5.警察
京都大江山ダンジョンで起きたトレイン事件。
捜索本部が『メンテの人』呼ぶべしと、敗北宣言を渇望する空気の中、笠原は部下に細かく指示を出していた。
そして、自分は電話を一本かけた。
「緋山さん、いまどちらに?」
中央スクリーンには、オーガと戦う緋山瑠衣。
ネットも大注目、再生数を稼いでいる。
〈2人逃亡 税金泥棒逮捕案件〉
〈緋山瑠衣も逃げろ 無理だから〉
〈こいつ支配者階級だろ? ほかの人員居ないのか? まじでブレイクされるぞ〉
〈いや、『メンテの人』呼べば?〉
『支配者階級』の存在。
低ランカーのトレイン。
笠原はこれに、遊星の行動を紐づけた。
(月本さんらしからぬあの冷静さを欠いた直訴……それなりの根拠があったというわけだ)
海藤を観察する。
探索員の窮地に焦った様子で救援を叫び、指示を出している。
一見すると不自然な点は無い。
だが瑠衣が善戦すると、化けの皮はすぐ剥がれ始めた。
「サポートはどうなっている、状況説明!!」
「それが、サポート部からの遠隔操作を切っているらしく」
「なんだと? もういい、直接音声をつなげ、私が説得する!!」
海藤はなりふり構わず、瑠衣へ降伏するよう伝える。
「意地を張らず、スーツが壊れたと言いなさい!!! これは命令だ!!!」
確かに海藤はここの責任者だ。
その地位と権限を保障しているはダンジョン協会上層部。
国と大企業の思惑が絡み、個人の意志をねじ曲げようとプレッシャーをかける。
しかし瑠衣は無視した。
「呼べばいいのに」
ボソッとつぶやく部下。
笠原はその眼をゆっくり見た。部下はたじろぎオフィスチェアをひっくり返した。
「す、すいません。ですが京都の被害を考えると。あの杜撰なサポート体制でいつまで保つか」
「サポート体制か、確かに」
目の前に大勢いる棒立ちの職員たち。
彼らは今か今かと『メンテの人』が呼ばれるのを待っている。
狂気が伝染して倫理観が麻痺している。
やがて変貌した『鎧鬼』に、歓声すら上がる。
「笠原さん、このままでは……」
「この際我々で介入するべきでは?」
「だが大江山の伝送システムにアクセスする許可なんて降りるのか?」
「非常時だ。強引にでも」
「ここのシステムからならあるいは」
『データ班』はみな『メンテの人』に忠告し、捕獲を阻止するために集まっている。
ネットワークセキュリティのプロだ。
「大丈夫です。彼女には優秀な相棒がいますから」
「相棒?」
『鎧鬼』が、跪き俯く瑠衣の両腕を掴む。
その様子があらゆる配信サイトで鮮明に流れていた。
瑠衣は掴まれた腕を掴み、引いた。
それだけで『鎧鬼』の巨体が後方へ引っ張られるように吹き飛んだ。
〈は?〉
〈どうやった今?〉
〈スッ転んだんだよ〉
〈いや、ぶっ飛んだよ!〉
ネットもざわつく。
「間に合ったようですね」
「これは一体……笠原さん?」
(脱力と瞬発……見事なコンダクト制御だ)
フロアに集められた職員のほぼすべてが専門の違いはあれどエンジニアであり、瑠衣の変化の理由を察していた。
「サポートが変わった……!?」
パワーフレームの動きとボディスーツの伸縮ベルトの連動性、そのシンクロは着用者にスーツの存在を忘れさせる。
立ち上がった瑠衣には一切ぎこちなさが無い。
急斜面、足場の悪さを意に介さず、一本の軸でピンと立っている。
「今、どうやって合わせた? 偶然か?」
「駆動をオフったんじゃ……」
「武術的な動きを、スーツで再現するなんて」
騒然とするフロア。
海藤ははっとして、指示を出した。
「確認しろ!! どうなってる!?」
「はい……どうやらサポート部が接続ラインから締め出されたと……」
「協会のシステムだぞ!? 一般回線で割り込めるはずが……」
海藤は部下を押しのけてキーボードを叩き、猛然とシステムを確認し始めた。
瑠衣に接続されている伝送ネットワークを辿り、その信号元を割り出した。
「……このIPアドレスは……協会内だ……!! 介入はここから行われている!! 誰だ!!!」
職員たちが辺りを見渡す。
ぎょろぎょろと血眼になり、犯人捜しを始めた海藤は笠原と目が合う。
振り返り部下に対し、声を荒げた。
「……月本遊星はどこだ? 探せ!」
「……防犯カメラを確認します!! 顔認証発報システムと同期、ヒットしました……ここは……え、食堂?」
「奴を止めろ!!! セキュリティは何をしている!!」
「そ、それが……ファイアーウォールがハッキングを認識できていません。通常アクセス、しかも最高クラスのアクセスレベルです!! 逆にこちらのアクセスが承認されません……」
「くそ、食堂だ!! 直接止めるんだ!!!」
ぞろぞろと職員がフロアを駆け出していく。
瑠衣の変化の裏に何が起きているか知る由もないネット上も、意見が変わってきた。
〈これいけるんじゃ……〉
〈緋山ってDランクだろ?〉
〈単純な戦闘力ならわからないよ〉
〈さっきの動きといい、ルーツを持ってる〉
〈元特派の緋山の娘だから〉
〈サポートが変わったな。協会が本気出したと見える。当然か〉
「笠原さん!! あなたは関わっていないだろうな!?」
海藤が人垣を押しのけ笠原に詰め寄る。
「何のことですか? 月本さんを謹慎にしたのはあなただ。私はそれから一度も会っていないですよ」
「推薦したのはあなただ。この責任はあなたにもとってもらう!!」
「責任とは? これは緊急時における救命活動、そうでしょ?」
笠原はチーム内に確認を取る。
「非常時における救命活動ですね」
「あちらのサポートが機能不全に陥ったため止むを得ない緊急措置とみなされる」
「もちろん後日署で事情聴取は受けてもらいますが、道義的に正当性が認められる事案かと」
「だそうです。何かマズいですか?」
海藤は警察官と自衛官の圧に、たじろいだ。
「それにハッキングと言いましたが協会のシステムがそう簡単に掌握できるはずがない。そちらのスタッフが不正アクセス扱いになるのは、彼のアクセスが正当だからです」
「な、何を馬鹿な!!!」
「あり得るでしょう、アクセス権をはく奪したと思ったら、逆に権限が付与されていたとか。つまり事務的な設定ミスでは?」
「ミスだと? あり得ないだろ!!! あり得ねぇよ!!!」
「それより、まるで緋山瑠衣が敗けるのを望んでいるようですが? 探索者の命はかけがえのないものじゃなかったんですか?」
海藤は青筋を立て、振り上げたこぶしを、震えながら笠原の肩に置いた。
そして耳元でささやいた。
「後悔するぞ」
「これでも警察官です。脅すならそれなりの覚悟をしておいてください。海藤さん」
海藤は取り繕った笑顔で指揮に戻った。
「捕獲部隊の到着はまだか!!! 急げ!!」
(もう後には退けない。勝つしかないですよ……月本さん)
笠原は含み笑いを浮かべながら、巨大スクリーンを見守った。




