10.トレイン
『緋と月』ギルドの活動も残すところ1週間に迫っていた。
スーツに着替えた瑠衣がトラックの奥から降りてきた。
「瑠衣、先日の面接はどうだった?」
「条件言ったら検討するって言われてから連絡ない」
「そうか……」
遊星はギルドの連絡用ホームページとSNSを活用し、瑠衣の売り込みをしていた。
各企業や大手ギルドのいくつかから連絡が来ており、面接に至っているが、色よい返事はない。
「ところでその条件ってなんだ? 収入面か?」
「内緒―」
(こいつ、本当に自分の将来を真剣に考えているのか?)
トレーニングの成果は出ている。
データ収集のための討伐の積み重ねで、スーツとの連動はさらに洗練された。
収入も一般的な探索者と遜色がない。
ソロなので討伐するごとに総取りだ。
後は瑠衣の就職先だけ。
(だが、こういうときのために八王子ダンジョンに活動を限定してきた。ダンジョンにいるスカウトがそろそろ接触してくるだろう)
ダンジョンブレイクから数週間経った。
ガス抜き後のゆるい空気、弱い魔物ばかり現れていた期間も終わり、徐々に緊張感が増している。
御遊び感覚で探索する者は少なくなるので、スカウトが本格的に探索者を見るのはこれからになる。
「瑠衣」
「はい?」
「ダンジョンの揺り戻しが起きる。こういう時は事故が起きやすい。注意してくれよ」
「はい。了解であります」
◇
一面の緑。
草原を歩いている瑠衣が周囲を索敵する。
ドローンとボディカメラで遊星はモニター越しに状況をつぶさに観察する。
「止まれ」
《誰かいるね》
新人らしき集団が訓練でゴブリンを狩っている。
(いや、配信者か……)
ドローンが飛んでいる。その下、複数人で一匹のゴブリンを取り囲んでいる。
遊星のドローンが音声を拾う。
《うわぁぁ!!》
《マジウケる!! ビビんなよ!!》
《うお、切れねぇ!?》
息も絶え絶えに剣を突き立てるが、小柄なゴブリンの皮に刃はキンと高い音で撥ね、探索者は反動で剣に振り回され後ずさりした。
肉体に魔力を巡らせる『外套の一』。
基礎中の基礎だが極めれば無敵と言われている。
それだけに、探索者の実力を測る指標とも言われる。
そしてこの技術を魔物も用いる。
武器に魔力を纏わせるのは、無機物に意思を通わせるような意識と無意識の狭間の感覚。
初心者向けの魔物ゴブリンと言えど、簡単ではない。
(話にならない。いや、最初はあれが普通だよな……)
複数モニターで様々な情報をチェックしていた遊星は苦戦している探索者に向けていた視線を瑠衣に戻す。
二階層と一階層の境目を進んでいるとドローンが別のゴブリンを発見した。
遊星のモニターに映る赤外線映像には赤、黄色、青で表示された5体がかたまっている。
《あれ、狩るぞ~》
「待った。確認する」
ドローンでゴブリンをスキャン。
『ステータス開示』機能を用いることで、魔力量とこれまでの魔物のデータ、『鑑定』スキル持ちが導き出した数値を基準に、ダンジョン協会の人工知能が能力値を表示する。
■ゴブリン成体(日本固有種)
・魔力:E
・脅威:E
・技能:無し
■ゴブリン成体(日本固有種)
・魔力:E
・脅威:E
・技能:無し
■ゴブリン成体(日本固有種)
・魔力:E
・脅威:E
・技能:無し
■ゴブリン成体(日本固有種)
・魔力:E
・脅威:E
・技能:無し
■ゴブリン成体(日本固有種)
・魔力:D
・脅威:D
・技能:無し
■ゴブリン集団戦力
・脅威度:D+ランク相当
「やはり、いつもと違う。一体、脅威Dがいるな。数も多い。ここは慎重に行こうと思うがどうだ?」
《うーん……ならやめとく》
(サポートの意見に耳を貸せる。いい探索者だ)
遊星の中で瑠衣の株がちょっと上がった。
こういう場面で感情を抑えられず、冷静さを欠く探索者が圧倒的に多い。
(弥生さんは全く言うこと聞いてくれなかったしな)
強い魔物を狩れば、それだけ探索者はレベルアップできる。
狩るか退くか、その線引きは難しい。
「よし。今日は慎重に様子を見る」
《はーい》
瑠衣が距離を取ると、先ほどの集団がやってきた。
《どーもぉ》
瑠衣があいさつすると、集団もあいさつを返した。
それで終われば良かったのだが、絡まれてしまった。
《ちわーす》
《お、お姉さんかわいいね》
《おいやめろよ、怖がってるだろ》
《ははは!! ダンジョンで美女と遭遇!!》
《いやマジでこの子バズるんじゃね? イエーイはい笑って!》
配信で他の探索者を勝手に映すのはモラルに反する行為だ。しかし、彼らはお構いなしに配信用ドローンを向けていた。
瑠衣がギリギリと歯を鳴らす。
遊星は仕方なく、ドローンを近づけた。
「警告する。ダンジョン内での探索者の無断撮影は迷惑行為だ。進行を妨げる取り囲みは妨害行為となる。問題行動を続けるならダンジョン協会に通報する」
《ちっ、ノリ悪―》
《シラケたわー》
《つーか、お高くとまるほどでもないだろ》
《自意識過剰じゃね?》
《それなー!!》
大学の探索者サークルと思われる男たちの集団は悪態をつきながら瑠衣から離れていった。
「おい……」
《ウチ、悪くないし》
「まぁ、確かにそうだが。少しは警戒しろ」
《はーい。ありがと、遊星くん》
「ああ」
ゴブリン狩りは順調に進んだ。
槍を振るい、いつもと変わらず最小の動きで一撃のもと仕留める。もはや戦闘においてアドバイスできることはない。
(慎重になり過ぎか……だが、緋山さんにも調整だけと約束したんだ。警戒するに越したことは……)
トラブルは瑠衣ではなく、外から持ち込まれた。
《うわぁぁあぁ!!》
《助けてくれぇ!!》
《あり得ねぇし!!!》
《おいふざけんなよ!!!》
《おい、待てよ!!!》
先ほどの大学生たちが瑠衣目掛けて一直線に走ってくる。
その背後にはゴブリンの集団。
「瑠衣、逃げろ!! 押し付けられるぞ!!」
《およ……》




