9.ブレイク
数十メートルの距離をあっという間に詰めたコボルト。
「アリス」
スマホを介し、アリスが働く。
遊星の魔力が光の属性効果を伴い、全身を覆う。
アリスによる『保存』と『実行』。
強制魔力運用だ。
〈――スマホ端末からでは限界が――〉
「退避する。『幻影』をショートカット」
飛び掛かったコボルトがその身体をすり抜け、地面に激突した。
幻影が消え、コボルトは獲物を見失い、怒り狂う。
「ウォォォオ゛!」
暴れ狂いながらも、鋭敏な嗅覚でトラックに反応。
「はぁ、はぁ……」
遊星はトラックの中に身を潜めていた。
〈――なぜこちらに? 脱出を――〉
スマホを介しアリスが別のゲートを開く。
「だめだ。あいつをサポートする!! つなげろ!!」
〈――個人の生命に私は関われません――〉
「例外的対処だ。応用を利かせろ」
〈――特定の個人を救うことはできません――〉
「緊急事態だぞ」
〈――あなたの脱出が先です――〉
「おれが逃げるために、瑠衣をサポートさせろ」
移動管制室のシステムが稼働し、冷却用の特大コンプレッサーが稼働した。
〈――手早く――〉
「なら手伝え」
液晶モニターが点灯。
瑠衣のスーツのデータと、外部とのリンク状態(メーカーの人工知能を制御するクラウドサーバーはダンジョンの外にある)、位置情報と簡易的な敵感知情報を取得。
画面の情報を見て遊星は、キーボートを叩く手を止めた。
「……ん?」
位置情報がマップに表示されている。
(この座標は……)
「えい、やー」
トラックのすぐそばで、気の抜けた掛け声が聞こえた。
遊星が飛び出すとコボルトの横っ面に物干し竿が食い込み、牙がくだけ、頭部が120度回転したところだった。
「うわ、まだいた。逃げよー」
「どうして?」
「遊星くんが呼んだんしょ?」
(アリス……お前もルール守ってねぇじゃねぇか)
遊星は瑠衣のコンディションを目視で確認した。
「だからって危険を冒して新人が無理をするな」
「ぶー」
「いや、助かった。国務探索員が来る。引き上げ――」
遊星の背後、トラックの上から飛び掛かってくるコボルト。
「や」
「うぉ!?」
瑠衣が物干し竿で顔面を突いた。
魔力を纏った物干し竿はコボルトの魔力を貫通し、顔面を弾き飛ばした。
間髪入れず、トラックの物陰から別個体が強襲。
斜め上に向けられた物干し竿はぐるりと回転。
「よ!」
叩きつけるように、その個体を地面ごと穿つ。
「ほい!!」
土が舞うと同時、瑠衣はバックステップし、挟撃を仕掛けたもう一匹を後ろ向きに突いた。
4匹目を撃破。
「多い~」
「ダンジョンブレイクだ、囲まれるぞ!!」
〈――すでに囲まれています――〉
うなり声はあちらこちらの物陰から聞こえる。
獣臭と殺気。
「誰?」
「報告が遅いぞ、アリス」
(セーフティゾーンの防衛が間に合ってない? これだからダンジョン協会は……!)
「瑠衣、お前属性魔法に覚醒したりしてないよな? 例えば光魔法とか!!」
「うん、ない。ウチ、こう見えて頭脳派じゃないし」
「聞いただけだ」
(瑠衣はアリスのゲートを通れない。ならやることは一つ)
「瑠衣、おれが専属になってやる」
「おお、待ってました!」
遊星が移動管制室から瑠衣のスーツにアクセスした。
スーツのカメラ、センサー、一部の装甲がパージされる。
《おぉ!?》
「2キロ軽くなり、早さは8%向上する。長期戦を想定して動け。国務探索員の防衛ライン形成までだ」
《わかった~》
瑠衣は腕の内側にあるコンソール画面を見て、笑う。
《ふっふ、初めての共同作業だー》
遊星はモニターの前で、指をパキパキと鳴らした。
トラック上部ハッチから複数のドローンが飛び立つ。
「戦術パターンを作成」
ドローンによる索敵を実行。
周囲の魔物の位置、脅威度を測定していく。
同時に、戦況をLIVE映像で公開。
国務探索員を指揮をする協会側に情報共有するためだ。
「敵を色分けした、優先順位わかるだろ?」
《オーラ~イ》
瑠衣はどの魔物を警戒し、どの順序で倒せばいいか、AR表示の色分けで瞬時に理解。
トラックを背に、迫りくるコボルトの集団を薙ぎ払う。
振る動作のフォロースルーがそのまま次の動きに連動する。
瑠衣の手元で物干し竿が加速していく。
(やはり、この土壇場でルーツを持っているやつはブレない。確固たる技術と精神力。こいつは天性の探索者だ……!)
〈――魔力制御・『外套の一』だけで、このハイパフォーマンス、実戦での戦闘能力はCランク相当ですね――〉
「アリス」
〈――はい……――〉
「心配をかけたな」
〈――あなたの心配をするのが、私の仕事ですから――〉
遊星は3年前に使わなくなったノウハウを、全力で引き出し、実行した。
「いいぞ、瑠衣。順調だ。魔力は十分もつ。範囲外にコボルト以上の脅威はいない。ペースを維持しろ」
《はぁ、はぁ……うん!!》
探索者を突き動かすのは肉体と魔力だけではない。
大事なのは勇気だ。
それには、一人ではないと示すサポートの言葉が支えとなる。
遊星は瑠衣の戦闘と防衛ライン形成を逆算し、声をかける。
聞く瞬間、適度なインターバルが発生し、瑠衣は呼吸を整える。
魔物を立て続けに討伐することで、ダンジョンは瑠衣に死んだ魔物の魔力の一部を与える。
経験値獲得、そして適応『レベルアップ』。
それに伴う肉体と魔力の成長がスーツとの連動に誤差を生む。
それを遊星は逐一修正していく。
遊星は首を振り、複数のモニターを見ながらキーボードを叩き、無数のプログラムを連動、運用させ、スーツの最大効率での運用をサポートする。
企業が1週間データを検証しながら複数人で行う作業を、リアルタイムで補正していく。
《はぁ、はぁ……》
瑠衣の息が上がる。
「力むな。スーツに委ねろ」
《――はぁ、はぁ……ふぅ》
疲労度に応じ、アシストの度合いが高まる。
通常ここで探索者の動きは固くなる。
スーツに動かされている感覚が変わると、恐怖が身体を縛るためだ。
《やー》
瑠衣の動きのキレは、むしろ増した。
《ランナ~ズ、ハイ!!》
「急に叫ぶな、力んでるぞ!?」
探索者とサポート。その信頼関係が戦闘能力を大きく左右する。
一撃、一撃が正確にコボルトを絶命に至らしめ、辺りにはむせ返るような濃い血の匂いが充満していく。
勢い任せのコボルトによる攻撃も、徐々に勢いを失していく。
やがて、コボルトがうなり声を鎮め、示し合うように後退していった。
瑠衣は、物干し竿を構えながら、倒れた車や崩れたテント、コンテナの影を警戒し続ける。
『御報せします』
サイレンが止まり、アナウンスが入った。
『ブレイクが阻止されました。防衛ラインを確保に引き続きご協力をお願いします。また負傷者の救護―――』
《ふぅ~》
瑠衣が体勢を崩し、物干し竿を杖に寄りかかる。
7分間の戦闘、計38匹のコボルトを撃破し、ダンジョンブレイクは魔物を率いる魔物の討伐が国務探索員と居合わせた探索者たちによって為され、ダンジョン外への被害無く収束した。
遊星は椅子にもたれ、天を仰ぐ。
〈――いいリハビリになりましたね――〉
「そうだな」
目の前のモニターが消える。
画面に自分の姿が反射している。その後ろに、別の誰かが見えた。
しかし、遊星は振り返らない。
「あなたの専属サポートは、ここで終わらせてください」
それは、如月弥生と駆け抜けた16年間の人生に幕を下ろすことを意味した。
反射した虚像の中の人物は、歯を見せて笑う。
椅子から立ち、振り返ると誰もいない。
遊星はトラックの中から出て、息の上がった瑠衣の無事を確かめた。
「助かった。ありがとう」
「よくできましたー」
「それはこっちのセリフだ」
遊星は手を差し出す。
「改めて、君の専属サポートをさせてくれ」
「やっとウチの魅力に気づいた?」
「命の恩人だからな。ただ借りを返すだけだ」
「素直じゃないんだから」
瑠衣はその手を取り、歯を見せて笑った。




