6.瑠衣サイド
ファミレスで一人残された瑠衣は、背もたれに寄りかかり、天井を見上げた。
「だめかー」
彼女は、他の選択肢を思い浮かべる。だが、そのすべてを今日の感動が打ち消す。
(遊星くん……すごかったな~)
瑠衣はスーツを担任から譲られた。
その後、富士サンロク重工で調整をしてもらった。
最適化にかかった費用は22万。
それもエンジニアたちが数名がかりで3日間かけて行ったのだから、疑いはない。
(あれだって、学校のレンタル品と違って感動したけど……)
瑠衣は落ちこぼれだった。
探索者の父を持ち、明確な目的意識を持ってはいたが、育成高のカリキュラムは『強い探索者』を育むのではなく、『死なない探索者』を増やすことを念頭に置いたものだ。
そこで瑠衣を評価できる者はいなかった。
一人を除いて。
『あなた、才能あるわね』
その教師のアドバイスは瑠衣にとって『予言』に近かった。
『スーツで槍、使いこなして見せなさい』
筋力を肥大させ、スーツに合わせて画一的な戦闘を習得するオーソドックススタイルではなく、人体の構造と長く培われてきた確かなルーツ。戦闘根拠。
それをスーツ制御、魔力制御にミックスする、探索者2世の戦闘スタイル。
瑠衣はまさに、そのスタイルの申し子であった。
『このスーツでエンジニアを探しなさい。新人なら、そうね……八王子がいいわね』
瑠衣は卒業後迷わず、八王子ダンジョンに通った。
そして出会った。
死んだ目をしたサラリーマン。
見た目は30代か、瑠衣に年上男の年齢感はわからない。
成り行きでメンテナンスをしてもらい、教師のあの予言が的中したと確信したのだった。
あれこそ運命。
瑠衣は自分の成績を見せた。それだけで、まるで全て理解したかのように、作業は行われた。
探索に出てその感覚は確信へと至った。
襲い来る魔物との戦闘においてスーツが瑠衣の動きを妨げない。足を引っ張ることもない。
繊細な手さばき、緩急のある体捌き、不規則な体重移動、それらに完璧にシンクロし、攻撃はより重く、速く、鋭く洗練されていった。
(自分が強くなったと錯覚しちゃったよ)
それは自分の気のせいではなく、富士サンロク重工の人間の反応からも明らかだった。
『き、如月モデル……お嬢さん、そのスーツは止めた方がいい!!』
『なんでですか?』
『最低最悪のスーツですよ。現代の人工知能導入型のフラッグシップ機ですが、サポート人員に倍のコストがかかる金食い虫。その上、難解なシステムコードとシビアなデータ精度で、調整だけでもチームを編成し、1週間はかかるんですよ!!?』
『遊星くんは2分でやったけど……』
『え……あぁ、向かいの……そりゃそうですよ、だって――』
瑠衣は遊星が元富士サンロクの社員で、自分が使っている如月モデルの生みの親であることを知った。
そして、如月弥生の専属技師だったことも。
『聞いたことありません? 如月弥生を殺したスーツエンジニア、月本遊星』
瑠衣は悪評を並べ立てるおじさんに聞いた。
『遊星くんより戦闘最大出力上げられます?』
『あ、いや……だからこれはいわくつきで、扱いが難しいモデルなので……もっと初心者に使いやすいモデルでおすすめが……』
『でも遊星くんは』
『あんな犯罪まがいの技術者と比べないでください!!!』
おじさんは逆切れした。
『じゃ、いいでーす』
やはり、運命の相手。
逃すまいと仕事終わりを狙い、何とか食事の席まで連れてきた。
しかし、あえなくフラれた。
瑠衣は食事をしながらスマホを見つめ、通話ボタンを押した。
「もしもし、円華ちゃん?」
《はぁ、緋山……私は23歳よ。六角さんと呼びなさい》
「ヤダ」
スマホの向こうから深いため息が聞こえる。
《それで……八王子で素敵な出会いでもあった?》
「それがね……」
瑠衣は元担任教師に経緯を説明した。
「すごいの。まるで堅苦しいドレスが、着慣れたジャージみたいに感じたの!」
《それ褒め言葉? 安っぽい感想ね》
「でも、フラれちゃった……」
《そう……人の懐に入り込むのだけは得意なあなたでも無理だったのね》
「『だけは』て」
《気づいていると思うけれど、あなたにあげたスーツ、『モノノフ』如月モデルは並みの技術者には調整すら難しい代物よ》
「そうみたい……どうしよ~円華ちゃ~ん?」
再び、深いため息。
《押し倒すとか?》
「教師とは思えない発言」
《間違えたわ。訂正する。押し通しなさい。あなたの見た目で押せば大抵なんとかなるわ》
「それもどうかと」
《できなければ、探索者やめなさい。エンジニア一人おとせない人間には務まらないわ。受付嬢でもしながら玉の輿を狙ったら?》
「厳し」
瑠衣は、ふと疑問を持った。
「円華ちゃん、遊星くんのこと知ってた? 元講師だって、高尾の」
《あなたはなんで知らないのよ。あの月本遊星よ?》
「どの?」
《史上最高のスーツを生み出した、史上最高のエンジニアよ》
瑠衣はパチパチと瞬きした。
(いけずな円華ちゃんが、手放しでほめた……)
育成校の訓練中、学年首席に対し円華が言った一言。
『訓練のための訓練ね。あなた実戦になったらすぐ死ぬわよ』
彼は4月頭、探索者を辞めて入院している。
「円華ちゃん?」
《現行のスーツの雛型を生み出した不世出の天才、あの方が現代のダンジョン攻略にもたらした功績は計り知れないわ。本来ならあなたが話しかけることもおこがましいのよ。この身の程知らず》
「情緒ぇ」
《……と、言われているわ》
「ふ、ふーん」
(こりゃ円華ちゃん、遊星くんがここにいるって知ってたなー)
《あなたに渡した如月モデルは私が現役時代に使っていた量産型よ。驚くこと無かれ、あのお方はそのオリジナルモデルを4年前に生み出し、その最高スペックは、現代のどのスーツよりも優れていたと言われているのよ!!!》
(すごい詳しいし……)
「でも、なんでフリー? 遊星くんが如月弥生さんを見殺しにしたなんて思えないけど……遊星くんも否定しないし」
円華は言葉を選んでいた。
《自分を罰しているのよ。ずっと……だから、あの方を誰かが救い出さなければ》
「遊星くんを救う?」
《あなたは馬鹿だから細かいことは考えても無駄よ。直感に従い行動しなさい。そして、既成事実でも何でもいいから関係を築くのよ?》
「同意しにくい」
通話が終わった。
一方的に切られた。
「どうしよ」
テーブルの御馳走を綺麗に平らげ、手を合わせる。
そしてカッと眼を開いた。
「そうだ。お腹が満腹なら、あるいは……」
瑠衣は直感に従いスーパーに向かった。




