6.別れではない 自立
静かな時間が流れていた。
隣に座っている月本遊星が十中八九『メンテの人』であることを、瑠衣は知っている。
この世界でおそらく自分だけが知っている。
瑠衣は緊張していた。
「お、お口に合いますこと?」
いつもなら何も感じない沈黙に、慌てて言葉を発する。
「……どうした、何かしたのか?」
遊星が弁当を箸で確認する。
「いや、何もしてない! 大丈夫、安心してお召し上がりに――」
瑠衣は恐怖した。
万が一自分の弁当で遊星が体調を崩した場合――
遊星が腹をこわす→『メンテの人』要請に現れず→探索者死亡→ダンジョンブレイク
「やっぱ、お口に合わないようなので、パンを買って参る!!」
「8割食べた後に言うなよ」
引き止められて瑠衣は素直に従い、一席分開けて座った。
「……さっきの笠原さんの話だが、気にするな」
「へっ!!?」
「おれのバーターでも、採用は採用だ。よかったじゃないか」
「……あー、そっちか~」
「それを気にしてたんじゃないのか?」
「……うん、そうだよ。もう遊星くんに脚を向けて寝られないよ」
「そこまでじゃないだろ」
「そこまでじゃないか」
「富士サンロクの監視と牽制が仕事なのが厄介ではあるが、笠原さんの下でなら大丈夫だろう。案外『メンテの人』と会えるかもしれないぞ」
「はは、ソウダネ……」
(そうか、遊星くんが協会の動きを把握するんだから、絶対見つからないよ『メンテの人』……だって探している人が本人なんだもんね)
「ウチら、出世できるかな?」
「まぁ、1、2年キャリア積めばいい。笠原さんも悪いようにはしないだろう」
「笠原さんのこと、随分と信頼してるんだね。あ、昔あったトレイン事件でお世話になったとか?」
「いや、おれは頭打って寝てただけだからな。正直、よく覚えていない」
「それにしてはすごい信頼してるね。お互いよく知ってるみたいだけど……」
「まぁ、有名だろ。あれだけの腕だ」
「笠原さん、サポートやってたの一時期だけだけど……」
笠原が遊星に詳しいのは納得できる。
二度の大きな事件の捜査対象だったのだ。
だが、遊星は当時のことをあまり覚えていなさそうだった。
最近遊星が笠原と密会していたのだとすれば、蚊帳の外に置かれたのは気分のいいものではない。
「前にお前の父親に呼び出されたんだよ」
「……え?」
衝撃の告白に聞こえた。
そうとしか聞こえなかった。
そういう態度だ。
もう、バレてもいいや、という投げやりな感じすらする。
『前に呼び出された』
もちろん、瑠衣は知っている。
2年前、『メンテの人』が瑠衣の父、緋山崇を助けた。
「だから、笠原さんのことも?」
「直接、腕前を見たわけじゃないがな」
緋山崇、笠原、2人が揃っていたのはダンジョンの深層でブレイクを阻止するために組んだ時だけだ。
それを遊星自らカミングアウトするということは、自分が『メンテの人』だと認めたも同じだ。
(そんなつもりじゃなかったのに。でも、ウチが気づいてることはバレちゃったかぁ……)
「そっか……あ、父がお世話になりました」
「いや、こちらこそ。バレたこと、お前の父親に報告した方がいいか?」
瑠衣が首を傾げた。
「お父さんに? いや、いいよ~。ウチが言わなければバレないバレない」
「……そうか?_後が怖いな」
「バレても、お父さん感謝すると思うけどな~」
遊星が首を傾げた。
「感謝って……娘をたぶらかすなって言われたぞ?」
「……え? 何の話?」
「……お前こそ、何のことを言ってるんだ?」
2人は顔を見合わせ首を傾げる。
「だから、遊星くんがお父さんを助けてくれて、今があるわけだし、恨まれることなんかしてないよって……」
「……助けた? お前の父親が、二週間くらい前におれに会いに来て娘をたぶらかすなと釘を刺していったって話なんだが……」
遊星はハッとして眼を泳がせ、この行き違いを理解した様子だ。
その上で、瑠衣に驚愕の感情を向けた。
何か言おうとしているが、声にはなっていない。
瑠衣は大きく息を吐いた。
「じゃ、今の無し。あ、お味噌汁あったのに出してなかったよ~飲むぅ?」
「……そ、う、だ、な」
遊星はぎこちない動きで味噌汁を受け取り、啜る。
「言っておくけどな……」
「おいしい?」
「うん、美味い。先に出して欲しかった気もする」
「ごめんね、だってちょっと緊張したから」
「……いや、そのことについて、お前は大きな勘違いをしている」
「そうだね。ウチの勘違いだよね~」
「ああ、そんなわけないだろ……」
「……ごめんね。気づいちゃったけど、言うつもりは無かったのに」
「何のことだよ……いや、なんでそんな勘違いを……?」
遊星が探るように俯きながら問う。
「歩き方、体軸が違う時、あれサポーターつけてない時だよね。それにアリスちゃんの瞬間移動とか。さっきもすごい動揺して、手が冷たかったし」
緑豊かな舗装路を探索者がトレーニングで走っている。
「勘違いだ」
「そうだね」
瑠衣は少し寂しそうな顔をしたが、その顔を見せなかった。
「そうだ。おれは、お前の専属技師だろ」
「うん……あのさ、ネットの掲示板にお礼書いたら、読んでくれるのかな?」
「……は?」
「だって、一生面と向かって言えなさそうだし」
瑠衣はベンチから立ち上がった。
「お父さん助けてくれて、ありがとー!!」
走っていたランナーが、「おれ?」と脚を止めた。
瑠衣の顔は吹っ切れたような、清々しい笑顔だ。
「伝わったかな?」
「そうかもな」
瑠衣は再び遊星の隣に座り直す。
「……歩き方か」
遊星の呟きには悔しさがにじんでた。




