4.ファミレス
遊星は八王子ダンジョンのセーフティゾーンの隅に座っていた。
各ブースの明かりや誘導灯が明かりを灯し始めた頃、ゲートにほど近いこの位置からは、帰路につく探索者たちが列を成しているのが見える。
いつもなら、遊星も長机を荷台に仕舞い、帰り支度を済ませている。
〈――あの子のことが気になりますか?――〉
スマホから声がする。
教会の賛美歌でも歌いそうな幼い少女の透き通る声。落ち着いた抑揚で大人びている。
「いや……」
〈――18歳と28歳、世間体というものが――〉
「あほか。そうじゃない。初心者が夜のダンジョンをなめて帰らないことはよくあることだ」
〈――それなら初めから座標信号を追跡すれば――〉
「おれはストーカーじゃない」
その内に、ダンジョンの空を漆黒が蝕み、やがて完全な闇へと変わった。
「……よし。アリス手を貸せ」
〈――彼女なら前方10mにいますよ。企業ブース『富士サンロク重工八王子出張所』です――〉
道向かいの大手企業ブースには複数の車両とテント型のシェルターが並んでいる。
「お前さ」
〈――2時間前からです――〉
「トラッキング……してるなら言え」
(忠告通り企業に依頼したか。終わって出てくる前に帰るか)
遊星はホッと息をして、いつも通り片づけを始めた。
「ほい」
「おお……あ?」
残っていた二脚のパイプを手渡し、はにかむ瑠衣。
「終わった? 帰ろう」
「……いや、勝手に帰れよ」
瑠衣は「え? なんで?」という具合に、口をぽかんと開けていた。
「お前、企業と話してたんじゃないのか?」
瑠衣は頷いた。
「なら、おれにこだわらなくてもいいだろ」
「待ってた」
「何を?」
「遊星くんが仕事終わるの」
「なんでだよ」
「……そのー、何か気に障ったなら謝るのが人の道かと思って」
「謝る?」
遊星は自分の言動を思い返した。
(おれは、なんて馬鹿なんだ。探索前のそれも初心者のメンタルを無視して……)
ぐっと拳をつくった。
恥じ入り、眉間にしわを寄せると、瑠衣はそれを見てますます気まずそうに地面を見つめる。
「いや、すまん。おれが言葉足らずで悪かった……専属になれないのはおれの事情だ。気にしないでくれ」
遊星は頭を下げ、会話を切り上げて立ち去ろうとする。
だがスーツの裾を掴まれた。
「まだ、終わってない」
「……スーツに問題か?」
「問題なかった。それでゴブリン狩って、あそこから様子見てたら、企業の人に声かけられた」
「ああ……良かったじゃないか」
「アイドルやらないって?って言われた」
遊星は気まずそうに目をそらした。
「良いじゃないか。探索系アイドル」
「良くない」
「昨今深刻な問題となっている若者の探索者離れを抑制する意義ある仕事だぞ」
「ウチはアイドルとか商品宣伝モデルとか配信サイトのアナウンサーになりたいんじゃないの」
遊星にはこうなる予感があった。
データ的に、瑠衣はお世辞にも優秀には見えない。おまけに着ているスーツはいわくつきの如月モデル。
だが、容姿は芸能人並み。
探索者として送り出すより、広告塔として見込まれるのは当然と言える。
「まぁ、めげるなよ。お前は、いいものを持っているさ」
遊星は精一杯気を使い言葉を選んで瑠衣へ帰宅を促した。
「まぁまぁ。ちょっと遊星くんにご報告があるのだよ。だから、一緒に帰ろう」
「報告?」
遊星は自分の態度のせいで2時間待たせたうしろめたさと、報告の内容が気になり、ラップトップを持って帰宅する探索者の流れへ合流した。
その後ろを瑠衣がにんまりとした顔で付いて来ていた。
◇
ダンジョンの外に出る境界線にゲートがあり、それを日本は鳥居で仕切っている。
巨大な鳥居を抜けると、ホテルのロビーのような、淡い光の落ち着いた空間が広がる。
ロビーの椅子に座っていると、スーツを着替え、荷物を持った瑠衣がやってきた。
「ごめんなー、待ちくたびれただろ?」
「お前はおれの彼氏か?」
スポーティなジャージを履き、スウェット地のパーカーというラフな格好。
しかし、周囲の視線は自然と瑠衣に向いていた。
「それで、報告って言うのは?」
「……報告『キュルル~』は――」
遊星の目の前、むき出しのへそ辺りで「キュルキュル~」と音が鳴った。
瑠衣はスッと手を挙げ、ふっと息を吐いた。
2人の間に、しばしの沈黙が流れた後、瑠衣は口を開いた。
「今日、ゴブリン『キュールルル~』を――」
「飯行くか?」
「うん」
外には自衛隊の基地と訓練場が併設されている。
その周辺には有名な飲食チェーン店が軒を連ねている。
ダンジョン帰りの探索者やダンジョンの職員、研究の合間にひと休みするサラリーマンでにぎわっている。
2人はそこそこ人がすいているファミレスを選び、入った。
注文し、料理が来る間にドリンクバーで遊星はコーヒーを、瑠衣はコーラを入れて戻った。
「遊星くん、ドリンクバーだけ……お腹空かないの?」
「もう食べたんだよ」
「もしかして、トラックにあったゼリーのやつ」
「ああ」
「体に悪いよ……28歳って若くないんだから」
「大きなお世話だ」
他愛のない話に付き合っていると、続々と料理が運ばれてきた。
「香味醤油のバターグリルチキン、ライス大盛りセットと、濃厚カルボナーラ、パーティーフライドポテト、ソーセージとチョリソー、コーンスープとパンのセットとなります」
「体に悪いってどの口だ?」
「ウチ、18歳だから大丈夫」
瑠衣は「いただきます」と唱えて、まずライスをスプーンでかっ込んだ。
「米、うまし!」
「……なぜいきなり白米? 血糖値が急上昇するぞ」
「ウチ、18歳だから大丈夫」
口いっぱいにご飯を頬張り、ご満悦の瑠衣。
遊星はコーヒーを啜り、今日魔物と人の戦争に参戦した女の子を眺めた。
眼が合った瑠衣は眼を泳がせ、ためらいがちにポテトの皿を遊星側に差し出した。
「別に催促してない」
「いや、ウチが独占するのは……遊星くんのお金だし」
遊星は言われるがまま、ポテトをつまんだ。
(……あれ、おごるなんて言ったか?)
ホクホクとしたポテトには塩が振ってある。
だが、遊星は何も感じなかった。
「それで、報告っていうのは? 『如月モデルは使うな』とでも言われたか? 調整マニュアルデータが欲しいとか?」
瑠衣はコーラを飲み干した。
そして深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
瑠衣は頭を上げると、ポケットからメモリースティックを取り出し、遊星に差し出した。
「スーツの履歴。富士サンロク重工さんがまとめてくれた」
遊星はラップトップを起動し、スティックを投入した。
モニターに映ったのはボディカメラ映像、戦闘データだ。
それを過去の模擬戦と比較してスーツの性能を評価査定している。
そのあらゆる数値が過去のデータを上回っている。
特に顕著な『最大戦闘出力』の値。
スーツの出力をどれだけ引き出せているかを表している。
「ウチ、育成高校の実習でも45%とかだったから……65%なんてすごい数値初めてだよ」
「……」
「遊星くん?」
(こいつ……量産モデルとはいえ、如月モデルを使いこなしてやがる)
遊星はこれらのデータを目の当たりにし、素直に驚いた。




