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5.ルーツ

 


 5年前。

 遊星は富士サンロク重工の開発本部に配属され、弥生の専属となった。



『待ちくたびれたよ、少年』


 遊星にとって、その仕事はまさに夢だった。

 全技術、知識、時間をそれに費やした。


『うむ、10点。固い』


『はい、12点、やり直し』


『いやー、8点。遠慮しすぎ』


『はて、10点。これ前と何か違う?』


 突き返される試作機の山。

 遊星はそれまでのスーツの常識を覆す必要があった。


 33歳にして成長し続ける『日本第一位』の成長率を加味すれば、求められる出力が足りない。出力を上げれば、センサーの精度が足りない。

 センサーの精度を上げれば、制御プログラムに不備が見つかる。

 制御プログラムを積み込めばメモリが足らず、伝送帯域の確保に問題が発生し……



『やるじゃないか、遊星。99点だ』


 遊星は寝食を惜しみ、革新を起こした。

 今では当たり前になっている【人工知能】による自動制御、パターン学習、データ反映。

 それが高度な制御と補正を可能にした。

 ドローンによる通信ネットワーク確保。

 さらには多段階出力により、長時間の駆動と戦闘モードの切り替えにも対応した。


 スーツに合わせ探索者が動く時代から、探索者にスーツを合わせる時代が到来した。



『最後の1点は、君が補いたまえ』



 遊星は弥生の横に立った。



 ◇



「――おもしろい」




 遊星は、如月モデルを使いこなす瑠衣に強い好奇心を抱いた。



 その様子を瑠衣はそわそわと見守る。


 映像は瑠衣目線のボディカメラのみ。


 鋭いカザキリ音が先行する。


 草むらのゴブリンを見つけ、背後から一撃で首を落とした。

 ゴブリンが自分の死に気が付く前に、瑠衣は立ち去っている。

 暗殺者の如く。



「一撃離脱しているのは?」

「楽だから?」



 探索者の身体能力は常人と異なる。

 だが、新人のそれは一般人とかけ離れているわけではない。

 せいぜい運動神経がいいぐらい。

 だが、瑠衣のスピードは明らかにトップアスリート並みだった。


 遊星は動きを何度もリピートする。



(速い。動き出し、トップスピード到達までが早い。ストライドが広いから間合いを詰めるまでが早い。それにこいつ……迷いがない)



「魔力制御の時間も短いが?」

「無駄だから?」


 探索者は魔力を身にまとう。

 魔物が纏うからだ。

 魔力のコーティングは物理的エネルギーを発生させる。

 それこそ拳銃の弾すら弾くほどの力だ。


 ダンジョンという魔物のテリトリー内、その護りを解く精神的プレッシャーは相当なもの。



「無駄か。いい度胸だ」


 瑠衣は攻撃の一瞬だけ魔力を全身に纏わせている。


(ここでミスれば致命的だ。初心者は魔力を安定させて走り出す。おもしろい……この度胸、武術的歩法、戦闘における迷いの無さ)



「お前、二世か」

「うん」


 遊星はPCで「緋山」「探索者」で検索。


『槍使い B級探索者 緋山』が無数にヒットした。



 ダンジョンが日本に現れ20年。

 探索者の子供が探索者になる時代だ。


「『緋山崇』、父親か?」


 画像検索に長身でロックシンガーのようにぎらつく眼差しの男が映る。


「うん。かっこいいでしょ、ウチのお父さん」


 身を乗り出し、得意気になる瑠衣。


「槍を教わったのか」

「教わったというか、お父さんとメンバーの人たちの鍛錬を見てたから」


 瑠衣は探索者育成高校を卒業している。

 だがデータ上の成績は探索者向きではない。

 それに反した戦闘力の高さ。


 その答えに遊星は気がついた。


(やはり、ルーツ持ちか)


 ルーツとは……


 〈要するに、戦闘根拠ってやつさ〉


 ネットでも議論の的である。


〈伝統武術ってことだろ?〉

〈いや、戦う術として、合理があれば良し!〉

〈プロボクサーもいるしねぇ〉

〈日本に剣術かじった奴多いのは、やっぱり如月弥生の影響?〉

〈スーツと魔力制御に合わせたオリジナルを創始した人もいるよね〉

〈人体で最大効率化した殺しの業ってところか〉

〈反面、スーツとは基本相性の悪いよね〉

〈直感的、繊細な技術を機械駆動が合わせられないからな〉

〈そこはスーツエンジニアの腕の見せ所さね〉



 達人がスーツでその力を発揮すれば、戦闘力は乗算される。


 近年のスーツの技術発達に伴い、特に関心の高い評価基準になっている。



「少ない魔力を運用し、ルーツを用いた高度な戦闘。それを最大効率化する、『如月モデル』という選択――これは父親の考えか?」

「え、違う違う。お父さんはウチが探索者になるの反対だから。スーツの使い方は先生に習ったよ。スーツも先生がくれた。出世払いで」

「先生……? そうか」


(確かにこれは正解に近い――というより、おれと弥生さんが築いた理想的な戦闘プランに沿っている。おれでもこうする……高尾の教師か。やるな)


 スーツエンジニアには探索者を育てたいという欲求のようなものがある。

 特に自分の技術を発揮できる原石との出会いは、望んで得られるものではない。


 瑠衣という原石に、如月モデルという選択。

 それが、無性に遊星のエンジニア魂を刺激する。



 だが、遊星の思考に暗い影が差し込む。

 視界の隅に、血まみれの彼女の姿がちらつく。



「まぁ、おれには荷が重いよ」




 遊星は開きかけた心の扉を固く閉じた。


「どうして?」

「おれはフリーだぞ。給料は出ないし、お前も払えないだろう?」

「やってみなきゃ分からないよ」

「お前の戦闘スタイルはサポートする側にもリスキーなんだ。観測情報を一つ読み間違えただけで、不意打ちでお前が死ぬだろうし、マネジメントも神経を使う」

「そうかな」

「急ぐなよ。焦らず、企業のサポートを受けて、パーティを組め」

「……うん、わかった。ありがと」


 瑠衣は頷いた。


「あと、探索者を長く続けるなら、野菜ぐらい食べろよ」



 遊星は伝票を取り、席を立った。

 支払いを終え、瑠衣を残して外に出る。



〈――よろしいので? 彼女は逸材、エンジニアなら組みたいと思うでしょう?――〉


 アリスが思いとどまらせようと呼びかけるが無駄だった。


「だから、おれと組むべきじゃないんだよ」


 遊星は深い闇へと備えるべく気持ちを切り替える。

 夜の方が、ダンジョン探索者の死亡率は高く、すでに深く探索している者たちはその闇に晒されている。


「仕事だ」

〈――あなたがそれを望むなら――〉


 遊星に休息はない。



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