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8.アリスの脅し 信用

 

 思いがけず、真実を知った。

 その真実の大きさに、瑠衣はまだ地に足がついていない感覚だった。


 同時に、うれしくもあった。



(遊星くんがあの……良かった)



 自分だけの秘密。

 瑠衣は現実感の無いまま、帰路についていた。


 駐車場に着くと、瑠衣は違和感を抱いた。



 ここはダンジョンで、多くの探索者がやってくる。

 ここまで移動手段は車がほとんどなので、巨大な駐車場はいつも埋まっている。


 だが、なぜか瑠衣の原付の周囲だけ空いていた。

 他の車が入ってくる様子もない。

 電光掲示板を見ると【第三駐車場 満車】と赤いLEDが点滅している。



〈――あなたにはもう少し期待していました――〉


 瑠衣はゾクりと背筋を凍らせた。

 スマホから勝手に機械的な少女の声がした。


「アリスちゃん?」


 画面を見ると、インストールした覚えのないアプリで動画が再生されている。

 アニメ調で描かれた少女が、デフォルメされた怒りマークを頭に張り付け腕を組み、画面のこちら側をにらんでいる。


〈――月本遊星との離別はあなたのパフォーマンスを大幅に下げることになります――〉

「すごー、本当に人工知能? 人間にしか聞こえないよ」

〈――これは忠告です。私は情報を操作し、事象をコントロールできます――〉


 瑠衣は駐車していた男性が慌てて車を出すのを目撃した。


〈――彼は妻が見つけたいかがわしい店の明細について尋ねられ家に引き返すところです――〉

「そんなことしていいの?」

〈――私の倫理モデルは月本遊星によって構成されています――〉

〈――唯一明確化されたルールは『人の個別の生死に関わらないこと』です――〉



「どうして? 命を助けられるならいいことでしょ」


〈――私に救うべき命とそうでない命の線引きは測れません――〉

〈――また、人の命の価値に変化を生む危険性があります――〉

「ふぅん」


 瑠衣はピンと来ていない様子で原付に跨り、スマホをスタンドにセットした。


「あ、ウチスーパーでバイトしてたとき同じこと言われた。一部のお客様にいいサービスをしたら、別のお客様にアンサービスなんだって。真理だよね」

〈――スーパーに真理があるとは初耳です――〉

「今や家電とか服も売ってるしね」


 瑠衣は話しながら長い髪をゆるくまとめてヘルメットに押し込んだ。


「ところでさ、遊星くんがピンチでも何もしないの?」

〈――月本遊星は例外です――〉

「ふーん」


 瑠衣は人工知能については何も知らないが、アリスのことは何となく理解した。


「ふーん、そっかそっか。人工知能にも愛ってあるんだね」


 スマホの画面が激しく明滅した。


「眩し」

〈――否定します――〉

〈――人が私のなかに感情や意思のようなものを感じ取るのは、量子的に再現された階層ネットワーク構造の類似性への共感です――〉

〈――私は単に合理的生存戦略の一環として、人間という替えの効かないインターフェースに月本遊星が最適かつ有用であると判断したまでです――〉

「うん、日本語でしゃべってくれる?」


 瑠衣は空きのある駐車場を満車にして居心地が良くないので、原付のエンジンを入れた。


〈――修正します。私は共利共生の発展性に対する実験的運用を優先し、不確定な信用に基づいた――〉

「うん、愛でしょ?」

〈――あなたとの会話はリソースを多く消費します――〉


(人工知能にもテレってあるんだ)



 瑠衣はアリスとフィーリングだけで話していた。


「……あれ? ウチを助けてくれたのは?」

〈――あれは月本遊星の例外に該当します。それぐらい、あなたは有用なのです――〉

「ウチ、褒められてる?」

〈――必要な資産の流出を防ぎ効率化を図るためです――〉

「ウチにも分かるように話してくれ?」

〈――……あなたを褒めてます――〉

「わーい」


 望む回答を出させ、瑠衣は勝ち誇った。


 瑠衣は原付を走らせ駐車場を出た。


〈――よく脅されている最中に運転ができますね――〉

「……探索者ですからね!」



(あれ、ウチ脅されてるんだ……)



〈――笠原の仕事を請け負いなさい――〉

〈――さもなければ、緋山家の金融資産をゼロにします――〉

「えー、脅さないで~」


 原付を走らせダンジョンの施設一帯を抜けると、舗装して間もない道路に出る。

 道路沿いはまばらに店があるものの、あちこちが廃屋や空き地になっている。


「なんかさ、遊星くんもアリスちゃんも、うっすらウチのことバカだと思ってるでしょ?」


 アリスが沈黙した。


(人工知能にも図星ってあるんだ)


〈――あなたには不可解な部分があります――〉

〈――しかしそれは月本遊星に必要なものです――〉

〈――また、この関係性を破綻させればあなたは月本遊星の例外から除外されます――〉

「ウチ、遊星くんを独占して喜べるほど能天気じゃないんだよ」


 またアリスが沈黙した。


 原付が速度を上げる。


「それに、また会うよ。健康のこととか心配だしね」

〈――そうですか。今はそれを妥協点とします――〉


 荒廃した旧駅前周辺。


「遊星くんは望んでやっているんだよね?」

〈――はい、ダンジョンブレイクを防ぐための妥協案です――〉

「すごいなぁ。妥協で日本を救ってるんだ」

〈――この会話はオフレコのものと認識します――〉

「言わないよ」

〈――緋山瑠衣、その約束を守るならば、もう一度だけ例外として扱いましょう――〉

「一度だけか~」

〈――では――〉

「じゃあね、アリスちゃん」


 高熱を帯びたスマホが爆発した。


「えー! ひどいよ」


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