2.富士サンロク派閥争い
遊星は広いフロアにひしめき合う人員の中で、危機感を募らせていた。
「どういうことだ?」
協会内部に入り込んだことで、どのダンジョンに誰が配属されているかは手に取るようにわかる。
その配置が大きく変更になっている。
(『メンテの人』を捕獲するための人員確保? そのために、ダンジョンの守りが手薄になるのは本末転倒だ)
捜索本部の作戦にこの配置換えは一切触れられていない。
表立ってできない作戦を計画していることは明白だ。
遊星は空白だった『強硬手段』の輪郭を捉えた。
「アリス」
〈――はい、悪だくみですか?――〉
「逆だ。不特定多数を巻き込む恐れがある」
〈――バレたらあなたにやらされたと言います――〉
「ならバレずにやれ」
遊星が協会内の情報にアクセスすることができるなら、アリスはもっと深くシステムを掌握できる。それも痕跡を残さずに。
「まさか……そんなことが」
遊星は官給品のモニターに映し出されたあらゆる情報、映像、音声、文章のやりとりからこの作戦本部の裏で何が起きているのかを把握した。
『フィッシングβ作戦』
作戦概要は三段階。
1、特定の情報、人員を操作し、危険行為を誘発。
2、『メンテの人』への救援要請を誘導。
3、潜伏させた人員を用いて捕獲。
明らかに違法だ。
特に1の『危険行為を誘発』は、テロと同じだ。
「アリス、止めろ」
遊星はこれまで傍観を決めていた。
こちらから手を出せば、状況が悪くなる。
海藤をひねりつぶしても別の人間が出てくるだけだ。
だが、そうも言っていられなくなった。
〈――それは難しいです――〉
アリスからの意外な回答に遊星は困惑する。
「なぜだ? こいつらは危機的状況を意図的に生み出そうとしているんだぞ」
〈――私は特定の個人を守るために、大勢の人間を危険にさらすことはできません――〉
「何?」
大勢の人間を巻き込むのはこの計画だ。
〈――冷静に考えれば、あなたならわかるはず――〉
遊星は、周囲の視線を気にしながら苛立ちを抑えた。
「人員を入れ替え、危機的状況に探索者を陥れる。そしておれを呼ばせる……」
遊星は管制等でアリスが見せた関係者のプロフィールの中に、官僚や政治家、海外の有力者たちが混ざっていたのを思い出した。
「富士サンロクだけでできるわけがない。国か……いや、国外も絡んでいるのか」
諸外国、同盟国は『メンテの人』の恩恵を受けられない。
ならば、その技術を日本経由で手に入れたい。
〈――作戦が明るみに出た場合、富士サンロクは責任を取らされることになります。そうなれば……――〉
「日本最大のスーツメーカーが揺らぐ……」
その影響は計り知れない。
スーツのアップデートやアフターケア、メンテナンス体制が滞れば探索者はダンジョンに入らない。
魔物を討伐できず、ブレイクのリスクが上がる。
一気にデリケートな対処が必要になった。
〈――加えて……作戦実行前に追求をしても、危険地帯へ人員を配置し防衛を強化したと言い逃れができます――〉
〈――事前にこの作戦を止めるメリットは非常に少なくリスクが大きいです――〉
「なら手をこまねいて見ていろと言うのか?」
〈――いいえ、私の個人的な事情により、最小限の介入はしましょう――〉
個人的な事情が何なのか、遊星は沈黙で催促する。
〈――私は個人的な事情で、緋山瑠衣に便宜を図ることにしました――〉
「待て……どうしてここで瑠衣が出てくる」
遊星は質問しながら、最悪の事態を察していた。
「……広告塔か!」
突然大声を上げた遊星に周囲のデスクワーカーは驚き、作業の手を止めた。
〈――無報酬ライブ配信の条件を注目度と解釈されましたね――〉
〈――人々の関心、救援を望む声が多ければ多いほど、『メンテの人』を呼び出せる確率が高くなるという分析です――〉
配信は位置情報のトラッキングと環境情報を事前に把握するためである。
「的外れな」
つまり、協会が動かせる国務探索員、その広告塔を窮地に追いやることで『メンテの人』を呼び寄せる。
その広告塔の中には瑠衣も含まれている可能性が高い。
可能性の一人だが、遊星は黙って居られなかった。
動かなければ、誰も守れないともう知っている。
遊星はそのままデスクで区切られできた通路を歩み出て、奥へと突き進んだ。
〈――待ちなさい、何をするつもりですか?――〉
アリスの制止を聞かず、遊星は重厚な背広を着た『実動捜索班』の責任者たちの元にやってきた。
中央に座る海藤本部長が口を開く。
「なんだ、お前?!」
あえて遊星の神経を逆なでするように、海藤は知らない末端を嗜めるように語気を強くした。
「探索者の人員を入れ替えて、何を画策しているんだ!!!」
フロア中に響きわたる声に、騒々しい人の声もキーボードを叩く音も止まった。
ただ固定電話の着信音とコピー機の印刷音だけが鳴っている。
海藤はマイクを使い尋ねた。
「急になんだ?」
「とぼけるな! 国務探索員の配置で穴を生み、危機を演出して、『メンテの人』を呼び出させる作戦だろう!! 一線を越えているのがわからないのか!!?」
遊星が全てぶちまけたことに、役員たちは一瞬動揺した。
だが、責任者である海藤だけは違った。
「陰謀論か。君が如月弥生を見殺しにしたときと同じだな」
「なっ……」
海藤の一言で、場の空気はガラッと切り替わった。
「探索員の命はかけがえのないものだ。それを利用してまで作戦を成功させようなんて、そんな非道な真似、思いつきもしない!!!」
淀みなく海藤は言い切った。
「そんなことを思いつくなんて、まさか君はそれを望んでいるのか!?」
「何を――」
「そもそも!! 我々が探索員の人員配置まで決定できるわけがないだろう? それとも何か証拠でもあるのか!!?」
アリスが集めたデータは盗聴とハッキングによるものだ。
証拠能力はない。遊星が捕まるだけだ。
海藤は勝ち誇った顔でマイクを置き、背広のボタンを外して座った。
「自分の業務をせず、チームの輪を乱すとは。君は昔からそういうヤツだったなぁ。支部長の肝いりだからと調子に乗る気持ちも分かるがねぇ。まぁいい、疲れているんだろう。少し休むと良い」
指で部下に指示し、部下は遊星を押し出すようにフロアの端から端へ追いやった。
入り口と協会PCにアクセスするIDカードをはぎ取られ放り出された。
「ちっ、しらばっくれやがって」
〈――勝算は?――〉
「衝動的にやった。後悔はしていない」
遊星はスーツを直した。
スンとして、落ち着いている。
〈――今のわざとですか――〉
「裏計画だとしても偶然に頼りすぎている。こちらも対処が練れない。だが濡れ衣を着せるやつがいれば」
〈――海藤の動きを誘発させるために?――〉
遊星は海藤の性格をよく知っている。
この後、何をするかも。
「それにおれを助けるためなら、おまえはもっと動けるだろう?」
〈――なんと性格が悪い――〉
「海藤ほどじゃないさ」




