1.月本遊星
空港の管制塔。
そこから眺める空は広く、遮るものが無く、どこまでも続いていく。
管制室内には備え付けのモニター。
さらに窓を無数のモニターが埋め尽くし、せっかくの大空もひどく狭苦しい。
隙間から差し込む朝日。
男が眼を開き、腕時計で自分が短い睡眠を摂取したことを確認した。
薄い寝袋から身を起こし床に立つと、コーヒーマシンが動く。
自動でマグカップに注がれた液体を口に流し込んだ。
「いつも、マズいコーヒーをありがとよ」
男は独り言のようにコーヒーマシンにお礼を言う。
〈――いやなら飲まなくて結構――〉
管制室の上に備え付けてある複数のスピーカーが100W出力で返答した。
あまりの音圧に電気ショックを受けたように仰け反った後、男はバツが悪そうに頭をかいた。
「仕事に行く」
100wスピーカーは沈黙し、代わりに部屋の中のモニターが一斉に切り替わる。
〈――今日はどのダンジョンに行きますか?――〉
男は吊るしてあるアイロンされたYシャツを着てネクタイを上まで締めた。
「今日も八王子だ」
〈――春は新人が増えますものね――〉
ジャケットを着て、いかにもサラリーマン然とした身なり。手荷物はラップトップ一つ。
「っ!」
男は視界の端に動く人影を直感的に目で追った。
ひどいクマをした目を一層歪め、管制室を見渡した。
〈――誰もいませんよ――〉
「わかってる」
男がビジネスシューズで控え目な靴音を一度させると、続く足音は消えた。
同時刻。
控え目な靴音が響いたのは、ステンレス鋼板で補強された床。
男は折りたたみの長椅子を小脇に抱え、扉を開けた。トラックの荷台に光が差し込み、眩しさに目を細める。
遮るものがない空が続く。
周囲には機械音をさせるスーツを着込み、思い思いの武器と満パンの荷物を抱える人々が行き交う。
八王子ダンジョン、安全区画、いわゆるセーフティゾーンだ。
「兄ちゃん、大丈夫かぁ?」
机を地面に設置していると、その一人から声をかけられた。
「こんな朝早く、まさかその車に寝泊まりかい? サラリーマンは大変だねぇ」
「いえ、自営業なので気楽にやらせてもらってますよ」
「へぇー、無料スーツ相談所かぁ。個人情報を抜き取るやつかい?」
「まさか。ご満足いただけたら、次回から有料ということです」
「なるほど。どぉれ、ものは試しだぁ」
動くたび機械音をさせ、地面に深い足跡を残す。
男は探索者を用意したパイス椅子に座らせた。
対面に自分も腰掛けて、ラップトップを置く。
「若いのに独立してんのかい、すごいなぁ。おじさんそういうのは応援するぞぉ」
「いえ、もう28歳ですから」
「十分若いよ。……あれぇ? 兄さん、どっかで会ったかぁ?」
「ナンパなら若い女性にしてください」
「ははは、違ぇねぇ」
ラップトップPCが静かなファンの音をさせた。
軽快な打鍵音がしてすぐ、探索者は顔をハッとさせた。
「……あ」
朗らかなその顔に緊張感が走り、眉をひそめた。
「……あんた、名前は?」
「月本です」
その答えが不十分と悟り、男は探索者をまっすぐ見て名乗った。
「月本遊星です」
探索者はパイプ椅子を倒す勢いで立った。
「やっぱりやめとくよ」
「そうですか」
探索者は振り返り、聞こえる声でつぶやいた。
「『如月弥生』を、最高の探索者を殺しておいて、よくもまぁ」
月本遊星は平静を装ったが、脳裏に彼女の姿がフラッシュバックする。
鋭い眼差しに、艶やかな黒髪。
太刀を肩に、無敵の笑みを浮かべる美女。
日本最強の探索者。
「……弥生さん」
遊星は行き交う探索者の奇異の視線で我に返り、倒れた椅子を直してまた席に座った。




