第1話 誰でもできる仕事
「索引なんて、誰でも作れるだろう」
新しい館長は、僕が七年かけて書き足してきた目録の札を、指先で弾いた。
王立魔導図書館、地下二階の目録室。壁一面の引き出しには、三万二千冊ぶんの索引札が収まっている。題名と著者、それから、その本に本当は何が書いてあるのか。先人の残した札も確かめながら、七年間、僕の字で書き足し続けてきたものだ。
「本日をもって、目録係は廃止する。来月から自動索引の魔導具が動く。背表紙の題名を読み取って、勝手に棚へ振り分けてくれる優れものだ」
ヴァルター・グレイス館長は公爵家の次男で、着任してまだ半月だった。目録室まで下りてきたのは、今日が初めてだ。
「承知しました」
「……それだけか?」
「はい。引き継ぎ書を作ります。三日ください」
館長は鼻で笑った。
「誰でもできる仕事の引き継ぎか。好きにしろ」
扉が閉まると、目録室はいつもの静けさに戻った。
怒りは湧かなかった。悔しさも、思ったほどではなかった。
索引は誰でも作れる。それは、僕自身がいちばんよく知っていた。本を開いて、読んで、何が書いてあるかを札に写す。特別な魔力も、家柄もいらない。
僕には、魔力がほとんどない。
王立学院の卒業試験では、術式の読解試験だけは満点だったが、魔力測定と実技で基準に届かなかった。そのため、正式な魔導師の資格を取得できなかった。
学院の先生には「理論だけでは魔導師にはなれない」と言われた。
それはそうだと思う。僕が得意だったのは、書いてあることを読むだけだったのだから。
魔導師になれなかった僕に回ってきたのが、目録係の仕事だった。
三日かけて、引き継ぎ書を書いた。
いちばん大事なことは、最初の頁に大きく書いた。
『古い魔導書の多くは、盗難よけのために偽の題名がついています。題名ではなく、中身で引いてください』
『庭園の手入れ』という題の本が、実は王都の防壁術式の写本であること。『子守歌集』が、第三種の封印解除の手順書であること。そういう本の一覧を、二十頁ぶん添えた。
古い魔導書には、現代では使われなくなった術式も多い。
魔力を直接放出するのではなく、周囲に流れる魔力を集めて使うもの。長い詠唱の代わりに、術式の構造を正確に理解することで起動するもの。
学院では古くさいと教わったが、僕はそういう本を読むのが好きだった。
書いてあることが理解できれば、誰でも試せる。そういうところが、魔導書のいいところだと思う。
最後の日、引き継ぎ書を館長室の机に置いた。館長は留守だった。
同僚たちは、廊下ですれ違っても目を合わせなかった。新しい館長に逆らう理由は、誰にもない。それでいいと思った。
荷物は鞄ひとつで足りた。七年分の札は、全部置いていく。持って出たのは、使い慣れたペン一本だけだった。
次の仕事は、掲示板の端に貼られていた求人で決めた。
『リンデ町立図書館 司書補募集 住み込み可 給金応相談』
リンデは王都から乗り合い馬車で四日、北の国境に近い町だ。名前は、地図でしか知らなかった。
四日目の夕方、坂の上の石造りの建物の前で馬車を降りた。看板の字はかすれていて、扉の取っ手には錆が浮いていた。
中に入ると、本の匂いがした。
そして、本が床から積み上がっていた。
「あっ、司書補の方ですか!」
本の山の向こうから、栗色の髪の女性が顔を出した。腕に五冊抱えたまま、器用に頭を下げる。
「館長代理のミア・ロウェルです。前の館長が去年の冬に亡くなって、それからずっと一人で……ご覧のとおりで」
「エリオ・ベルンです。よろしくお願いします」
「王都の図書館にいらしたって、手紙に。こんな田舎で、すみません」
「いえ」
僕は足元の一冊を拾い上げた。表紙には『北辺旅行記 第三巻』とある。
ぱらりとめくると、巻末に付録がついていた。この地方の風土病と、その手当てについての覚え書きだ。旅行記の棚に置かれていたら、誰も気づかないだろう。
「どこから手をつければいいでしょう」
ミアさんは本の山を見回して、困ったように笑った。
「どこからでも。……本当に、どこからでも」
その夜、僕は宿舎の小さな机で、新しい札を一枚書いた。
王都では、自動索引の魔導具が動き出していた。
最初の一週間、困った者は誰もいなかった。




