8.訪問者
いつも通り、スーツの感触を確かめた後、瑠衣はダンジョン第二階層へ。
《遊星くん?》
「あ、ああ――いいぞ。各センサー異常なしだ」
いつもと違うのは、トラックの管制室に、来客がいることだ。
「わざわざすまないな、笠原」
緋山だけではなく、もう一人役人風の男が来た。
「いえ、私からお願いしたことです。エンジニア界隈で月本さんは有名人ですから」
30代半ば、太い眉に大きい眼。かなり濃い顔をしている。
笠原と呼ばれた男は遊星と目が合い、名刺を取り出した。その動作に応じて、遊星も名刺を出し、名刺交換した。
「申し遅れました、笠原です」
「はじめまして月本です。どうぞ」
渡された名刺には――
ダンジョン協会サイバーシステム調査室
特別捜査官 笠原辰巳 巡査部長
――と書かれていた。
(協会のエンジニア……巡査部長? 警察からの出向か)
「緋山さんとは特派時代、サポートをさせていただいたご縁がありまして。月本さんと瑠衣さんの御活動を拝見させていただきたく参りました」
淡々と、必要な情報を告げる笠原。
「そうですか」
「それにしても」
笠原は移動管制室を見渡す。
「六角電子の4Kモニターが6枚に、中継用サーバー4ラックでGPU400基、工業用ディーゼル発電機と液体窒素冷却システム、衛星用強電波強度パラボラアンテナ……すごいですね」
「それほどでも」
「どれも個人で所有する範疇を大きく超えている。ざっと見で数億はくだらない設備だ。フリーのエンジニアは随分儲かるようですね」
「税金は納めてますよ」
「そうみたいですね」
(おれを調べている……)
「どうぞおかけください」
この管制室に来客など普段無いのでパイプ椅子だ。
笠原は無表情を崩さず椅子に座り、自前のラップトップを置いた。
「ああ、いつも通りサポートをしてください。私は触りませんから。ただリアルタイムで情報はいただきます」
「ありがとうございます」
ゲストアカウントで接続された笠原のPCが、瑠衣のスーツのステータスをチェックする。
「……どうかしましたか?」
「いえ。これ富士サンロクの既存ソフトと違いますね」
「なんだと!?」
緋山が立ち上がり、詰め寄る。
「OSのベースはそうなんですけど……」
「今すぐ瑠衣を呼び戻せ! スーツが起動しなかったらどうするつもりだ!?」
遊星に伸びる手を笠原が制する。
「いえ、落ち着いてください緋山さん。別にソフトエンジニアなら珍しくありません。むしろ富士サンロクはバグが多いで有名ですし。あそこはハード専門でソフトウェアを軽視する傾向があって、子会社と下請けに丸投げですからね」
笠原が淡々と早口で話すと、緋山は腕を組みなおし、座り直した。
遊星は小さく息を吐いた。
(わかる人で良かった……いや、この人の前でアリスを使うのはマズいな)
コードを少し見ただけでプログラムの内容をおおよそ把握されてしまうのなら、アリスが既存の人工知能と異なることもすぐにばれてしまう恐れがある。
遊星は背中に圧を感じながら、作業を進める。
スーツの温度調整、ドローンの自動制御、伝送環境のモニタリング。
《今日は三層まで行こうかな~》
遊星の置かれている状況を知らず、能天気な瑠衣。
「ダメだ。ランクが上がってもソロでは不測の事態に対応できない」
《じゃーいつならいいの?》
「魔法かスキルを使いこなせるようになったらな」
《うぅぅん……どっちも無いです》
「なら、プロ契約して企業のギルドに入ってからにしろ」
《わかった~。そのときは遊星くんもいっしょね》
「なら自費でおれを雇え」
《でもお高いんでしょう~》
「今から貯金しておけ」
2人の会話に反応して、緋山の靴底の鳴る音が強くなっていく。
「『遊星くん』……? 娘をたぶらかしているのか、君は?」
「い、いえ……」
「緋山さんそこは瑠衣さんの方の問題です。彼を責めるのはかわいそうだ」
「笠原、君はシステムを監視してくれ」
やりづらさを感じながら、いつものように、ドローンで索敵。
熱源を探知し、距離と数、脅威度を判定。
「小物相手は時間をかけるだけ不利になる。できるだけ少ない手数で、確実に仕留めろ」
教本通りの指示。
《少ない手数で、確実にね……わかった》
瑠衣は皆朱の槍を片手に持ち、駆け出す。
遊星はスーツを戦闘モードに移行。
ボディスーツと外骨格の連動を人工知能に任せる。
予めパターンを設定しているため、ここでキーボードをカタカタと忙しなく動かすことは無い。
「槍を持っての走りが安定している。素晴らしいバランスですね」
「当然だ。誰が、育てたと思ってる」
ラップトップの画面と備え付けのモニターを交互に見てつぶやく笠原に、緋山が得意気に口を挟む。
「違いますよ。スーツの設定がいいんです。身体に負荷がかからず、自然に走れてる。これは走りで相当データを読み込ませてパターン認識に反映している証拠です。いい仕事だ、月本さん」
「恐れ入ります」
「基本姿勢や、基本動作に合わせるのは、当たり前だ。難しいのは、戦闘だ」
その戦闘が始まった。
対象はゴブリン1匹。
瑠衣に見えているAR画面には色別で討伐優先度が表示されている。
瑠衣は草原を一直線にかき分け駆ける。
ゴブリンが反応して金切り声を上げるのにも怯まず、駆け抜ける。
首をはねた。
「次、来るぞ」
《り》
槍を振って血糊を落とし、指示通り槍を振う。
最少の力で、確実に。
瑠衣は3匹のゴブリンを深い入り身で引きつけ、白刃を一振り。
首が3つ落ちた。
「いいぞ、全力で省エネできている。今のは従来比で2割スーツの駆動を抑えられた。体力も温存できただろう」
《うん、見極めに余裕出てきた》
「次だ」
笠原が沈黙する。
「おい、どうなんだ?」
「なぜこの程度の出力で戦闘できている? 既存人工知能のワークバランスが高すぎる。パターン認識の学習データを絞っているのか?」
ブツブツとPCと会話を始める笠原。
「まさか、コンダクト制御で彼女の動きに連動し、『最小戦闘出力』をゼロに……」
(そんなこと言ったら……)
遊星は背中を警戒する。
「なるほど……脱力を、スーツで再現したのか」
「は、はい、そうです」
「これは、瑠衣の意見か?」
「……いえ」
緋山は席を立った。
「娘と、鉢合わせしてはマズい。今日のところは、失礼する。慢心せず、残りも頼む」
「はい」
重苦しい空気から解放され、ホッと息を吐く遊星。
「ご理解いただけた、のか?」
「緋山さんは見る目がありますからね。瑠衣さんの動きを見て、あなたの腕は認めざるを得なかったのでしょう。そもそも、あなたの問題より娘を男と組ませるのが気に喰わないんですよ」
「お手数をおかけします」
「いえ、こちらこそ。彼とは長い付き合いなので」
笠原は笑いながらPCをたたみ、立ち上がった。
「あ、そうそう……月本さん」
「はい」
「『初めまして』、ではないんですよ。私はあなたに2度お会いしている」
「え?」
「覚えていないのも無理はありません。では……」
笠原を見送り、遊星は記憶を探る。
「警察……」
ここ数年で警察関係者と話したのは7度。
内5回は探索者に絡まれてのこと。
残るは弥生の死に関与したと疑われたとき。
大勢の警官が入れ替わり立ち代わり遊星に事情を聴いた。
そして、その半年後、遊星は一度死にかけている。
遊星は思い出した。
「あのとき、病室に来た警察官か……」
『奇妙ですね、月本さん……非探索者のあなたが、なぜ生き残れたのですか?』
笠原辰巳、彼はおそらくアリスの存在に最も迫った唯一の人物だ。
〈――笠原辰巳、要注意ですよ――〉
「わかってる」
昼休憩に戻った瑠衣。
「今日は~春巻きだぜ~……何かあった、遊星くん?」
「いや、別に何も?」




