8.踏ん切り
瑠衣はスーツの調整後、探索に赴き、ゴブリンを数匹狩って戻ってくる。
「ただいま~」
「ここはお前の家じゃないぞ」
毎日変わり種の弁当を持参し、遊星に半ば強引に食べさせる。
「はい、いただきますして。好き嫌いしないで食べるのよ」
「おれを育てるな」
それを数日繰り返した。
その程度では収益には全くならない。
だが実績が積み重なり、瑠衣は新人のFランクからEランクに昇級。
「おめでとうございます。スピード昇格です。あら!まだギルド申請をしていなかったんですか!」
瑠衣の昇級手続きに付き添うと、受付嬢がちらちらと遊星へ目線を送る。
「よろしければ手続きをお手伝い致しますが!?」
「結構だ」
仕事の終わりにファミレスで報告をする。
瑠衣の話を聞いて、データと照合。
次に生かす手がかりとする。
「野菜を食え。探索者は身体が資本だろ」
「信じられないぐらい説得力がない」
2人で野菜を食べるようになり、次第に遊星の顔色もマシになっていった。
◇
〈――専属になってしまえばいいのに――〉
管制室、仕事中、トイレ。所かまわず事あるごとにアリスが小言をつぶやく。
「簡単に言うな。おれにその資格はない……」
〈――それでも、探索者は救いたい。あなたの行き過ぎた責任感が行きついた答えを、世間がなんと呼んでいるかご存じで?――〉
「……『実験的資産マネジメント』? あるいは端的に『暫定的救済措置』とか?」
〈――『怪奇』、ですよ……――〉
アリスの苦言を冗談半分に受け流し、遊星は二重生活を続ける。
「それじゃー、行って来まーす。ウチの荷物着替えとか入ってるから見ちゃダメだからね~」
「見るか」
「絶対だめだからねー。絶対だよ?」
「とっとと行け」
瑠衣を送り出し、トラックの中に無造作に置かれたザックをラックに置く。
「信用しすぎじゃないか……」
緩い空気。どこか懐かしい居心地の良さ。
満足感。
その楽観のツケを払うように、反動が一気に押し寄せる。
不意に機材の奥のカーテンに人の気配を感じた。
「誰だ?」
返答はなし。
「アリス、誰か乗ったか?」
〈――いいえ。そこには誰もいません――〉
呼吸が荒くなり、冷や汗がこみ上げる。
久しく忘れていた、感覚。
腹の底にじわりとにじむ不安。
カーテンの端を掴み、ためらいながら、そっと開けた。
女が座っていた。
黒髪を一つにまとめ、きりりとした眉毛。
その顔を見て、遊星は恐怖ではなく、覚悟が決まった。
「探索者の……別の新人を見ることになりそうです」
彼女は歯を見せて笑った。
「どうか、許してください」
遊星は嗚咽を漏らしながら、頭を下げた。
返答などあるはずがなく、ただステンレス合板の床を見つめた。
どれぐらい経ったのか。
水の中のようにくぐもって、アリスの声が聞こえた。
驚き、顔を上げる遊星。
「弥生さん」
カーテンの奥には誰もいなかった。
遊星は、慌てて辺りを探した。
答えを求めて。
「弥生さん」
片脚を引きずりながら無理やり走り靴を泥で汚してトラックの外を見回る。
いない。
そこでようやく、アリスの言葉が遊星の耳に届いた。
〈――早く逃げなさい、ダンジョンブレイクが起きました――〉
聞き慣れた大人びた口調の少女の声。
遊星は逃げ惑う人々の姿と声を認識した。
銃声と爆撃の音もする。
人の流れの源にコボルトが立っていた。
茶色い毛並みで、幼児ぐらいの身長の犬が二足歩行している。
「そうか」
無防備な遊星は、コボルトをまっすぐ見据えた。
「リスタートってわけか」




