもぞもぞして落ち着かないが、できればずっとそばにいたいくらいだ。
俺はどうやら、年上お姉さんに甘えたい願望があるらしいな。
ああ、ナルシェ……。
君はいまどれくらいお胸が成長していますか。
とまあ冗談を挟みつつ、笑って許してくれるのは子供の悪戯だからだろうな。
だが男性獣人はどうだろう。
むさい。固い。暑苦しい。
できれば触りたくない。
だがそんな相手に限って「わからない。もう少しだけ」と延長を頼んでくる。
マリノアの通訳を通して。
金取るぞと言いたくもなる。
別に万年貧乏の戦闘奴隷から金を巻き上げる気もないが。
本当に言ったらとても悲しそうな顔で「払えない」と真面目に返された。
よくよく考えたら、この中でいちばんの金持ちって、死体漁りをして金品を掻き集めていた猫ちゃんかもしれない。
所有権は猫ちゃんのご主人様に行っちゃうんだろうけど。
そんな猫ちゃんは、呑気に熊さんの肩に乗ってはしゃいでいた。
「…………」
まあ、いいんだけどさ。




