7.コンダクト制御 お弁当
いつものように、管制室で浅い眠りから覚め、味のしないコーヒーを飲み干し、新しいシャツに着替える。
「今日も八王子だ」
〈――あの子、来ますかね?――〉
「昨日の今日だからな。来ないだろ」
〈――ですかね?――〉
ふと、いつもの憂鬱さが薄れている気がした。
視界の端に人影を見ることも無い。
(おれも単純だな)
モニターだらけの部屋に置かれた写真を見る。
クマの無い遊星へとのしかかるように肩を組む長い黒髪の美女。
「おれは弥生さんの専属ですから」
靴音を一回響かせ、アリスの生み出した小さいゲートを通る。
八王子ダンジョン、作業車の扉を開放する。
「あれ、そこで寝てたの?」
瑠衣が眠そうな目を見開き、駆け寄ってくる。
(捨て犬に懐かれた気分)
「およー」
まるで同級生にするような気軽な挨拶。
「おはよう。何してる」
「何って、焦らず就活先探し」
「そうか。がんばれよ」
「遊星くん、2回目はおいくら?」
「探す気無いじゃないか」
遊星はため息をつく。
「やめておけ。おれは高いぞ。一回のメンテで5万はいただく!」
「大丈夫~。高校生のとき3年間バイトしたし、お年玉も貯めてるからねー」
瑠衣は嬉々として封筒から5万円を出した。
「受け取り辛い金を出すな。まず武器を買えよ」
大抵の新人が配信で小遣いを稼ぎ、軌道に乗るまでのらくらする。漠然と探索者となり高額な報酬を受け取りたい。承認欲求を満たしたい。有名になりたい。探索者不足の昨今、そういうにわか探索者が多い。
しかし瑠衣は回り道をするつもりは無いらしい。
「焦るなといっただろ」
「焦って無いよ」
押し付けられる金。5万というのは法外な値段では無い。しかし、そこにはそれなりの責任が生じる。
やることは専属と変わらなくなる。
「おれの金が受け取れねぇだと〜」
「厄介な客に目をつけられてしまったか」
瑠衣は顔をクシャッとさせて金を封筒にしまった。
それを無視して長机を降ろす遊星。
「はい」
瑠衣はそれを受け取り、広げた。
(立っていられてもアレだな。ここは)
「座れよ。普通の調整だけならしてやる」
「ホント? やった!」
遊星はラップトップを直接瑠衣のスーツにつなげた。
「昨日より、スーツの『最大戦闘出力』上がるかな?」
「いや、『最大戦闘出力』を上げることは、目的じゃない。『平均稼働率』の安定化で、戦闘時間を担保する」
スーツのアシストは高すぎれば肉体がついていけず、筋肉の断裂や骨折につながる。
その限界点ギリギリを見極め、バランスを調整する。
「ちょっとそこで動いて見せてくれるか?」
瑠衣はブンブンと首を縦に振った。
物干し竿を両手でだらりと構える。
右手で端を握り、重心の真ん中あたりを左手でそっと支える。
「えい、やー、とー」
やる気のない掛け声とは裏腹に、長い竿が幾度も瑠衣の手元で旋回し、その胴体を周回し、大気を薙いだ。
(……見事なものだ。イメージ通りの動きをする身体操作、自分の動きを細かく記憶し、修正する能力……やはりルーツ持ちは違う)
周囲を歩く探索者や企業関係者が、注目した。
「いい動きだな」
「やるね~」
「どこのプロでしょう?」
(そうそう。往来でじっくり見れば、わかるだろう)
未だにバットを振り回す探索者がいるような界隈で、武芸を修めている新人は希少な存在。
その上、瑠衣は魔力を制御する技術が高い。
遊星は早々に瑠衣の引き取り手が見つかるよう、パフォーマンスを画策した。
いわば実演販売だ。
「どーぉー?」
「すばらしい。続けろ」
「うふふ~わかった!」
瑠衣は遊星に認められたと、調子よく竿を振るう。
(緋山崇は槍術の使い手とあったが、どちらかというと薙刀術に近いのか? いや、オリジナルか? おもしろい)
力より合理。
遠心力としなりで加速した薙ぎ技。
これらの動きの起点は全身のしなやかさ。
(脱力のパターンが見えてきた。0―100加速に全身を連動させる出力バランスを再定義……制御のプリセットを増やすか……)
瑠衣が物干し竿を構える。
一切のブレが無い。
肉体を支える筋肉。その外に張り付いた濃紺のボディスーツが肉のブレを抑えている。
踏み込み。
そのボディスーツが魔力の流れを読み取り、筋肉に同調。
伸縮性を変化させ、バネのように力をはじき出す。
その勢いに追随する各部サーボモーターが特有のモーター音をうならせる。
これらは装甲とそれらに接続された油圧フレームの重量を相殺している。
ボディスーツの瞬発力は腰のひねり、肩、そして腕へと連動する。
加速した身体から、矢のような突きを放たれた。
(ここだ! この慣性に、油圧フレームのトルクを上乗せする……!!)
遊星が構築したプログラムが起動。
全身の14か所の油圧フレームが別個の意志を持った生物のように小刻みに駆動し、一個の動作を補助する。
勢いによる力にトルクによる破壊力が加わった。
ビタリと止まり、ブレなく物干し竿の穂先が大気を貫いた。
「うお……」
瑠衣が自分で放った突きに感嘆を漏らした。
周囲の観衆は、息をのむ。
「すっげぇ」
「今の……人工知能じゃないよな?」
「ええ、人工知能にあんなリスキーでピーキーな動きはできませんからね」
「人工知能以前の技術、コンダクト制御か……」
安全マージンを度外視に、ギリギリに迫るオリジナル駆動制御。
瑠衣の動きは洗練されていった。
データがあればあるほど、遊星の巧みな調整技術が生きる。
「はぁ、へぇ、ふへぇ……」
(疲労による、全体稼働率の低下……早すぎる)
「おい、へばるの早いぞ!!」
「だってぇー」
「鍛錬しないからだ!! 体力は基本だぞ!!」
「うぇー」
「疲労時の戦闘パターンを――」
遊星はPCを操作していた手を止めた。
(いや、何をムキになっている? マニュアルのプリセットなんて、おれは……)
輝かしい日々。
遊星のスーツにどんどん適応する瑠衣を見て、弥生との専属サポートの苦楽を思い出す。
そして、過去の記憶がそれを戒めるように脳裏に浮かぶ。
『如月弥生の寄生虫が! お前があの人を殺したんだよ!!』
「うっせぇーな」
遊星は楔のように胸に刺さっていたトラウマを振り払い、PCを操作した。
すると、瑠衣の動きのキレがさらに増した。
(疲労時の戦闘パターン、低下しないゾーンがあるな。集中力、危機意識、脳内麻薬の作用か――おもしろい)
図らずも2人の相性は唯一無二だった。
企業人たちは瑠衣の求める生身のような滑らかな動きのハードルに戦々恐々となり、探索者たちは普通に遊星が瑠衣の専属だと勘違いした。
さながら演武となった瑠衣のパフォーマンスが終わるとあたりから拍手が鳴った。
「すごーい!! 遊星くん、どんどん理想に近づく、理想を超えてくる!! やっぱりあんた天才だよ!! 今年のベストエンジニア賞は君だ!!」
「おかしいな……なぜ声がかからない?」
小休止で2人パイプ椅子に腰かけた。
「あ、あの……遊星くん」
瑠衣がうつむき前髪を手くし手くししながらつぶやく。
「どうした? トイレか」
「お昼、作ってきたから一緒に食べませんこと?」
「ああ」
遊星が箱からゼリーを取り出すと瑠衣は間髪知れずに叩き落とした。
「おい、企業努力の賜物を」
「遊星くん、この機会を逃したらかわいい女の子の手料理は一生食べられないよ!」
「おれの未来を断定系で話すな」
「食べられないんだとしたら!?」
「別にいいよ。というか、なんでそんな必死なんだ?」
「いいから食べようよ。ウチ、遊星くんが栄養失調で孤独死したニュース見たくないからね」
「おれの人生を悲観するな」
「いいからいいから。ほら、たんとおあがり」
遊星は言われるがまま、瑠衣から受け取ったカップに箸で麺をすくって浸し、啜った。
遊星は思わずうなり、もう一度啜った。
「おいしい?」
「ああ。企業努力の味がする。なんでそば?」
「遊星くん、何食べさせても健康に悪そうだから、そば?」
「気を使わせて、悪いな。いや、ありがとう」
並んでそばを啜る二人の姿は強烈に異質だった。




