1.最高のサポート
八王子ダンジョン協会8Fにある席数200の大食堂の白い空間。
職員たちは固唾を飲んで各柱にスタンドされているモニターを総立ちで見守っている。
大江山ダンジョンのLIVE配信映像だ。
時折悲鳴が上がる。
「おい、おいあんた! 大変なことになってるぞ!! そんなノートパソコンいじってないで見ろって!!」
職員の一人が座っている背広の男の肩を何度も叩く。
男は自作のラップトップにサブモニターを設置した小さな作業場から片時も目を離さない。
「あ、そ」
ブツブツ何かを唱える奇妙な男が食堂に一人いても誰も気にも留めなかった。
「筋振動コンプレッション28Pa……感応センサーシステム全ノード正常、アンダー100msからアンダー50msへチューン……」
モニターに映るグラフが目まぐるしく切り替わり、入力画面に数値を入力していく。
「伸縮ベルト全K値パラメータ変更……張力スタンダード、最大加速、CODパターンプリセット――インナースーツギャップ無し――アウターフレーム電子制御系、油圧リリース弁正常……モーター制御スイッチ応答よし、全システムマイクロコントローラー稼働を確認……」
サブモニターに表示されたドローンによる空撮に男が視線を移す。
そしてヘッドセットのマイクに呟いた。
「待たせたな瑠衣」
直後、職員たちが歓声を上げる。
「投げた? あのオーガを投げたよ!!」
緋山瑠衣、起死回生の投げに食堂の張りつめた空気が変わった。
「お、サポート変わったねー」
「え? なんでわかるんですか」
「さっきまでガチガチだった固さが取れてる。たぶんインナースーツの伸縮性とかベースになる数値を合わせてもらってなかったんだ」
「今誰かが遠隔でフィッティングしたってことか?」
「はは、誰かっていうか、大江山のサポートチームだろ」
チームではない。
彼らの背後、食堂の隅で作業に没頭している男の仕業とは想像もしていない。
「ねぇ、昼休憩終わるよ?」
「どうせシステムメンテナンス中だ。処理が遅すぎて仕事にならないよ」
「そんな予定あったっけ?」
「……あれ、じゃああの人何してるんだ?」
「だから……メンテナンスの人でしょ」
「ああ、そっか」
テレビに映る緋山瑠衣は未だピンチであることに変わりはない。
◇
瑠衣はスーツの重さから解放された。
圧倒的存在感を放つ支配者階級、『鎧鬼』を前にその顔は晴れやか。
年相応の快活で清涼な笑顔だ。
「ウチ、速いよ。合わせられる?」
《誰に聞いてる?》
確固たる自信に満ちたその声に、瑠衣は全身の筋肉を弛緩させる。
完璧なフィッティングを果たし、瑠衣の頭を悩ませたスーツの制限が消えた。
《短期決戦だ。3分でかたを付ける》
「槍」
《それはこっちでやる》
坂を駆け上がり追いついた緑の軍団。
鎧鬼を追い越し、そのままゴブリンたちが瑠衣に飛びかかる。
「えい、やー、とう、そりゃ」
瑠衣は脳のリソースを魔力制御に全振り。
『外套の一』がゴブリンの魔力を貫通し、何気ない拳や掌底が一撃必殺と化した。
業を煮やしたのか、『鎧鬼』は通り過ぎるゴブリンをひっ捕まえ、再び投擲をした。
進化前より速い球速。
直前瑠衣のARモニターにその弾道が表示された。
(さすが、遊星くん。もうパターン解析したんだ)
弾道と逆に余裕で回避し、『鎧鬼』は次々とゴブリンを投げる。
辺り一面砂煙で視界が奪われた。
(マズイ!)
瑠衣はボディカメラについた砂を拭う。
見えなければサポートできない。
一瞬の焦りを察するように、画面が切り替わる。
赤外線映像。さらにグリッド線が斜面を正確に表示している。
《今だ。受け取れ》
反射的に掴んだ手の中には先ほどロストした愛槍、『皆朱の槍』
瑠衣は視界不良の中、迷わず駆け抜けた。
魔力を抑え、砂煙に紛れ、接敵に気付かれる前に一撃でゴブリンの首を落として周る。
(殺った)
ついに、『鎧鬼』の背後から首に槍を突き立てた。
魔力と魔力の衝突と反発。
「うぅぅぅぅ!!!?」
手から伝わる衝撃。
『鎧鬼』の魔の手が迫る。
鼻先三寸、刃のような爪が掠める。
瑠衣は反発力で弾かれ体勢を崩しながらも、体操選手ばりの柔軟性とアクロバットで身を翻し、躱した。
着地。
まだ刃がキィンと鳴動している。
「硬った!」
《『外套の一・金剛の型』だな。魔力消費を惜しまずあちらも短期決戦か》
瑠衣の脳裏に浮かぶ、父緋山崇の戦い。
斬撃に対する高い耐性を前に、パーティは壊滅。
最終的に引退を迫られた父と、仲間たち。
その無念を晴らす。
幼いころから見てきた彼らの技で。
それは自分の役目だと直感した。
「策はあるよ。ウチ、天才だからね」
《そうか。何をすれば良い?》
瑠衣は槍をくるりと回し、構えを変えた。
石突を前に突き出し、高く目線の位置で構えた。
「どこを壊せばいい?」
《そうか、待ってろ》




