第6話 やっぱりやめた
「もうお別れか。思ったよりあっという間だったね」
猫ちゃんの頭を撫でながら言う。
猫ちゃんはなんで撫でられているのかわからず首を傾げている。
「猫ちゃんは頼んだよ」
「……あの、アル様。この前聞いたこと、覚えてますか?」
「何のこと?」
「奴隷の身分で納得してるの? と言いました」
「ああ、あれか」
「わたしたちは、規律を大事にします。規律は絶対です」
「知ってるよ」
知っているというか、嫌でも知ったというか。
アースドラゴンから助けてもらったという一個の事実だけで、彼らは俺を敬っている。
それは、彼らが束になっても敵わなかったアースドラゴンを、俺が一撃で倒したからだ。
自分より強いものに従う。
獣の本能がそうさせるのか、彼らの行動原則は原始的だ。
「わたし、ほかのみんなと話しました。そうしたら、みんな言いました。アル様の下で働きたいと」
それはあれだろうか。
俺の傘下に入れば安全は保障されるとでも思っているのだろうか。
八歳に頼るなや、と思ったが、すでに実力を見せているのだ。
消耗品のように酷い使われ方をされる連中の下よりはマシだろう。
「ええ、いいよ。働き口がないもん」
「ありがとうございます」
「いや、いまのいいよはお断りのいいよだから」
「?」
わかっていないのだろうか。
都合よくわからないふりをしている気がしてならない。
「だが断る」
と言ってみる。言ってみたかった。
真面目な場面で言う言葉ではなかったとすぐに後悔した。
「ダメでしょうか?」
「そもそも俺には行かなきゃならない場所があるし。できたら今からでもそっちに向かいたいけど、助けた以上は責任を持って送り届けないとって思ってるからついてきてるのであってね、君たちの指導者になる気はさらさらないわけですよ?」
「ダメなんですか?」
「?」
「?」
素で返された。
なんだか噛み合わないな、と思ったが、よくよく考えてみると、獣人は強い者が集団を率いることを当たり前としているから、リーダーとなるのに疑問を挟む余地もないのか。
なんとかかんとかマリノアの思考を読もうと努力する。
ならばリーダーの熊さんに俺が負ければいいのか。
マリノアと猫ちゃんが何やら話している。
猫ちゃんが眉根を寄せている。
俺の方に目を向けてきた。
猫ちゃんの目から、見る間にぽろぽろと涙が零れ落ちた。
猫ちゃんが俺を行かせまいと、ローブの端を掴んできた。
「ふぇ……」
見る間に涙は溜まっていき、ぽろぽろと滴が落ちていく。
一度泣き始めると、決壊したダムを思わせた。
びぇぇと泣き喚き、鼻水や涙を滂沱のごとく垂れ流している。
「何を話したの?」
「アル様が、ここでお別れだということを」
「そうか。こんなに泣いちゃって……でも教えるのはもうちょっと後でもよかったんじゃないかな?」
「あとで教えたら、アル様が行ってしまいます」
引き留めるための確信犯ですね、わかります。
マリノアは猫ちゃんを宥め、耳元で囁き、何やら吹き込んでいる。
しかし猫ちゃんは、イヤイヤして聞く耳を持たず、ついにはマリノアにタックルをかましていた。
自業自得だと思ったが、言わないでおこう。
うるうるとした瞳で、猫ちゃんが見上げてくる。
俺には理解出来ない獣人語で、口早に訴えかけてくる。
あまりに真剣で、仕事一徹なマリノアすら猫ちゃんの態度に怯んでいた。
確信犯じゃないのかよ。
それにしても、猫ちゃんの泣き顔には胸が締め付けられた。
悪いことをしている気がしてならない。
もう猫ちゃんをうちの子にしようかな。
それがいちばんいい気がしてきた。
ファビエンヌとの別れは、お互いに再会を約束して済ますことができた。
彼女は努力できる子だったから、将来立派に成長するのを楽しみにしている。
ファビエンヌと次に会うのはいつだろうか。
生きている間に会えたらいいな、とは思っている。
そりゃ会いたいが、人生は別れの連続で、出会いの連続でもある。
そうした中で、いつの間にかひとつの別れに心を動かさなくなっていくものだ。
それが大人になることだろう。
剥き出しの感情をぶつけてくる猫ちゃんが眩しく見えた。
「よし」
俺はひとつの決意を固めた。
「猫ちゃんを連れて行く」
宣言する。
マリノアがホッとした顔になる。
猫ちゃんには言葉が通じないから、いまも俺のローブを涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら顔を埋めている。
猫ちゃんの肩を掴み、目線の高さで顔を合わせた。
「もうおまえはうちの子だよ。俺の娘だよ」
猫ちゃんを力いっぱい抱きしめる。
何が何だかわかっていない猫ちゃんが、おろおろする。
いろいろとばっちい汁がくっつくが、そんなの気にもならない。
俺の発言にマリノアが満足そうに頷いているが、きっと彼女は勘違いしている。
「猫ちゃんだけを連れていくから」
「え? わたしたちはどうなるんですか?」
「自分の飼い主のところに戻ればいいと思います」
「わたしも泣いたら、連れて行ってもらえるんですか?」
「確信犯はダメです」
「そんな……」
マリノアが衝撃を受けたような顔をしていた。
いやいや、世の中そんなに甘くはないですよ。
「でも……」と俺は続けた。
「猫ちゃんを自由にするには、奴隷紋を解放してもらう必要がある」
猫ちゃんを娘にすると決意した後、俺は東軍にカチコミに行く気になっていた。
ちょっと雷を落として本陣を混乱させて、その隙間を縫って敵大将を拉致すればいい話だ。
一度肝が据わると、トントンと計画が固まってくる。
「猫ちゃんを自由にするついでに、もしかしたら他の獣人奴隷も解放してしまうかもしれない」
「アル様……」
マリノアが、ほっとしたような顔になった。
マリノアたち戦闘奴隷は、命令さえなければこちらの戦力になってくれる。
使い時の難しい手札だが、手数としてはどうしても必要になってくるだろう。
彼らの主人を拉致して、奴隷契約の解除を迫るなんてついでだ。
勢いづいている東国の出鼻を挫くことにもなるだろうし。
主人の命令が届きにくいように、封魔石で細工できるかな。
これは試してみないとわからない。
奴隷紋を持つ奴隷は主人が死ぬと、道連れに死ぬというペナルティがあるので、くれぐれも相手を死なせないように気をつけなければならない。
「だから、まとめて俺が面倒見てやるよ。乗りかかった船だし、奴隷紋を解放して自由にしてやるよ」
「そこまで期待していませんでしたが、やってくれるというのなら、お願いします」
「……他人事ですねえ! わかってる? 当人だからね?」
「冗談です。お願いします」
マリノアが深く頭を下げた。
振り返って状況を静かに見守っていた獣人たちに、何やら伝えている。
獣人たちが見る間に笑顔になった。
ひとりが吼えた。
それにつられるように、咆哮が重なった。
大合唱である。
作戦決行を決めた後、俺はぴったりと寄り添って離れない猫ちゃんと一緒にいた。
焚火の近くで満天の星空を見上げながら、仰向けに寝転んでいる。
猫ちゃんは泣き疲れて深く眠ってしまっている。
ぎゅっと袖を掴まれている。
頑なに握られた指には、絶対に離さないという執念が感じられた。
いつの間にか、相当に懐かれていたらしい。
愛情が重いと言うやつがいるかもしれないが、俺にはちょうどいい重さだ。
何人だって抱えてやるぜ。
ハーレム王に俺はなる(笑)。
「ミィナが羨ましいです」
「マリノアも俺の娘になりたいの?」
「そ、そういうことでは……」
「……冗談だよ」
冗談とは言いつつも、受け入れ態勢はバッチリだけどな。
腕の右側は猫ちゃんで埋まっているけど、左側は空いているんだぜ?
「じゃあ、俺の横に来る?」
「……いいんですか?」
「じょうだ……もちろんだとも」
「いま冗談って言いませんでした?」
「いやいや、歓迎しますよ。どうぞどうぞ」
「……では、失礼します」
マリノアがいそいそと寄ってきて、俺の左側にごろんと横になった。
緊張しているのか、背中を丸めている。
これは両手に花というやつですか?
まだどちらも蕾だけどな。
「わたしだってお別れしたくなかったです。でも、わたしはお姉さんですから、ミィナのようには泣けません」
「泣いてもいいのに。ときには素直にならないといけないときもあるんじゃないのかな」
「もう子供じゃありませんから」
いやまだ子供だろ、というツッコミはしない方がいいんだろうな。
環境が子供っぽさを許さなかったのだろう。
マリノアは勉強熱心だ。
他の誰もが人間語を話せないが、ひとりだけ努力して覚えたようだし。
その努力の中には、自分への甘さを許さないことも含まれているのだろう。
難儀な子だった。
もうそんなことしなくてもいいよと言っても、本人がそれを受け入れないだろうしな。
もぞもぞと動く猫ちゃんは、腹を出していた。
つるりと綺麗な肌がある。
もしも毛だらけだったら、あ、やっぱり獣人なんだなぁと思うだろう。
猫ちゃんは手の甲から肘にかけてと、足の甲からくるぶしまでに集中して青灰色の毛が生えている以外は人族と変わりない肌をしている。
どっちがいいではない。
どっちでもいい、でもない。
どちらもいいのだ。
何を世迷い事をと思うかもしれないが、猫ちゃんが愛おしくて仕方ないのだからしょうがない。
いままで妹と寝食を共にしてきたから、そばに誰かがいないと安心できないのかもしれない。
反動とは恐ろしいものだ。
リエラもまたどこかに飛ばされたのだろうが、飛ばされる最後の瞬間、リエラの体を抱き上げる師匠を見ていた。
師匠がいれば、どこに飛ばされようが安心できる。
師匠は人見知りの人嫌いだが、妙に義理堅く約束は違えない男だ。
生真面目なところはマリノアと似ているかもしれない。
頼りになるという点では、俺は誰よりも師匠を信頼している。
俺は猫ちゃんのお腹をさわりと撫でた。
お腹を不用意に触られるのは嫌なのか、もぞっと動いてお腹を抱え込むように丸まってしまった。
この子はどこまで猫ちゃんなんだ!
恐ろしい子!
「わたしたちを解放するなんて、本当にできるんですか?」
「やってみなければわからないけど、そう難しいことでもないと思う」
「はぁ……わたしには不可能なことでも、アル様には違うものが見えているんですね」
「マリノアは頭がいいけど、視野が狭いのを直した方がいいかも」
「視野が狭いですか? アル様と目のついている位置が違いますか?」
「物の見方って意味ね。観点。わかる?」
「……覚えます」
わからないようだ。
それもじっくり教えていこうか。
彼らを解放するまでは、しばらくの付き合いになりそうだし。
翌朝、何気なく自分のステータスをみてみたら、技能という欄が追加されていた。
その欄には様々な称号が付いていた。
――獣人愛。
運営コラ。
名前 / アルシエル・ラインゴールド(阿部聡介)
種族 / 人間族
性別 / 男
年齢 / 八歳(三十五歳)
技能 / 属性魔術、妹偏愛、幼女愛、new獣人愛、高身体強化術
職業 / 魔術師、戦士、格闘家、殺人者(異界の住人)
いつの間にかシスコン、ロリコン、ケモナーの三重罪である。
おわた……。




