1.事務
飲食店が忙しない昼。
「サラダチキン、野菜増しキノコ追加です」
「どうも」
ホールスタッフが笑顔で一品テーブルに置いた。
遊星はいつものファミレス、いつもの席に座り、サラダチキンをつついていた。
「……え、カレードリアは?」
「ダメです。彼女さんに言われてるんで」
「そうか……彼女じゃないけどな」
笑顔のホールスタッフ。いつの間にか注文していない裏メニューを出すようになっていた。
前の空席にも慣れたものの、味気ない昼食には一向に慣れないまま2か月が経過していた。
「彼女さん、人気者ですね。ほら」
遊星の剣呑な態度を意に介さず、ホールスタッフがスマホを見せてきた。
国務探索員の制服を着た瑠衣が情報誌に特集されている。
瑠衣からの連絡は毎日来る。
厳しい訓練と、余計な仕事に対する愚痴が続く。
ネットでは可愛すぎる国務探索員としてすでに一部の界隈で注目され、国務探索員のホームページにも『注目の若手』として載っている。
結局、広告塔扱いだ。
「まぁおかげさまで上手くやっているようだよ」
「自慢の彼女じゃないですか」
「だから違う」
ホールスタッフが客に気づく。応対し遊星の席へ促した。
いつも空席だった場所に笠原が座った。
「協会の食堂があるのにわざわざこんな離れた場所で食べてたんですか」
「食堂の定食は油と塩分が多いらしいですよ」
「健康志向とは意外です」
もちろんすべてのメニューがそうではない。
協会の食堂に居場所がないだけだ。
不運にもメンテの人捜索本部がここ、八王子ダンジョン施設内に設置されてしまった。
セキュリティ一元化のため、広大なワンフロアにすし詰め状態で、官民いたるところから集められた人材が角を突き合わせている。
すでに大きく分けて三つの派閥が形成され、思い思いに動き、予算を奪うため実績作りに奔走している。
「笠原さんこそどうしました?」
2人は仕事上の仲間だが表立って馴れ合うことはなかった。
笠原は警察や自衛隊からの出向組とダンジョン外での情報収集体制を整えている。
少数精鋭の『データ解析班』だ。
一方ダンジョン内で『メンテの人』を探す富士サンロクを中心に組織されたチームが多数派『実動捜索班』だ。
富士サンロク重工を中心に富士サンロク電子、富士サンロクモーターなど関連子会社で固めている。
遊星も『データ解析班』と共に『実動捜索班』を監視しつつ、先んじて『メンテの人』にコンタクトする方法を見つけるはずだった。
しかし、この『メンテの人』へのアプローチは初手で大きく躓く。
メディアとの連携を請け負う『メディア戦略班』が失態を犯した。
世論の後押しを期待し、『メンテの人』捜索を大々的に公表したのだ。
するとおびただしいバッシングと「自分はメンテの人を知っている」とする連絡が急増。
『メンテの人』捜索本部は情報処理でマヒ。
今や遊星は大量のグレーメール(真偽不明情報)の処理に追われていた。
「『実動捜索班』が焦っているようで、強硬手段が議題に上がるようになりました」
「勝機が無いなら諦めればいいものを」
本部立ち上げの日、最初のブリーフィングで本部長に就任した海藤が高らかに宣言した。勝算はあると。
その勝算は偽装の救援情報で『メンテの人』を釣るという、お世辞にもスマートとは言えないやり方だった。
『世論の反発を招くやり方は論外だ!!』
『それをどうにかするのが君たちの仕事だろうが!!!!』
『偽装により反感を招き、それが市民に影響する可能性を議論するべきだ』
『市民を監視するのはいいのか!? お役所仕事じゃないだぞ!!! 早期解決を図るのは当然だ!!』
もめにもめて、結局ダンジョン内で虚偽の救援を強行。
結果、何も起こらなかった。
遊星は作戦失敗を隅のデスクで見届けていた。
本部長の海藤は面目丸つぶれ。富士サンロク内ではエリートで、遊星と同い年だが管理職。
そのキャリアがかかっている以上引き下がれない。
「意外と早く決着がつきそうですよ。そうなればこちらにまともな予算が降りるでしょう。もうしばらく、目立たない事務仕事を続けていてください」
「おれは別にこのままでもいいですよ。一日座って安全に給料が出る。空調が効いていて快適だ」
富士サンロクを中心とした『実動捜索班』と海藤の自滅は目前だ。
遊星としては一番警戒する相手は目の前にいる。
笠原がダンジョン外の捜索を本格的に始めてからが最も厄介だ。
「あなたを遊ばせておくのはもったいないですから」
「恐縮です。ところで強硬手段というのは?」
「さて……? 条件で揃っていないのは『危機的状況』ですから。疑似的に危機を演出するなどでしょうか?」
「ダンジョンブレイクを起こすとでも?」
「まさか」
笠原は席を立つ。
これ以上はどこに耳があるかわからない。
「笠原さん」
「はい?」
「いえ、給料分は働きます」
「そうでなければ私が怒られます」
笠原が店を出ると遊星は味気ない食事にため息をつき、スマホを眺めた。
新しい連絡はない。
「調子が狂うな」




