第4話 めでたしの後で
リンデの春は遅い。
坂の下の雪がようやく消えたころ、図書館の閲覧席は、午後になると子どもたちでいっぱいになった。
「エリオ先生、これ、どこに書けばいいの」
ニナが、書きかけの札を差し出してくる。僕は彼女の隣に座った。
「題名は上に。その下に、この本に何が書いてあったか」
「全部?」
「いちばん大事なことだけでいいですよ。あとで誰かが探しに来たとき、その人が見つけられるように」
子どもたちは、自分が読んだ本の札を作る。字の大きさも書き方もばらばらだが、引き出しは少しずつ埋まっていった。
王都のトマスとは、月に一度、手紙のやりとりが続いていた。最近の手紙には、偽の題名を十冊見つけたと、得意げに書いてあった。
宮廷魔導師団からも、何度か手紙が届いた。
古式魔法の研究に協力してほしいという話だった。
給金はずいぶんよかったし、魔導師の資格を特例で与えるという申し出まであった。
でも、僕は断った。
理由は簡単だった。
ここには、僕の仕事がある。
それに、魔法のことなら、必要になったときに本を読めばいいのだから。
もっとも、ミアさんには少し怒られた。
「エリオさん! せめて一度くらい、お話を聞きに行ってもよかったんじゃないですか!」
「でも、その日は児童向けの読み聞かせがあって」
「それは私がやります!」
「……そうですね」
ミアさんはため息をつき、カウンターに積まれた本を見た。
「本当に、本のことになると夢中なんですから」
その日の夕方、閲覧席の隅で、ミアさんが小さい子たちに昔話を読んでいた。
「――そして、二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。おしまい」
本が閉じられると、一番前に座っていた男の子が手を挙げた。
「そのあとは?」
「そのあと?」
「いつまでも幸せに、のあと。何してたの」
ミアさんは困ったように笑って、本の最後の頁を開いてみせた。
「そのあとは、書いてないの」
「えー」
僕は本棚から、同じ昔話集をもう一冊抜いた。王都で装丁された古い版だ。
「でも、この本には、続きがありますよ」
子どもたちが振り向いた。
僕は最後の頁の、さらに後ろをめくった。物語が終わったあとに、細かい字で、もう何頁か続いている。
「索引です。この本に出てくる人や、場所や、出来事が、どの頁にあるか全部書いてあります」
「それ、お話?」
「お話ではないです。でも、ここを見れば、好きな場面にいつでも戻れます。お姫様が森で迷ったところでも、二人が初めて会ったところでも」
男の子は索引の頁をのぞき込んで、しばらく考えていた。
「じゃあ、何回でも、好きなところから読めるってこと?」
「そうです」
「めでたしめでたしの、あとでも?」
「はい。めでたしめでたしの、あとでも」
男の子は満足したように頷いて、本を受け取った。
閉館の時間になって、僕は扉の札を返した。
振り向くと、ミアさんがカウンターに頬杖をついて、こちらを見ていた。
「エリオさん、さっきの話、いいですね」
「索引の話ですか」
「はい。物語は終わっても、索引があれば戻れるって」
ミアさんは、子どもたちが書いた札の束を揃えた。
「わたし、前は思ってたんです。この図書館も、前の館長が亡くなって、もう終わりなのかなって。でも、終わりじゃなかった」
「ミアさんが、一人で開け続けていたからです」
「エリオさんが来てくれたからですよ」
ミアさんは札の束を引き出しにしまって、少しだけ、僕の袖をつまんだ。
「明日も、開けますね」
「はい。明日も」
窓の外では、遅い春の日が、坂の向こうに沈みかけていた。
物語は、めでたしめでたしで終わる。
けれど図書館は、明日も開く。
(了)




