9.笠原辰巳
「待ってください、緋山さん」
笠原が足早に追ってきた。
緋山は長い脚を止め、振り返った。
「笠原、お前なら私とあれができるか?」
「……脱力、いわゆる『マイナスパターン』ですね。真似事程度ならできるでしょう。特定の型に絞りデータをもらえれば、ですがね」
「そうか」
緋山と笠原は黙って歩き、協会の職員が働く建物の上層階へ。
個人用会議室に入った。
窮屈そうに長い脚をテーブルの下に押し込む緋山。
笠原は対面に座り、ラップトップを開いた。
「瑠衣さんが彼に固執するのは探索者の本能でしょうね。槍使い、それもあれほどの実力者をスーツで違和感なく戦わせるなんて、正直気味が悪いほどです」
「瑠衣は天才だ。私や仲間たちの槍を真似し、すぐにものにしてしまった」
緋山が幼い瑠衣に槍を教えたのは自衛のためだった。
「探索者になるとは思わなかったが」
「ああ、1年半前でしたか、急に瑠衣さんが心変わりしたのは……」
緋山は腕を組み、眼を閉じた。
ダンジョンで体感した恐怖は今もその身に深く刻まれている。
特派としてダンジョンブレイクの阻止に動いた緋山は、自身の力が全く及ばない個体と遭遇した。
ダンジョンブレイクの中心で、魔物を率いる者。
【支配者階級】
鎧のように硬質化した肌を持つ鬼、オーガ。
突然変異、存在進化、異常個体。
初見での対策は無く、槍が通用しない時点で勝負にならなかった。
仲間たちの一人が叫んだ。『スーツが壊れた』と。
現れた灰色のボディスーツの男と、グレイブ。
現代のスーツ工学と比較し鉄くず同然の遺物である旧型の探索用マシン。
その鉄くずは『鎧鬼』を殴った。
何度も殴った。正確には申し訳程度についているハンドマニュピレーターを握り固め、マシンガンのように連打した。
『鎧鬼』の甲殻はひび割れ、砕かれ、剥がれ落ちていき、ただの血にまみれたオーガになった。
「緋山さんの槍で傷一つつかなかった『鎧鬼』を旧型のグレイブが殴り殺したのは、白昼夢かと思いましたよ」
「私もだ……ダンジョンには我々が理解の及ばない現象がある……」
ダンジョンブレイクを阻止するためとはいえ、緋山達への世間の反応は冷ややかだった。
税金で運営している協会が結果を出せず、謎の人物が全て解決。
『一体彼らは何のために存在しているのでしょうか?』
バッシングはダンジョン協会の経営に不満を持つ市民のはけ口に最適だった。
『メンテの人』を呼んだ仲間は引退した。
緋山も活動を自粛し、特派から身を引いた。
瑠衣が探索者を目指すと言い出したのはそれからだった。
『ウチがお父さんの無念を晴らすからね』
瑠衣は一般科から探索科に移った。
受付嬢になると言って入った高尾育成高2年、夏のことだった。
「気持ちはうれしかった。そして、たった一年半で瑠衣は我々の極意を習得した……」
緋山はうつむきじっとテーブルを見つめ、感慨に耽る。
「だが正直、瑠衣が探索者になるなら槍は教えなかった……あれほど探索者向きではない武器はない」
「そうですね。繊細な動きで穂先の的がズレる。威力を乗せる体重移動や手元の操作はまさにスーツの苦手分野ですから。しかし、彼はそれを解決してしまっている……」
武術的合理を突き詰めればそれだけ、スーツ側に要求する技術は無制限に高くなっていく。
「企業がチームでそれなりの資金を投じればできなくはないだろう。実際、高位ランカーはそうしてスーツの穴をコンダクト制御で塞いでいる」
「月本さんに強力なバックがいると?」
「瑠衣が持っている槍、あれはアーク級アイテムだ」
「私は違うと思います。月本さんは、あの如月弥生の専属だった人です」
「ああ、だがミスをして死なせてしまったのだろう」
笠原は、珍しくフッと笑みをこぼした。
「だったら私が逮捕していましたよ」
「違うのか?」
「如月弥生さんが亡くなられたとき、彼は謹慎処分を受けていたんです」
「設計ミスだったのではないのか?」
「当時は証拠不十分でしたが、現代のスーツ基準で見れば、問題ありませんでした。いえ、4年も前に、あのスーツを生み出したその技術力の高さが裏目に出たといえる」
「どういうことだ?」
「如月モデルは、彼以外サポートができなかったんですよ」
当時、原因を特定できる人物は一人だけだった。
月本遊星本人だ。
「月本遊星が天才ということか」
「プログラマーの腕は3年も前線から離れたら錆びつくはずが、彼のコードは完璧です」
笠原はピンと来ていない緋山のため付け加えた。
「天才、という一言で片づけていいレベルではありません」
「だとしても、娘と二人きりというのは納得できない」
「親バカですね」
笠原は緋山の意図をくみ取った。
「活動は追います。個人的にも興味がありますので」




