3.スーツエンジニア
遊星が椅子に腰かけ、ラップトップをカタカタと鳴らす。
彼女は椅子に座ろうとするが遊星は手で制した。
「待て、そのまま」
「……ワン」
彼女はクシャっと不服そうに目を細めながら立つ。
遊星はくまなく彼女の全身を観察した。
「え、へ、変態だ~」
「違う、スーツの採寸を見てるんだよ」
「ああ、そっか」
「……君、十代か?」
問いかけに眠そうな目を少し開いた。
「高校卒業したばっか。よく分かったね。ウチ大人っぽく見られるのに」
「高校生は見慣れているからな」
「卒業済みで、すいません。じゃ、ウチはこれで」
警戒を露わに、去ろうとする彼女。
その手を掴み引き止める遊星。
「待て行くな。前に高尾の探索者育成高校で講師をしていた」
一転して女の目がキラリと輝いた。
「ウチそこ卒業したばっかだよ。すごい偶然!」
「お前育成校出身か」
「うん……?」
富士サンロク重工が如月モデルを支給することは無い。これを着ている者にプロは存在しない。
「育成校出身で、アマチュアなのか?」
「ふーんだ、どうせ落ちこぼれですよ」
「あ、いや……すまん」
遊星はスーツのメモリからデータを読み込んだ。
表示されたパーソナルデータを見て、ギリリと奥歯を鳴らす。
「おい、学校で何教わった? 設定体重から違うだろ」
「え、失礼だよ。採寸のとき測ったし」
「毎日測れ。増減に応じて誤差を修整する設計だぞ」
スーツ――対魔物討伐戦略強化服及び外骨格。
探索者のパワーとスピードを底上げするハードウェア。
全ての探索者に着用が義務付けられており、スーツの性能が探索者の生存率に直結する。
だがその管理は非常に難しい。
体重や身長、筋肉量、可動域、レベルアップごとに変化する肉体レベルにも合わせなければならない。
戦闘ではスキルの及ぼす力の上昇と変化にも対応させる必要がある。
それをプログラマーでもない素人に全てやらせるのは非現実的だ。
調整のほとんどはスーツを製造するメーカーが請け負っている。
探索者に求められるのはアスリートのようにパーソナルデータを把握し、日々の体調を把握することだ。
「スーツ脱いで体重測れ。それに18歳なら身長もだ。フィッティング、3カ月は前だろ」
「でもぉー……恥ずかしいぃ」
「探索なめるなよ? 死ぬぞ?」
「えー」
「学校の成績も出せ」
「はーい」
スマホにサポート担当者に見せるために教師が作ったデータがあった。当然だ。そのフォーマットは遊星が在任中作ったものだ。
【高尾探索者育成高校12期生 緋山瑠衣】
「一応確認する、名前は?」
「緋山瑠衣。お兄さんは?」
「月本遊星だ」
「よろしく遊星くん」
遊星は作業を止め、10代女子を睨んだ。
「おい、おれは28歳だ。月本さんと呼べ」
「ヤダ」
遊星はため息をつき、作業車の機材が並ぶ奥、カーテンで遮った更衣室を指差す。
「のぞかない?」
黙れと言うところだが、相手は女子。
「心配なら、そうだな……隣のブースにいる受付の女性に立ち会ってもらおうか?」
瑠衣は黙ってカーテンの奥に入った。
「遊星くん、遊星くん」
すぐカーテンが半開きになり、ひょっこり顔をのぞかせた。
「どうした?」
「のぞかないの?」
「黙れ、早くしろ」
「怒られたー」と笑いながらカーテンを閉めた後、ガタガタと瑠衣がスーツを脱ぐのに格闘している間に、データを確認する。
「……なんだこれは……!!!」
思わず声を出してしまった。
案の定スーツ工学の成績は落第ギリギリ。
それどころか、卒業単位ギリギリ。
その各単位――体力試験結果や魔力測定、探索者試験の結果など、全てギリギリ。
(不良生徒め……いや模擬戦の科目は高得点だ……ほんとかこれ?)
「なになに、どうした? 事件か?」
瑠衣はスーツを脱いで遊星の着替えのシャツを着ていた。
「おい、何だその格好は」
「急に呼ばれた気がして」
「呼んでねぇよ」
遊星はあられもなく露出した脚をじっと見つめた。
「うわー女子って男子の視線に敏感なんだよ?」
「お前、普段何かトレーニングしてるか?」
「何も? イェーイ」
「だろうな」
遊星は全く鍛えていない瑠衣の身体を見て、目を細めた。
(柔軟な筋肉の上に適度な脂肪をつけ探索に赴くプロ、または単に鍛えてないか。コイツは後者だな)
「あ、気づいちゃった。ウチね……バイトで読モやってたの。イェイ」
「そっか。すごいな」
「へっへっへ。バックナンバー見るー?」
遊星は「すごいすごい」とあしらいながらデータを元に細かくスーツを調整した。
着工からわずか2分。
「着てみろ」
「あ、ダメだった? 遊星くん、今更だけどこのスーツ、富士サンロクのお高いモデルなの。遊星くんが直せるようになるのはちょっと先だったかな」
瑠衣はスーツを着てすぐに、眠そうな目を見開きキラキラした目で遊星を見た。
「すごー! ヤバっ!」
セルフスキャンし、スーツの数値を見て瑠衣がさらに歓喜する。
「わ、わーー! すごい、動く!! 反応する!! 邪魔にならないよ!!! なんで?」
「ズレていた各動作系起動を修正して、ソフトも入れ替えた。人工知能制御の速度を上げるために無駄なオプションは削ってある」
「なんか、遊星くんすごい人なんだね」
「どうだか。このスーツ本来のポテンシャルを発揮すればこんなものだ」
プロ仕様『如月モデル』の量産型。
如月弥生が着ていたオリジナルよりは劣るが、基本スペックは同等。
4年前の旧型だが、その技術水準は現在の最新スーツとそん色はない。
「今度から企業の専属技師に見てもらえ。多少金額ははるが」
「じゃあ遊星くんが専属技師になってよ」
瑠衣が明るい声で遊星に迫る。
顔を近づけ目をのぞき込む。
遊星は視線を逸らした。
「そういうのはやってない。この先は有料だ」
「え」
「終わりだ。出てけ」
冷たく、二の句を継ぐ暇を与えずに遊星。
瑠衣は困ったようにその背を見続けていたが、やがてとぼとぼと離れていった。




