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6.再開する2人

 



 8月の猛暑が続く八王子。

 遊星はダンジョン前の広場のベンチに身を預けていた。

 スーツの上着は脱いでいる。

 ジリジリと照りつける日差しから逃れ木陰にいると、ひんやりした心地よさに気が緩む。


「お隣、空いてます?」


 にんまりと笑う瑠衣。

 キャップにシャツをゆったり羽織り、腰で絞んで、ショートパンツにサンダルという、涼し気な格好をしている。



「ツレが来るはずなんだが」

「そんなの放っておいてウチとランチしようや」


 ベンチで横づけされて後がない。


「強引だな。仕方ない、お前のおごりな」

「つまらないものですが」


 瑠衣はトートバックからランチボックスを出して広げる。


「じゃーん」


 瑞々しい野菜が挟まれたべゲットサンド。

 その出来栄えに対する遊星の反応を期待するように、顔を伺う瑠衣。

 しかし、遊星はとくに何の感慨も無く手を伸ばす。

 瑠衣は眼を細め、その手からランチボックスを逃がすように遠ざける。


「リアクション薄―い」

「ピクニックか」

「ツッコミじゃなくて~」


 すると遊星が手提げかばんから2人分のカップを取り出した。

 水筒をひねると、からりと氷が鳴る。

 カップに注ぐと香ばしいコーヒーの香りが広がった。



「ほら、交換だ」

「ピクニックじゃん」



 2人は冷えたコーヒーを飲み、同時に息をついた。



「……遊星くんもこういう気を回せるようになったんだねぃ」

「誰目線だ」

「褒めてあげよー」

「やめろ」


 今度は遊星が瑠衣の手から頭を遠ざけるようにのけ反る。



「では褒めて遣わす」

「何様だ」


 差し出されたべゲットサンド。

 冷めた態度と裏腹に遊星はがつがつと口に運んだ。

 その様子を瑠衣は満足そうに眺めた。



 普段から連絡をしていたので、今更改まって話すことも無い。

 先日のことを改まって話すわけでもない。



「おいし?」

「ああ」

「既製品じゃないよ」

「疑ってないよ。大したもんだな」

「パン屋さんとどっちがおいし?」

「いやそれは甲乙つけがたいぞ」

「まだ敵わないか」

「目標が高すぎるだろ」

「ウチの通いつけのパン屋さんの味だよ」

「そうか。どこだ?」

「買いに行こうとしてる? 絶対だめだよ!?」

「狭量すぎるぞ。いいだろ、教えてくれても」

「気に入ったならウチが手作りしてあげるから。うれしいでしょ?」

「パン屋にでもなるのか? そんな暇あるならトレーニングしろ」

「狭量はどっち!? ウチの真心の分おいしいはずだよ」

「パン屋は真心がないとでも? 今からそのパン屋に謝りに行くぞ」

「行こうとしてる! ウチは要らないってこと!?」

「冗談だ。また買ってきてくれな」

「疑ってる疑ってる!」


 瑠衣はバゲットサンドのソースの作り方から、中に挟む具材でパンがぐちゃつかないコツなどを話し、遊星は真剣に聞いていた。



「なるほど、疑って悪かった」

「意外と手間暇かかってるんだよ。愛情たっぷり」

「出会った頃はがさつでいい加減だったのに、成長したな」

「親戚の人目線。愛情をスルーしないで」

「ちなみにこのコーヒーは買った」

「台無し。言わなきゃ気づかなかったよ。わざわざ魔法瓶に入れて来たの?」

「店員に氷と一緒に入れてもらった」

「それすらも。愛情が入る余地なし」

「注文が面倒だった」

「面倒だったのは店員さん。そっか、これ店員さんの御厚意のおいしさだったか。ありがとー店員さん」

「魔法瓶を開発した技術者と製造会社への感謝を忘れるな」

「感謝の方向性がエンジニア目線」



 まったく中身の無い意味の無い会話は続く。



「遊星くん、いつまでスーツ? 私服持ってないの?」

「私服のエンジニアは不審者と同じだからな」

「すごい偏見だ~」

「いや、私服のやつが『メンテナンスやってます』だと怖いだろ」

「じゃあお休みの日は?」

「社会人に休みなんてねぇよ」

「すごい暴論だ~」

「Tシャツに短パンの大人を見たら警戒するだろ?」

「それってウチのこと?」


 瑠衣が立ち上がった。


「お前はまだ若いから」

「ウチのいでたちはどう?」

「録音しているか?」

「あ、うん。その反応で大体わかったよ。遊星くんがモテないことが」

「いや、今のうちだからな。30過ぎてそういう格好している女はどうかしている」

「偏見がとめどない」


 瑠衣が座り、顔をくしゃとする。


「せっかくおしゃれしてきたのにな~」

「おれはお前の彼氏か」


 遊星は改めて瑠衣の格好をまじまじと見つめた。


「まぁ……脚を出し過ぎじゃないか」

「お母さん? もっと直接的に褒めて」

「ああ……ターコイズブルーのシャツとショートパンツに白いTシャツとスニーカーが知的でさわやかな印象だ」

「元読モのウチをファッションチェックとな。少し泳がせてみよう」

「……イヤリングやアクセサリーなどの小物でこなれた大人っぽさを演出している」

「それで?」

「……様になってる」

「もうひとこえ」

「若さが眩しい」

「それで?」

「……あっ、良く似合っている、んじゃないか!!?」

「疑問形じゃなく自信をもって」

「……うん、まぁ、良く似合っているよ」

「だから?」

「もういいだろ!!」



 カラカラと笑う瑠衣。

 遊星も呆れたように顔を逸らして笑う。


「遊星くん……脚好きだよね」

「なぜそうなる! 出し過ぎだって言ってるだけだが?」

「はいはい。遊星くんがいないところでは出さないから」

「おれはお前のブランディングイメージを損なうんじゃないかという心配をしてだな」

「もう~素直じゃないんだから」

「お前が一番似合うのは、おれの造ったスーツだ」

「え、全然うれしくない」

「少しは響けよ」



 ゆっくりとした時間の終わりを告げるようにアラームが鳴った。


 2人ともスマホを確認する。



「仕事だ」

「そうだね」



 2人は同じ方向に歩き始め、ダンジョン受付口で別れる。


「じゃ、よろしくね」

「ああ、任せろ」



 今や有名人の瑠衣を見て、新人探索者たちが口々に噂をする。



 遊星はその言葉を聞き流し、自分のデスクへ直行。

 笠原が待っていた。


「月本さん、ダンジョン内で殺人です。逮捕拘束要請。新人のサポートを」

「ええ」



 遊星のデスクのモニターが起動し、システムが熱を放つ。



「――トラッキング……位置情報同期、ドローン伝送システム、接続。スーツモニタリング、全検知システム、ARビジョン、マッピング表示、ステータス開示プロトコル異常なし。新人、準備は?」

《いつでも~》



 瑠衣が赤い槍を手に出動した。



「さて……ちょうどいい。スーツのチェックをするぞ」

《あいあい~》




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