4.大江山ダンジョン
乾燥し、砂の舞う岩山。
大江山ダンジョンに配属された瑠衣は習ったばかりのマニュアル通り、救難信号を受けて出動した。
長い斜面を駆け下り、救援要請者である低ランカーの男が安全域に逃れるのを見送った。
仕事はここから安全域の守護へと切り替わる。
(この装備でウチにどこまで……できる?)
ぎこちないスーツの動き。異音。きしみ。
動くごとにスーツが干渉し、体力を奪う。
国務探索員を一括管理するサポート体制は画一的で、入隊と同時にOSも書き換えられてしまった。
訓練教官曰く『訓練不足をスーツのせいにするな』とのこと。
「救援が来るまで持ちこたえるぞ!!」
自分とさして変わらない今年度から国務探索員になったリーダーの指示に従う。アマチュア探索者として三年の活動実績を持つ。
「気合い入れるぞ!!」
もう一人の同僚は実戦経験こそ無いが、自衛隊上がりで行動は迅速だった。
「何か来る!!」
前の2人が見逃した致命的瞬間。
砂塵で霞む視界の奥、空気の流れを巻き込むように緑の物体が飛来。
瑠衣の一言でチームが足を止めると、目の前の地面が爆発した。
「うおお!?」
「なっんだ!?」
岩とゴブリンの頭蓋骨の破片が散弾にようにまき散らされた。
「ゴブリン投げてきてます!」
破片に晒され、前の2人は顔から出血。
「ぐぅ、ゴブリンを投げた!?」
「『支配者階級』だと? おい、サポートどうなっているんだ!?」
勇猛果敢に飛び出して声を出していた2人の脚は完全に地面に張り付いていた。
小刻みにパワーフレームが揺れ、カタカタと音を立てている。
過度のアドレナリン分泌による興奮。
つまりパニック、戦意喪失だ。
《支配者階級の報告なんて聞いてない!》
「ドローンで動きを見てるんだろう! なぜ今の攻撃を報せなかった!?」
《いや、こっちは5人しかいないし、まともに寝てないんだ。スーツの規格は統一してくれてないとこっちもさ》
早口でふてくされたような言い訳が聞こえた。
「もういい!!」
事態は最悪であることを視線を交錯させ理解し合う3人。
引き返す2人。
「何している緋山!!」
「おれたちには無理だ!!」
(撤退の指示はない。防衛を継続)
槍を構えた。
「こちら緋山です。応援までの時間は?」
《あ~今上に判断を仰いでるけど……えっと……こういうときはえっと……》
「ウチのスーツ、戦闘モード移行してますか?」
《一度に言うなよ。あ、おい!! こっちスーツの制御優先頼めないか!! なぁ手伝って――ちょ、ちょっと待てよ、スーツのステータス画面、そっちのコンソール画面どうなっ、あのさこれ富士サンロクのマニュアル、型番をまず――》
瑠衣は腕のコンソールを見る。
出力は上がっているが、瑠衣のパーソナルデータに全く合わせていない。スーツは過度な同期不全を起こすと出力を落としアシストをロックする仕組みだ。
バッテリーと魔力を消費し、重たい拘束衣とかしている。
「動きづらい。先輩のデータと混ざってませんか? 直せます?」
《えぇ? 今言うなよ!!》
完全にパニックになっているサポート部。
耳をつんざく声に顔をしかめる瑠衣。
槍を地面に突き刺し、コンソールをフリック操作。
スーツ制御画面を呼出し、『サポート』をオフにし、
内蔵メモリにある旧フィッテイングデータと、ソフトウェアに切り替えた。
《おい、勝手に何してるんだよ!!!》
(数か月前のデータ、遊星くんのサポート無しでどこまでやれるか……)
オーガが傍にいるゴブリンの頭を鷲掴みにして、振りかぶり投げた。
瑠衣は槍を手に、身をのけぞり避けた。
後方の斜面が一投目より派手に爆散した。
「うっ」
本体を避けても衝撃が全身を貫く。
砂塵で濁った視界に、紅い巨体が悠々と歩く姿が映る。
(動ける)
オーガが三投目を投げた。
瑠衣は同時に動く。しかし投げられたゴブリンの弾道が曲がった。
直撃コース。
瑠衣はとっさに槍を振るった。
「ぐぅ!!!」
頭部に魔力を集中させたゴブリンの頭蓋は、皆朱の槍の刃で何とか両断された。
(衝撃が身体に来る。パワーフレームの反応が遅い……そう何度も受けられないな)
手を振ってしびれを払う。
投擲を防いだ瑠衣を見て、オーガは助走をつけ一気に距離を詰めて来た。
《もういい『メンテの人』を呼べ!!!》
《一人じゃ無理だ!!! スーツが壊れたと言え!!!》
《安全域を危険に晒すな!! 君は国務探索員だろ!!!》
立て続けに、誰かも分からない指示が耳元で鳴り響く。
瑠衣は当然わかっている。
これは『メンテの人』を捕まえる世論だと。
自分の存在が大義名分になってしまうことが。
「ウチは強いよ」
瑠衣は惑わされること無く、恐怖で激しく鳴る心臓とは裏腹に、身体から力みを抜いた。
オーガが間合いに入り、その剛腕を振るう。
打ち下ろすような拳が斜面の岩を粉砕した。
地響きが丘を揺るがす。
「よ」
舞い上がった粉塵を飛び出し、オーガに対して斜め後方へ。
カンと甲高い音がオーガの頭部からした。
瑠衣の振るった槍が額に傷をつくっている。
回避しオーガの間合いの外から攻撃。
「うん……いける」
瑠衣は武術的読みの有効性を確認した。
オーガの力は圧倒的だが、動きは大きく直線的だ。
人型の動きは体重移動で読める。
それを証明するように、両者同時に動いた。
先行しオーガの剛腕がドパッと砂塵を晴らす。
空気が切り裂かれるような轟音が繰り返される。
ギリギリの回避。
紙一重で躱しているように見えて、瑠衣は攻撃を誘い、有利な間合い、位置へ誘導する。
「よ、ほ、えい」
瑠衣はオーガの攻撃に合わせて動き、隙を突き、カウンターを合わせた。
オーガが度重なる出血に息を荒く怒りを滲ませる。
(浅い。あと一歩が踏み込めない)
瑠衣に余裕はなかった。
魔力をまとわせた白刃が、たかだか皮と肉に阻まれる。
魔力制御は互角。
それも気を抜けば刃が弾かれ、致命的な隙を生むかもしれない。
瑠衣が槍を回し、集中を高めたその時ーーーー
(殺気が消えた?)
身体を縦に揺らすオーガの荒い呼吸が止まった。
直後、瑠衣の身体が宙に浮いた。
「……がはっ!!?」
全身を襲う衝撃。
そのまま地面に落下。
「うっ、はぁ、はぁ……」
スーツのアラートが鳴る。装甲が一気に破壊された。
(とっさに魔力でガードしなければ死んでた……)
眼で追うのがやっとで身体が反応しなかった。
魔力を纏った拳は瑠衣の魔力を突き破り装甲を抉るように殴り上げた。
オーガの動きが明らかに変化していた。
紅い肌がギリギリと青紫色に変色し、隆起していた筋肉がしぼんでいき、金属のような光沢を見せる。
「……『鎧鬼』」
衝撃で鈍った身体で、小さく身をかがめ警戒する瑠衣。
その脳裏に、父を追い詰めた個体が浮かぶ。
鈍重な巨体を構成する筋肉が密度を上げて、力を収束させていく。
圧縮された肉の変質、角の硬度を有する皮膚。
武術家が生涯かける部位鍛錬を、一瞬で完結させる。
まさに進化だ。
(探索者の動きに適応して進化……そうか、お父さんと同じ槍に適応する、最適な形が)
瑠衣の心が揺らぐ。
「う、わぁ……」
父でも敵わなかった魔物に、自分が勝てるはずがない。
吹き飛んだ時、槍も手放してしまった。
恐怖が瑠衣の身体を硬直させた。
《命令だ、呼べ!!!》
《お願いだ、呼んでくれ!!!》
《もういい、こっちで呼ぼう!!!》
全身の変身が完了した『鎧鬼』が瑠衣の前にそびえ立ち、見下ろしていた。
「ここまで、か」
瑠衣は自分の探索者としての未来と、遊星とのつながりを諦め、ダンジョンブレイクを阻止することを決意した。
腕のコンソール画面には各部の損傷が赤く点滅している。
「……スーツが―――」
《瑠衣、待たせたな》
瑠衣がメンテの人を呼ぼうとする言葉を男の声が遮った。
その声で瑠衣の眼に光が宿る。
スーツ内の電子音が、ボディスーツの締め付けが、パワーフレームの位置が、コンソールの画面が、全身に起こる変化の数々が、今状況が一変したことを告げていた。
「うん」
瑠衣は短く応えた。
『鎧鬼』が瑠衣の腕を掴む。コンソールが割れる音がした。
絶体絶命。
瑠衣に硬直は無い。
全身の脱力にスーツを連動させ、瞬間的に腕を引いた。
瑠衣の背後に吹っ飛んだ巨体が転がる。
瑠衣は振り返り、『鎧鬼』と対峙する。
地面に青天していた『鎧鬼』はゆっくり体を起こした。
その変化を感じ取ったのか、瑠衣を感情の無い眼で見つめている。
両者の間には戦闘中最も長い静寂が流れていた。




