2.緋山瑠衣
蒼く澄み渡った空と、みずみずしい緑の大地。
まるで日本の原風景。
ここ八王子ダンジョンは比較的難易度が低いものの、月平均6、7人の探索者が失踪、その後死亡認定となる。
そんな死と隣り合わせのダンジョンはいずれも円形の階層構造となっている。
ダンジョンの出入り口『ゲート』がある広い外縁部『第一階層』は、その約2キロがセーフティゾーン一般開放区画だ。
様々な研究機関が軒を連ね、探索者の装備をメンテナンスする企業の作業ブースが立ち並ぶ。
その隅に、月本遊星の作業用トラックが停まっていた。
【無料スーツ相談所】
短く、味気ない文句がペイントされた荷台の下に、長机と椅子を二脚設置。ラップトップを置けば職場の完成だ。
隣近所のブースに出勤する大手企業のエンジニアたちが遊星と目を合わせることなく、よそよそしく頭を下げていく。
フリーで働く遊星の傍に大手が居を構えているのだから、探索者たちの脚は自然とそちらへ向かう。
時折やって来るのは金欠か、警戒心の無い、計画性の無い無知蒙昧な輩ばかり。
遊星はいつものように幾人かの探索者のスーツにラップトップをつなげ、各種数値に目を通し、プログラムのデバックをし、最適化してやった。
その成果を確認する探索者はいずれも、眉間のしわをゆるませ、頬をほころばせる。
探索者にとってスーツは命綱だ。
魔力適応に伴い変化する力の上昇率は、スーツの反応にズレを引き起こす。
優れた探索者ほど、優れたエンジニアの支援を必要とする。
「おい、お前あれだろ? 如月弥生を殺した……」
おもちゃを見つけたような嬉々とした笑みを浮かべ、探索者たちが遊星のブースに座り込んだ。
「いいわけ? 日本の宝を見殺しにした男がのうのうと働いててさぁ」
如月弥生の死から3年、会社を辞め、地方の各ダンジョンで細々と無料で相談所をしていても、彼らには関係ない。
ただの憂さ晴らしなのだから。
3年前。
如月弥生が死んだ。
彼女が最後に着ていたスーツは富士サンロク重工製。
タイプ『モノノフ』如月モデル。
製造開発者は、遊星だった。
「専属技師が不良品造ったら、殺人罪なんじゃない? 通報しよっか?」
「そうだ、生配信しようぜ。正義執行!」
「如月弥生が死んで余計な仕事が増えたんだからその分お前がおれたちに賠償しろよ」
遊星はただ黙っていた。
ならず者に頭を下げるほど卑下するわけではないが、否定することはできない。
「ねぇー、やめなよ。ダサいよ?」
起き抜けの不機嫌そうな声に、ならず者たちが振り返る。
そこにはすらりと背の高い女がいた。
青いインナーカラーを入れたウルフカットに、耳には無数のピアス。
青いカラーリングのスーツと佇まいから探索者であることは間違いない。
しかしなぜか物干し竿を持っていた。
「なんか言ったかお嬢ちゃん?」
「つか、かわいくね」
「まぁまぁ、ちょっとお話しようぜ」
思いがけず興味がその女に移ってしまったため遊星は慌てて立ちあがった。
「えい、やー、とう!」
それは杞憂だった。
軽く押す、はたくのみで、大の大人たちが悶絶し、地面に伏せた。
「て、てめぇやりやがったな! おれたちはD級パーティ『八王子愚連隊』だぞ!!」
「……自警団気取りが、いい気になりやがって!!」
「はーい、男女平等しょ!!」
『八王子愚連隊』はスーツを起動させる。
甲高いモーター音と共に、装甲の隙間の機動シグナルが明滅する。
「止せ!」
遊星が声を荒げる。
(馬鹿どもが、戦闘モードにしやがった!)
「えい、やー、とう!!」
しかし、リプレイのように三人が吹っ飛び、全身泥だらけになって転がった。
「何!?」
遊星はその動きに目を奪われた。
「でたらめだ。あんなぎこちないスーツ連動性で?」
探索者の力はレベルアップによる身体能力と、スーツの力、そして魔力制御、この三つを掛け合わせて発揮される。
『八王子愚連隊』はD級というだけあって、スーツが身体能力を増幅させ、魔力が身体を覆っていた。
対して女の方はほぼ棒立ち。
スーツは機械的ぎこちなさが見て取れる。
(スーツのかみ合っているわずかな動作だけで圧倒したのか……器用なことを)
混乱した遊星の眼に、その女の姿が如月弥生とダブって見えた。
スラリと長い手足で長大な得物を肩に担ぎ、無敵の微笑みを振りまく最強のヒーロー像。
「弥生さん?」
騒ぎを聞き、周囲の視線が一斉にならず者に集中すると、彼らは逃げるように退散していった。
その様子を遠巻きに眺めていた遊星は口をパクパクとさせ、思わず叫んだ。
「――弥生さん!?」
「お? 人違いです」
首を傾げる女。
傷の無い滑らかな顔、眠そうな目元、気だるげな雰囲気、そのすべてが『弥生』とは似ても似つかない。
遊星はハッとした。
「如月モデル……だと?」
見間違えた理由は、彼女のスーツが如月弥生と同型だったから。
「君、死にたいのか?」
「えぇ―何のこと……?」
女は眠そうな顔を余計にクシャッとした。
その反応に、遊星は素直に見当違いな発言を改めた。
「すまない間違えた。まずは助けてくれてどうもありがとう」
「どういたしましてー」
遊星が深くお辞儀をすると、女もペコペコと頭を下げた。
「……んぇ? 『まずは』?」
「で、そのスーツで探索をするつもりか?」
「……まずは物干し竿にツッコもうよ、お兄さん」
「来なさい。そのモデルは……難しい。キチンと調整されているかチェックする」
遊星が手招きすると女はそわそわと困った様子だ。
「なんで?」
「うん?」
「なんで親切にしてくれるの? あ、ウチがかわいいからか」
「勝手に納得するな」
その美貌の確かさはすれ違う男たちの視線が証明している。
パッチリとした目をしたアイドル顔に、日本人離れした長い手足だ。
「それに親切はそちらが先だろう」
「ウチはただ、あの探索者がダサいからそう言っただけ」
「私もそうだ。探索者が自殺行為をしているから気づいて止めているだけ」
「素直にお礼だって言えばいいのに」
「ならそれでいい」
「『八王子、エンジニアと出会う』 この人かな?」
遊星が手招きすると、彼女はブツブツ言いながらのんびりと近寄ってきた。




