3.皮算用のつけ
富士サンロク重工で開発部門を担当していたエリート、海藤は窮地に立たされていた。
「このように、半期の営業も手堅く」
「そうじゃないだろう海藤君。もはや他社製品との優位性も無いじゃないか」
「ソフトの更新で誤魔化そうとするな! ウチはハードウェアを売る重工だぞ!」
「開発部が開発をしなくてどうします?」
経営難を乗り越えた末、経常黒字を達成しているものの、スーツに目新しさは無く、外資系企業に押されている。
それも、現場主義からの脱却で開発予算と人員を削減してきたツケだ。
もはや富士サンロクに開発力は無い。
そんな折、海藤が命じられたのが『メンテの人』捕獲作戦だ。
呼び出された会員制の料亭には、社の重役だけでなく、官房長官の秘書官他、官僚が数人、欧米人も同席していた。
「あれは世界の共有財産にするべきだ。わかるね、海藤君」
「はい。お任せください」
協会内に捜索本部を設置。
海藤は恩を仇で返す行為を迷わず立案、断行した。
『α作戦』
偽の要請により『メンテの人』をおびき寄せる。
国防省経由でアメリカのシンクタンクから手配された電磁パルス兵器を用い、動きを封じ捕獲。
その手はずだった。
しかし、『メンテの人』が偽の要請に釣られることはなかった。
「なんでだ! くそおおおおお!」
海藤には後がなかった。
そこで捜索本部の裏で進められたのが『フィッシングβ作戦』だ。
「成果を上げられなければただでは済まない。君には責任を取ってもらうことになる」
重役のオフィスに呼び出された海藤は震えあがった。
「海藤君。今読んで燃やしなさい」
それはこの作戦の責任を負うのが海藤ただ一人であることを意味した。
A4用紙数枚にまとめられた内容を海藤は頭に叩き込んだ。
(まさか……こんなことをして、もしも……)
「しかしこれはさすがに」
「もし不測の事態が起きれば、それこそ『メンテの人』が助けてくれるだろう? リスクはない」
「は……」
海藤はこれをチャンスだととらえた。
これまでも立ち回りで出世をものにしてきた。
部下の手柄を横取りし、濡れ衣を着せ、社内政治を生き抜いてきた。
やることは本質的に変わらない。
「必ずや成功させます」
しかし、思わぬ邪魔が入った。
「一線を越えているのが分からないのか!!?」
月本遊星だ。
(こいつ、公然と……しかも作戦の概要を知っている? いや、流出はあり得ない。予測したのか?)
海藤は窮地に立たされた。
だが、脳みそをフル回転させこの状況を逆に利用することにした。
「陰謀論か。君が如月弥生を見殺しにしたときと同じだな」
その言葉の説得力を奪い、悪目立ちしたこの男をスケープゴートに仕立てる。
海藤は『フィッシングβ』作戦の進捗を重役に報告した。
「トラブルがあったそうだが?」
「問題ございません。あの男のデスクに証拠を仕込みました。事件のきっかけを生む決定的な証拠です」
「そうか」
海藤はただ待つのではなく、事故を誘発するためより確実な手段を取った。
その成果はすぐに現れた。
「大変です!! 京都大江山ダンジョンでトレイン発生です!!!」
八王子ダンジョン協会内、捜索本部にてその放送を聞いた海藤は小さくガッツポーズした。
「詳細を報告してください!!!」
「それが、LIVE配信で『メンテの人』を呼ぶために、低ランカーが封鎖区域に入ったようです!!!」
「なんて馬鹿なことを!!」
(我ながらいいアドリブだった)
その低ランカーをそそのかしたのはもちろん、海藤本人だ。
承認欲求の強い配信系低ランカー数人に、『メンテの人』を釣り出す方法を伝えた。
案の定低ランカーの一人が、それを実験と称し実行した。
(大江山の国務探索員は三人だけにしてある。セーフティゾーンを護るため動かざるを得ない。だが、あの封鎖地域にいる魔物は……ククク。助かるためには『メンテの人』を呼ぶしかない!!!)
「仕方ない、人命優先だ!! 捕獲部隊を救援に向かわせましょう!!」
もちろん、その捕獲部隊は予め付近に待機させていた人員だ。
全て海藤の計画通りに進んだ。
「中央モニター、ボディカメラとドローン配信映ります」
映像が巨大スクリーンに映し出された。
大江山ダンジョン。
岩に囲まれた高低差のある土地。
安全域は小高い丘にあり、斜面にテントを設置している。
低ランカーの配信はそのテントを見上げるところだった。
《あああ、ああ助けて! ああああ!!!》
つまり、安全域の目の前だ。
そこに、入れ違いになる三人の探索員。
彼らのボディカメラは人型の巨大な魔物を捕らえていた。
(三人とも大した実績のない新人で、サポート要員も役立たずで揃えた。戦うの? ムリムリムリ!!! さぁ、呼べ。呼べ。呼べ呼べ呼べ!!! 安全域が侵略されるぞ!! ブレイクしちゃうぞぉ!!!)
海藤はネットの反応をチェックした。
〈大江山で事件発生!!〉
〈マズいよ、あれって目撃情報のあった『支配者階級』なんじゃ……〉
〈おい、あの子最近話題の瑠衣ちゃんじゃ……〉
海藤は全てが計画通りに進み、達成感に浸った。
(注目されている。さすが『可愛すぎる探索員』!! これで条件は揃ったぞ!!!)
ステータス開示で魔物をスキャンしたデータが公開された。
■オーガ成体(日本固有種)
・魔力:A
・脅威:B
・技能:『戦士』
生々しい国務探索員の声が聞こえる。
《足止め、できるか?》
《あれは……手に負えないぞ》
《何か来る!!!》
オーガは傍にいたゴブリンを投擲した。
一回の投擲で斜面が抉れた。
「なんだあれは……」
「ゴブリンを投げた。『支配者階級』だ!!」
「マズい……」
その映像に海藤も焦る。
(ほ、報告より強すぎる……おい、戦意喪失するなよ、逃げるなよ……安全域を護れよ!!!)
《うわぁぁ!! 無理だ!!!》
《て、撤退しよう!! おい、何してる緋山!!!》
早々に戦意を喪失した2人が安全域に引き返す中、一人、少女が槍を構えた。
その雄姿に、誰もが心を打たれた。
(最高だ!! 緋山瑠衣!!! ファンになりそうだ!!! あとは無残にやられて、呼ぶんだ!!!! 『メンテの人』を!!! 呼べ、呼べ、呼べ、呼べ、呼べぇーー!!)
海藤は特別、拳を握り歓喜を押し殺して、瑠衣の敗北を待った。




